第6話 へんー差値8! 大切なのー命!
「はあ……はあ……くそ! こんな、ことになるなんて……!」
鐵郎は後悔した。心の底から。
【小鬼の洞窟】に入って、1時間半の経過。
配信者チーム【GoinMyWaY】と別れ、ふわりと二人で配信を続けたが彼らに助けを求めるべきだったかもしれないと。
「くっ……そぉおおおおおおおおおおおおお!」
己の力不足を悔やむ鐵郎にカメラを向けるふわりもまた鐵郎の悔しさを痛いほど実感していた。
「にい、さん……」
悔しさによる自分への怒りに震えながら鐵郎は自分の両手に握られた未だ何も成し遂げられていない洗濯ばさみを見つめた。
「ゴブリンのTKBがねぇえええええええええええええええ!」
さかのぼること数十分。
《アル顔まっかっか》
《イケメンの赤っ恥顔で呑むコーラをほどうまいものはない》
《ふわりちゃんから離れろや》
ふわりにばっさりと切り捨てられたアルはイケメンでしかも人気配信者ということで今まで女性にこれほどまでに辛辣にフラれることはなかった。
ほとんどの女性が配信というシチュエーションで断りづらくなっており、そこに押せ押せで詰めよれば大抵ちょっとだけならと付き合ってくれた。
「わたしはにいさんとゴブリンの洗濯ばさみTKB相撲を撮るのに忙しいので」
しかも、二軍男子とゴブリンの洗濯ばさみTKB相撲に負けたのである。恥の上塗りベタ塗り塗りたくりであった。
《帰れ洗濯ばさみTKB相撲以下》
《俺達のサンクチュアリに入ってくるな》
《塩撒いとけ塩》
高いプライドによって不安定なガラスメンタルアルは動揺を隠せずロボットダンスのようにぎくしゃくと動きながら【GoinMyWaY】のメンバーを見る。
「ぎゃははははは! だっせー! アル! ふられてやんの!」
「アルさん、不敗記録終了のお知らせ」
メンバーが笑っているのを見てアルはつられるように笑い騒ぎ始める。
「なー! マジでないわ! 萎えるよねー。ちょっとしたノリじゃねえかな。マジで配信のことわかってねえわ。まあまあ、今回の【GoinMyWaY】、略して、ごいまいダンジョンナンパはこんな無名のイモ女カメラマンじゃないからね。大物美女剣士だから。じゃあ、凸いっちゃいましょ! うぇーい! ……4ね、バカ女」
ふわりに配信用カメラ外で吐き捨てるように呟いてアルがメンバーを連れて去ろうとする。
ふわりのカメラにもごいまいカメラと呼ばれるチーム用カメラにも映らないよう計算した上での悪態だったが、ぼんやりとふわりのカメラ音声には声が乗り、コメント欄は怒りで溢れかえる。
《今、ぼそりと4ね言わんかったか?》
《は?》
《他の配信者に絡んでおいて4ねとかマジでマナーねーな》
《こいつら結構ノリでなすりつけとかしてくる奴らやしな》
《でも、テレビに出るときはかなり猫かぶるし。ごとうちゃん、こいつらしばけ!》
「あー、本当にすみませんねえ、ウチの妹がね」
鐵郎はそう言って揉み手をしながらアル達に近づく。
アル達もふわりの冷淡な態度に比べ、殊勝な様子を見せる鐵郎を見てニヤリと笑う。
「お前の妹かよ、ちゃんと教育しとけよな。おにいちゃん」
「いやあ、ほんとウチの妹がすみません。お詫びと言っちゃなんですけど、これ、シュークリームですぅ。抹茶も本場から仕入れたもので最高級の使ってますんでぇ」
リュックから丁寧に詰められた緑色のシュークリームを取り出し、渡していく鐵郎を見てアルは鼻で笑う。
「おー、すばらしいー弁えてるねー立場をおにいちゃんは。うんうん、そうだね、クソザコ配信者はすみっこの方で冒険者の迷惑にならないようちまちまやってるのがマナーだよねー。これにこりたら邪魔すんな★ じゃあねー」
そう告げて去っていくアル達。
《なんであんなんが人気配信者なんや》
《所詮顔か》
《ていうかごとうちゃんアレって……》
