第7話 恐怖! 洞窟内サソリ!
メイド服の鐵郎がやってくる十数分前。
女剣士、福徳恵は【GoinMyWay】に絡まれていた。
「はーい、こんにちは。【剣姫】さん」
黒髪をポニーテールに纏め、冒険者人気ランキングでも上位に入るほどの整った顔立ちに汗を浮かべた美女剣士は、少しだけ不快そうに顔をしかめてアルを見た。
「……こんにちは。何か御用ですか? トレーニング中なんですが」
「わかってますよ。そんなこと。それより、折角トレーニングするなら実践形式とかどうです? 僕らと【小鬼の洞窟】攻略デートと行きません?」
「行きません。すみませんが、今日は個人トレーニングの日です」
先ほどまでゴブリンを倒し続け、安全地帯を確保し休憩に入っていた恵は一方的にアル達が絡んできたにも関わらず丁寧に頭を下げ断る。
その様子を見たアルは、両手を上げ首を振り、自分たちの配信用カメラに向けて話しかける。
「えー、ノリが悪いなあ。視聴者の皆さん、見て下さいよ。この塩対応。マジでつまんないですよね。上級冒険者ならちょっとはこういうエンタメにも協力すべきじゃないですかね」
アルの軽い調子の喋りに配信を見ている視聴者たちは同意を示し、アルはにやりと笑い、恵に向かって親指で画面を示しコメント欄を見るよう促す。
だが、恵はそれを一瞥すると、再びアルの方に向き直る。
「すみませんが。ウチのチームでは今、突発のコラボなどは受けていませんし、ダンジョン攻略はノリでやるものではないと思います」
「そういうクソ真面目なところが、冷めるって言ってんすよねえ。だからあんまり登録者数も伸びてないんじゃないですか? もっとユーモアとかノリとかフィーリングとか大事にしていきましょうよ」
「……つ! それは個人の考え方の違いですね。残念ながら、私は貴方達と一緒に冒険をしないと思います」
少しだけ苛立ちを混じらせそう告げると、恵は隅に移動し水分補給をはじめる。
これ以上は関わるなという雰囲気を出す恵にアルは仲間たちと目配せをするとその場を去っていく。恵は、諦めてくれたのかとほっと胸を撫でおろした。
だが、彼らは恵の予想よりも質の悪い配信者だった。
「うわー大変だー!」
「な!」
その十分後、アル達は大蠍と呼ばれる大きな蠍型モンスターを連れて恵の方に逃げてきた。
うすら笑いを浮かべながら。
「たすけてー、【剣姫】さーん」
明らかに意図的に連れてきた様子で緊張感のない助けを求めるアルに恵は眉を顰める。
(なすりつけ、ですか……)
なすりつけは、その名の通り魔物を他の冒険者になすりつける行為。
配信者の中には『なすりつけチャレンジ』と銘打ち、他の冒険者に魔物を押し付ける迷惑行為をゲームとして楽しみ配信内容にしており、それが質の悪いことに一部の視聴者にはウケていた。だが、基本的になすりつけは冒険者としてはモラルのない悪質な行為。
「ごめんなさーい」
棒読みの謝罪に恵はため息を吐く。アルの考えはわかっていた。
この【小鬼の洞窟】で現れる魔物は、入り口付近が小鬼、そして、奥に行けば行くほど蠍型が発生する。初級ダンジョンであるため、そこまで強い魔物もいないが、蠍型モンスターは毒を持つ魔物が多い。毒や麻痺状態になるのはソロ戦闘ではかなりの負担となる。
それを見越してアルは蠍を恵になすりつけ苦戦するようであれば対価を提示した上で助けようとしていた。仮に、そうならなくても恵へのいやがらせとしては成功する。
『ちょっとした悪戯じゃないですかー』
そう言って笑うアルの顔が恵には容易に想像できた。
いや、実際もう既に反省も何もないような顔でこちらに向かって走ってきている。
恵がキッと睨むがアルは楽しそうに笑うだけ。恵はアルに反省を促すのを諦め、剣を鞘に納めた状態で魔力を込める。そして、薄く細く息を吐き剣を握る手に力を入れると、一気に引き抜いた。
「うお!?」
まさかすぐに攻撃にうつるまいと思っていたアルは慌てて方向転換し、恵の攻撃範囲に入らないように逃げる。恵の魔力が込められた剣は鞘走りにより魔力を高め剣の切れ味を高める。振りぬいた剣は巨大な蠍の硬そうな顔面の甲殻に深々と傷を入れ、蠍の動きが止まる。
一撃。
それだけでアル達は【剣姫】と呼ばれる上級冒険者である恵の実力を実感する。
「へ、へへ。ごめんなさーい、大蠍連れてきちゃいましたー」
アルが心のこもっていない謝罪の言葉を投げるが、恵はアルの方を向かない。
怒っているわけではなかった。恵は怯えていた。
「大蠍……? あなた、何をこっちに連れてきたんですか?」
大蠍の中に感じる感じた事のないおぞましい魔力に。
「は?」
大蠍の頭部に罅が奔りパキパキと音を立てながら甲殻が剥がれ落ちていくとそこから出てきたのは……
「ひい!」
「……キモ」
「ゴブリンの、顔……?」
恵の言う通り、ゴブリンの顔。ただし、普通のゴブリンは身長が120センチから150センチ程度で顔は人間よりも多少大きい。だが、目の前に現れた巨大な大蠍に張り付いた顔は顔だけで150センチはある正に異形。
「ギャハア……!」
それがニヤリと嗤った。次の瞬間、小鬼の顔のバケモノ蠍、鬼面蠍とでも言える魔物の尻尾が恵に向かって振り落とされる。
