第5話 多~い、吸魔!
《尻から【吸魔】って聞いたことないんだが》
《吸魔? それなに?》
《お? ダンジョン初心者? 吸魔はその字の通り魔素を吸収するスキルよ》
《魔素ってダンジョンの酸素みたいなやつですよね》
《そ。その魔素を効率よく吸収できるんが吸魔。魔物の死体は勝手に魔素化して魔核以外消えるけど、その死体が発する魔素がRPGでいう所の経験値みたいパワーアップしてくれる》
《ちな、倒したヤツではなく近くにいるやつみんなに付与される》
《それで死体が魔素化するんを待つのは時間かかる。結構な数の冒険者が解体して魔素化を早める。吸魔はその極みみたいなスキルで死んだ魔物の魔素を効率よく吸収する》
《ほえー》
《しかも、生きたやつからも魔力吸えたりするしな》
《超便利スキルなんですね! 説明ありがとうございます!》
《いえいえ》
《初心者にやさしいせかい》
《でも、お尻から吸うなんてちょっと変なスキルですね》
それはごとうちゃんが変
《普通ケツから魔素は吸わない》
《基本手からやで》
《魔物の中には【吸血】持ちで血から吸うヤツもいるけど》
吸ケツなんてスキルはない
《創作スキルやな》
《初心者のしょぎょうじゃねえ》
《後藤、すげ》
《ごとうちゃん、な?》
コメント欄が魔素吸収スキルの話で盛り上がり説明たすかるーと思いながら、鐵郎は【吸魔】スキルを身につけようとしていたころを思い出していた。
それはダンジョン配信用トレーニングを始めて3か月ほどたった頃の事。
鐵郎はおもむろにふわりにこう告げた。
「……なあ、ふわり。魔素を尻から吸ったら……おもしろくね?」
「……おもしろい」
鐵郎は尻から魔素を吸う事にした。
魔素はダンジョンにおける酸素に近いもので、これが時間をかけて集められ魔石に変わるとハーバー●大学の研究で明らかになった。吸魔を使えば、瞬間的な強化も行えるし、ダンジョン配信のネックの一つ、魔素化待ち時間を解消できる。
ただし、普通に吸っても面白くないと考えるのが鐵郎。
ケツから魔力を吸う。
通常のトレーニングに加え、鐵郎はその日からケツから魔素を吸う努力を始めた。
「いい? にいさん、ハバ大の研究によると、魔法や魔力は認識と想像力さえあれば生み出すことも可能と言われている」
「どゆうこと?」
しごできべんきょでき妹ふわりの言葉に首を傾げる鐵郎。鐵郎は勉強が出来なかった。
「ダンジョンが生まれてからスキルという概念が生まれそれを文字化する鑑定スキルというものが生まれたけど、そこで生まれた疑問が『え? じゃあ、この鑑定で出てくるスキルって誰が決めたん?』という話」
「なるほど。確かに、火の初級魔法は『ファイア』じゃなくてもいいもんな、『アッツー』とか『極悪爆炎完全燃焼』とかでもいいもんな」
いつの間にかつけていた大きめ眼鏡をチャッとなおしながらふわりが頷く。
「そう。じゃあ、何故ファイアなのか。それは初級魔法って『ファイア』だよねって思う人が多いし、『初級魔法はファイアか。わかるー』って納得する人が多いから。強い認識が『知の大樹』と仮に名づけられたものに刻まれてそれが魔法の名前になっていると言われているの」
「なるほどぅ? つまり?」
「にいさんが誰に言われてもケツから吸いたい、絶対吸えると思い込めたら、多分吸えます」
鐵郎はトレーニングダンジョンで倒した魔物にケツを置いて必死に吸い続けた。
「ふわり、吸えてるー!?」
「すえてなーい」
「吸えてるー?」
「すえてなーい」
「あ、ちょっと吸えたくない?」
「にいさんがケツで魔物の死体をはさんだだけー」
異常な光景だった。
真剣な表情で【吸魔】スキル説明動画を見ながらケツをひくひく動かすだけ。
トレーニング動画は鐵郎たちのチャンネル【狂笑の怪物(クレイジーモンスターズ)】チャンネルで公開されたが、何割かは魔物の死体にケツを置き続ける謎映像で離れた。そして、ごくわずかな人間が、はたから見れば鐵郎の狂気的行動に興味を持ち、一人だけ鐵郎の真剣なまなざしにキュンしていたという事実を鐵郎は知らない。
そして、もう一人他とは違う視点で鐵郎を見ていた人間がいた。
(理論上は可能。だが、難しいだろうな。吸ケツを可能にする為には、特殊なパンツとスーツが必要だろうな……ふむ…………作るか)
そして、十数日後。
「できた……できたぞー!!!!」
「おめでとう、にいさん」
ケツから魔物を吸えて涙をながす兄と花束を渡す妹の映像に数人の視聴者が拍手を送った。
鐵郎は記憶を思い出しながら涙ぐむ。
「にいさん、なんで泣いてるんですかー?」