コメントを見てにやりといやらしく笑う鐵郎が口を開く。
「ごとうちゃん、嘘つかない。最高級の抹茶を一部は使ってますよ。だけど、大部分は」
「ぴぎゃああああああああああああ!」
「WASABIじゃい! ばぁああああああか! うちの妹馬鹿にしてただで済むと思うな! 取れ高出来て良かったね、ぐははははは!」
そう叫ぶと鐵郎は、ふわりの手を取って走り出す。
戸惑いながらもふわりはカメラを鐵郎に向けたままで、コメント欄は盛り上がる。
《てつろうおにいちゃん……》
《どけ! てつろうがおにいちゃんだぞ》
《お兄ちゃんに手を引かれるVR体験はここですか!?》
「おにいちゃん、ありがと」
《njugvuvvtうbyあああbysぬ》
《妹ちゃんのお兄ちゃん呼び、だと……》
《どけ! オレがおにいちゃんだぞ!》
《俺もおにいちゃんだぞ!》
《どけ! てつろうがおにいちゃんだぞっていってんだぞ!》
アルの悲鳴を背景に兄に手を引かれる妹疑似体験配信で暫く盛り上がった。
そして、その後再開されたゴブリンと洗濯ばさみTKB相撲チャレンジは重大な欠点が見つかってしまう。
「ゴブリンにTKBねぇえええええええええええええ!」
《そういえば、ゴブリンってないな》
《ないんですか?》
《お、ダンジョン配信初心者ちゃん説明しよう。ダンジョンの魔物は有名大学の先生によると、魔石に何かしらの変化が起きて生まれる魔核。これを核として生まれるのがダンジョンの魔物と言われている》
《ふんふん》
《で、全ての魔物はいったんスライムっぽい形状で生まれるんよな》
《あの研究結果映像は衝撃やったな》
《フェイクニュースかと思った》
《そこから魔核に刻まれた遺伝子情報的なもの通称、魔伝子に従ってそのスライムが具体的な魔物に変化していくらしいんよ》
《つまり、魔物に家族的なものはない》
《そいうこと!》
《ただ、同じ場所では同じ種族が生まれやすいし、似た魔伝子やからそこでコミュニティを作られることが多い。ただし、基本的に子供というよりミニ状態やから子育てという行動は魔物はしないから、TKBという機能も存在しないというのが今の説》
《なるほど~》
地面に両の拳を叩きつけ悔しがる鐵郎をよそにコメント欄による魔物の生態学講座が終了。
その時、チャイムの代わりに声がダンジョン内に響き渡った。
「きゃああああああああああ!」
直後に揺れを感じるほどの衝撃音。
《なんだ?》
《いまのヤバくね?》
《どっかで聞いたことある声だった》
鐵郎はふわりと目を合わせ頷くと悲鳴の聞こえた方向へ駆け出した。
《ごとうちゃん、行く気か!?》
《ヤバ目の悲鳴やったぞ》
《やめとけやめとけ冒険者は自己責任無駄死にするな》
コメント欄で鐵郎に引くよう促す声が多く流れているがそれを見る時間はないと鐵郎は走り続ける。
《ごとうちゃん、足早!》
《ていうか、妹ちゃんもついていってる》
《しかも、カメラが安定してる、後藤兄妹何者?》
《ごとうちゃん兄妹、な?》
ドラレコのようにどんどんと高速で流れていく画面に視聴者たちが驚く中である配信者たちとすれ違う。
《あれ、ごいまいじゃね?》
《めっちゃ逃げてる》
《またなんかやらかしたか?》
「おい! そっちいかねえほうがいいぞ!」
「何かあったんすか!?」
すれ違う直前にアルが伸ばした手は届かず、背中越しに鐵郎が声を掛けるとアルは少し気まずそうな顔で鐵郎に声をかける。
「とにかくヤバいのがいた! なんか、【剣姫】がソロでトレーニングしてて多分なんかやらかしたんだ! あれはイレギュラーモンスターだ! ヤベえって! 上級冒険者の戦いにお前が出る幕なんてねーからとっとと逃げろ!」
アルの声が遠ざかっていく。だが、はっきり聞こえた『イレギュラー』『上級冒険者』『【剣姫】』というフレーズにコメント欄のざわつきがより激しくなる。