恵はとっさに反応し後ろに飛び退き尻尾を躱すが、雷が落ちたような轟音を立てながら尻尾が洞窟の地面に突き刺さる。
もし躱せていなければ上級冒険者の恵みであっても即死は間違いない一撃。地面が割れてその勢いで跳ねた岩はアル達を襲い、いくつもの破片が刺さる。
「いっ……てぇえええええええ!」
明らかに初級ダンジョンではありえない魔物の登場。異常な状況ではあるがこういった事例が今までないわけではなかった。
「はあ……バケモンじゃねえか。な、なんだ!? アイツ!」
「あんな魔物見た事ねえよ! マジいてえ……!」
「イレギュラー……!」
恵の呟きにはっとして恵を見る男達。
イレギュラー。
イレギュラーは、ダンジョン内で起きる異常事態。ダンジョンは、魔素の量が変化することはほとんどなく現れるモンスターも魔伝子によってほとんど変わらない。だがなんらかの原因によって本来有り得ない存在が突如現れることがある。それが、イレギュラー。
多くは現れないイレギュラーの共通点は、ふたつ。そのうちのひとつが『そのダンジョンではありえないほどの強さを持つ化け物』であること。
もうひとつの災害と呼ばれる【大発生】とは違いなんの予兆もなく現れるイレギュラーに対して冒険者協会は、即時通報と逃亡を強く指示、だが、可能であれば足止めをお願いしている。
「……この人数であれば、ある程度の時間稼ぎは出来るかもしれません……! !!! ちょっと!」
身構えた恵をよそにアル達は元来た道へと走り出していた。
「イレギュラーなんか相手に出来るかよ! 絶対勝てない相手と向かい合うなんて損なだけだ!」
「イレギュラーであれば、ダンジョンから出て一般人を襲う可能性もあるんですよ!?」
足止めを協会が消極的ながら冒険者に頼んでいる理由、それは本来魔素のあるダンジョンから出ないはずの魔物だが、イレギュラーはそのルールさえも破ってダンジョンから出る可能性があるということ。
数年前に起きたイレギュラーによる事件では28人もの死者が出て、冒険者協会の行動の遅さと対応の杜撰さが指摘された。最終的に魔素がなくては生きていけないイレギュラーが人間を食うだけでは間に合わず、魔力欠乏で死んで終わるという結末を迎えた。その事件が恵とアルの脳裏にも浮かんだが起こした行動は真逆。
「警察か軍か協会の誰かが来てなんとかすんだろ!」
「そんな……! それまでに被害が出たら……く!」
アル達は遥か遠くに行ってしまっており、また、のんびりと説得の時間をイレギュラーが待つはずもなく恵は一人でのイレギュラー鬼面蠍の戦闘を強いられる。
「それにしても……心削られる見た目ね」
自分の肩近くまである巨大なゴブリンの顔に恵は顔をゆがめる。ゴブリンは子供を産む必要がないにも関わらず、女性を犯そうとする習性を持っており多くの女性が生理的に拒否する。そんな顔が巨大化し、しかも、恵を厭らしい目で見ているのは、上級冒険者の恵であっても心が削られていた。
その上、恐らくこの鬼面蠍はゴブリンの狡猾さと大蠍の身体能力や毒攻撃を持っているという最悪の組み合わせ。
「く……やはり、強い……!」
両手のハサミに意識を向けさせながら、尻尾の尾針での必殺の一撃を狙う戦法に加え、醜悪な顔から酸性のある唾液を飛ばしてくる攻撃に恵は押され続けていた。緊急通報も出来ず、アル達がせめてそれだけでもしてくれたことを祈り、恵は撤退を決意し駆け出す。
その時。
恵の足に何かがねばりつく感触。
「これは……【蜘蛛の糸】……?」
アル達は逃げる際に確実に逃げられるようにアイテムをトラップとして仕掛けていた。
その一つが【蜘蛛の糸】。球状になっていて飛び出している紐を抜いて投げると、網のように広がり魔素に触れると粘着液が発生するというもので魔物の足を止めるために使われるもの。
だが、巨大な鬼面蠍に使うにはあまりにも小さい。あからさまに、恵を捕らえ蠍の餌にする魂胆が見えた罠に恵は顔を歪ませる。
「あのひとたっ……きゃあああああああああああ!」
視界に入った鬼面蠍の尻尾の一撃に咄嗟に反応し尾針だけは避けたが全てを避けきることは出来ず尻尾に触れ吹っ飛んでしまう恵。勢いで蜘蛛の糸が張り付いた靴は脱げたがその足に痛みがはしり恵は顔をゆがめる。
(……足が。捻った? これじゃ戦うなんて……)
立ち上がれない恵を見て鬼面蠍は勝利を確信しニチャアと顔をゆがめ嗤う。
だが、恵は剣を鬼面蠍に向け戦う意思を見せる。
「最後まで戦う。生きることを諦めない! じゃないと……あの子に笑われる!」
恵の真剣な表情から絞り出して悲痛な決意など関係ないとばかりに口から涎を垂らしながら鬼面蠍が恵に襲い掛かろうとするその時だった。
一陣の風が吹いた。
その風の勢いに鬼面蠍は思わず後ずさりし身を固くする。
現れたのは、一人のメイド姿の……男だった。
何故男がメイド姿なのか誰にも分からない。
何故ならば、男自身もよくわかっていないのだから。
「君は……何故メイド姿なんだ!?」
「AIに聞いてください! あと、助けにきました!」
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