隣でカメラを向けながら歩くふわりの方を見て、鐵郎はへへと鼻をこすりながら笑う。
「初めてケツで魔物が吸えた日のこと思い出して、ちょっとな泣いちゃった」
「ワァ……」
《初めてケツで吸えた日というパワーワードwww》
《吸うな吸うな》
《ごとうちゃんのケツの穴が魔物に奪われるなんて……》
「ん? 視聴者数増えた?」
鐵郎はコメント表示機能付き籠手に映る視聴者数を見て驚く。
普段は10人前後だが、今、100人ほどに増えていた。
《ケツで魔物を吸う配信と聞いて》
《マジで吸っとるwww》
《ケツ大丈夫か!? ごとうちゃん!》
ダンジョン配信開始から40分。その間に鐵郎は10数匹のゴブリンを倒し、どれもをケツで吸っており、吸う度にコメント欄は盛り上がり、拡散されどんどんと視聴者が集まり始めていた。
「ありごとう! ごとうちゃんのケツは特殊な訓練を受けているので平気です!」
《ケツの特殊な訓練やめろ》
《アッー!》
《私のごとうちゃんのケツが……》
「おおー! めっちゃコメント欄が盛り上がってる! ありごとう! ごとうちゃんです! チャンネル登録してくれもん! ただ、魔物をケツから吸い過ぎてなんかおなかパンパンなのでそろそろ本題に入ろうと思います」
《ごとうちゃん、俺等のおなかも色々な意味で限界なんやが》
《ケツ吸いが本題じゃなかったんか》
《本題ってなんだっけ?》
鐵郎が背負っていたリュックから取り出したのはひもでつながった洗濯バサミ。
「【ゴブリンと洗濯ばさみTKB相撲やってみた】です!」
《ご と う ちゃ んwww》
《アホすぐる》
《それよりケツ吸いの方が数段すごいぞ》
「それじゃあやってくれそうなゴブリンを探しに行きたいと思いまーす」
《一般ゴブリンさんはやってくれんのちゃうかなー》
《ゴブリンとTKB相撲って出来るもんなんですか?》
《普通出来ない。ただ、ごとうちゃんなら出来る気がしてきた》
《そもそもルール知らんやろし、てか、話聞いてくれるんやろ》
《テイマー系スキル持ってたら可能だろけど》
《ごとうちゃん、テイマー系っぽくないもんな》
鐵郎がどうやってゴブリンとTKB相撲をしようとしているかの議論でコメント欄が盛り上がる中、本人は真剣な目でひも付き洗濯ばさみを手に持ってゴブリンを探し始める。【小鬼の洞窟】は、ずるがしこいゴブリンに似つかわしい遮蔽物の多い場所でどこかでゴブリンがこちらの様子を見ている可能性は高いので鐵郎はゴブリンを見つけたらすぐにTKBに洗濯ばさみを挟めるよう洗濯ばさみを持つ指に力を込める。
その時だった。
「うぇーい一番乗りぃい! お? なんだあ、なんでアイツ洗濯ばさみもってんの?」
がやがやと騒がしく鐵郎とふわりのいるエリアにやってきたのは6人組の若者たちだった。
《お、他の冒険者か》
《アイツら、知ってるわ。ウェイ大学生D-tuberの【GoinMyWaY】っていう配信冒険者グループ》
《めんどくさそう》
《アイツらマナー悪いからな。ごとうちゃん絡まないのが吉やで》
コメント欄がやってきた新しい冒険者チームの忠告を鐵郎に送るが、流石に人を目の前にコメント欄に視線をうつすわけにもいかず鐵郎は若者たちに挨拶する。
「はじめましてっつろー、今日からダンジョン配信系芸人、ごとうちゃんです!」
「www ヤバ。あーあー、ごとーね、よろしくなごとー」
手をひらひらさせて手を差し出した鐵郎の横を通り過ぎてリーダー格らしい茶髪ツーブロックの男がふわりのもとにやってくる。
「君、ごとーのカメラマン? かわいいね? あ、オレ、冒険者グループの【GoinMyWaY】リーダーやってます、アルって言うんだけど知ってる? でさ、うちのカメラマンやんない? 今なら俺達がたっぷりサービスしちゃうよ」
《きもいきもいきもい》
《イケメンやからって何でも許されると思うなよ》
《え、アルじゃん。ラッキーじゃん》
《カメラ持ってて配信してる想像つくはずやのに絡むような無礼な配信者がなんで人気なんやくるっとるな》
《ふわりちゃんにげてー》
アルと名乗った茶髪ツーブロックの男が、ふわりをじっと見つめる。カメラマンであるふわりに正面から近づいたので当然鐵郎の配信画面にはアルのアップが映りコメント欄は荒れる。
「え、やです」
《瞬 殺》
《すげえやふわりさん》
《アルの驚愕面www》
再び盛り上がるコメント欄と顔を真っ赤にさせるアル、冷めた目で見ているふわりを、鐵郎は洗濯ばさみを構えたまま微笑んで見ていた。
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