《イレギュラー? ヤバない?》
《緊急通報したほうがよくね?》
《え? さっきの【剣姫】の悲鳴?》
《剣姫の悲鳴なんて聞いた事ねえよ!》
《ヤバいってごとうちゃん》
《初心者には無理だ!》
《逃げろ! ごとうちゃん!》
《4ぬぞ! ごとうちゃん!》
「人死には、笑えねえなあ……」
ぼそりと呟いた声は風に紛れてうっすらとした視聴者には聞こえなかった。
だが、誰が言ったかは誰もが分かった。
《え? ごとうちゃん?》
「緊急通報」
「もうしてる」
「念のために配信切るな」
「わかってる」
「ただヤバくなったら逃げろ」
「わかってる」
「チュートリアルで読んだな。一番大事なのは」
「命」
「……助けなきゃな」
「うん」
「もう誰も死なせねえ」
「……うん」
その兄妹のやりとりにコメント欄は静まり返った。
恐怖や呆れではない。ただ、その悲痛な程の決意に満ちた声に視聴者たちはキーボードを打つ手を止めて祈っていた。
たったひとり、震える手で必死に打ち込んだ人間がいた。
《おねがい》
その後に続く言葉が生きてなのか逃げてなのか助けてなのかは誰にも分からない。
だけど、さっきまで笑っていた視聴者たちはただ祈っていた。
「だぁいじょうぶだぁ」
たった一つのコメント。それを見た元お笑い芸人はカメラに視線を向けて笑った。
「オチは、みんな笑顔って決まってんのよ」
そう言って足に力を込める。
「そう、爆笑確定じゃい!」
《ごとうちゃーん!》
《がんばれごとうちゃん!》
《ごとうちゃんしなないで》
《わらわせてくれ!》
《ごとうちゃん!》
元売れないお笑い芸人の始めてのダンジョン配信の急展開。
だからといって、視聴者たちがこんなに気持ちを込めるのはおかしいと後に聞いた人たちは笑った。
だけど、視聴者たちは笑った人間を見て笑って言った。
『見ればわかる』
「はあっ……はあっ……! いた……!」
二つの息切れがうるさいカメラは汗だくの男とその向こうで戦う有名配信者である女剣士……そして、小鬼の顔をした巨大蠍を捉えた。
「いってくる」
鐵郎は息を整えそう告げると鬼面巨大蠍に向かっていった。
拳に力を込め、トレーニングダンジョンで受けた研修を思い出す。
『魔力を込める方法はシンプルです。普段ぎゅっと力を入れているのとほとんど同じ。力を入れる。ただし、魔臓と呼ばれる脳に出来た部位から全身に送り出す感じです』
頭から身体中に魔力が満たされていくのを感じながら鐵郎は全身の魔力を外側に押し出していくその魔力を受け取るのは鐵郎の来ている黒い戦闘服。
これはファンから手紙と共に贈られてきたものだった。
『差し上げます。このパンツは今、あなたがやっている尻からの吸魔を効率的に行えるようとても小さな棘が付けられており、それが刺さることで魔力伝達が容易に……』
鐵郎は読み飛ばした。とても小難しいことが書かれていたので読み飛ばした。
『多分、読み飛ばすと思うので最後にもうひとつの機能だけ。これは私が会社をクビになった時私がほぼ一人で開発した技術を奪われそうになったので盗んできた技術が組み込まれています。魔法とAIの融合により作られたシステムで、現状を認識した状態での魔力放出を行う事でAIがその場に適切な服装に変換するものです』
「へい! おしり! 変身だ!」
『かしこまりました。変身します』
鐵郎の身体は鐵郎が発した黒い魔力に包まれ、そして、鐵郎の状態に合わせて変形していく。
突然目の前に飛び込んできた存在に女剣士は目を見開く。
「君は……何故メイド姿なんだ!?」
黒と白のシックなメイド服を身にまとった鐵郎は涙目で叫んだ。
「AIに聞いてください! あと、助けにきました!」
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