第3話 ダンジョン配信、ちょっと待ってくださいよお!

 白髪に近い銀色のショート。色白で色素の薄いブラウンの目。圧倒的母親似の妹、ふわりに徹底指導されながら、絶望的父親似黒髪ぼさぼさ二軍男鐵郎は局の隅っこで歯を磨いていた。


「それで、にいさん。ダンジョン配信するの? はい、ぺ」

「ぺ。ありがとう。スタジオの外だったのに聞こえていたのか?」

「もちろん。わたし耳がいいから」


 嘘だった。

 流石にテレビ局のスタジオは防音が効いている。ふわりは小型盗聴器を仕掛け、やりとりを全て聞いていた。それを聞いてすぐに動き出していたしごでき妹であるふわりは鐵郎に考えを伝える。


「にいさん、ダンジョン配信のカメラは手配したわ。映像編集とかもわたし出来るから」


 圧倒的母親似の圧倒的しごでき妹に絶望的父親似絶望的高倉健余裕越え不器用鐵郎は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「あー、ふわり。お前はわざわざ俺に付き合う事はないんだぞ。お前の仕事ぶりは評価高いし、なんならマネージャーじゃなくても……お前大手から女優とかの話も……」

「そーそー! ふわりちゃんは速攻芸能界に入るべきだって! なあ、風人?」


 突然話に割り込んできた赤髪のイケメンに鐵郎は驚き、ふわりは顔を顰めるが、男は気にせずに全く同じ顔の青髪のイケメンに声をかける。


「ガチそれよ、雷人。マジで売れない芸人のマネージャーとかしてないで女優になるべきだわ。それで早くオレとキスシーンしようよ」

「え、やです」

「ぶふー!」


 シンプルな拒絶に噴き出す鐵郎をそっくりな顔二つが睨む。

 彼らは双子アイドル【雷風(ラフ)】の風人・雷人。

 ダンスや歌は勿論の事、持ち前の運動神経を活かし動画配信でダンジョン配信も行っている人気コンビ。鐵郎たちとは若手時代に番組で数度会ったことがあり、特に風人はふわりに執心の様子を見せていたがふわりは全くの無関心だった。


「わたしたちもうテレビ業界から離れるので」

「ふわりちゃーん、離れるんじゃなくて追放なんでしょ? しかも、コイツだけでしょ。ふわりちゃんだけでも残りなよ。ふわりちゃんのクオリティならOKだからさあ。なんなら、オレの口利きで……」

「え、やです」

「ぶふー!」


 ばっさり切り捨てるふわりの言葉に噴く鐵郎。その鐵郎の肩を組んでくるのは赤髪の雷人の方。


「おい、イケメン。なんでツーショ撮ろうとしている?」

「いえーい遺影つってね」

「つまんねーわ! ツーショを遺影にすんな! ていうか、遺影ってなんだ!?」

「芸能界死亡」

「まあまあ……なあ、鐵郎。前に言ったようにふわりちゃんは芸能界デビューさせるべきだってお前も分かってるだろう? 彼女なら、そこそこやっていける。まあ、お前は一人じゃ何も出来ないだろうけど、オレの運転手くらいならしてやっても……」

「運転免許、持ってないですからー! 残念!」


 ふわりに負けずばっさり切り捨てた鐵郎は雷人の腕を外しながらふわりの小さな肩を抱く。


「俺は大丈夫だし、ふわりは芸能デビューしたら1億光年に1人の美少女じゃい! なめんな! それに、俺達は最強後藤ブラザーズだ! てめえらのいう事なんかきかねえよ! は!」


 鐵郎のシスコンっぷりもかなり有名でふわりに対する過小評価は絶対に許さなかった。そのせいで何度かいらんことをしてしまい、樺沢Pもわさびシューの刑に処してしまった。

 カッとなり思わず放ってしまった自分の言葉に鐵郎は顔を青くしてふわりの方を見るとふわりは無表情で手をタコのように躍らせていた。


(んんんんんんん!? わが妹よ! 相変わらずの無表情! どういう感情!?)


「わたしのあにがこんなにかっこいいのなんでだろう~♪」

「ポジティブな感情のようでよかったっ!」

「というわけで、鐵&ふわはお暇します。今までありがとうございました」


 一方は無表情で手タコ踊りを続けながら頭を下げる美少女、もう一方は半泣きで足を震わせている二軍男。そんな二人をイケメン二人組が睨みつける。


「へ……後悔するなよ! 聞いたぜお前らダンジョン配信するらしいな!」

「なんでも聞いてるじゃん。俺達の事好きすぎかよ!」

「はあ!? すきじゃねーし! ばっかじゃねーの! それより! こんなにオレ等をコケにしてよ。ダンジョン配信で後悔するなよ」


 雷人の自信満々な笑みに鐵郎は首を傾げる。


「どういう意味だ?」

「オレ達に気を付けろよ。ダンジョン配信は自由だからなあ」


 ダンジョン配信は自由。コンプラがないということは諍いも日常茶飯事となっている。

 そんな中で予防としてダンジョン配信を行っている冒険者も少なくない。

 ただ、ダンジョン攻略の小競り合いや他の冒険者の邪魔するようなチャレンジ企画を行う迷惑系D-tuberも少なくはない。


「あー、はいはい。そういう事ね。まあ、覚えていたらな~」


 鐵郎は手をひらひらさせながらふわりはうねうねさせながら去っていく。


「てめ……あ、なんだよ? マネージャー? スタジオ入れ? ち!」

「後藤! 待ってるよ! ダンジョンでな! はははは!」


 【雷風】の間でぺこりとお辞儀をしているマネージャーや入り口警備員さんに目で挨拶をしながら去っていく鐵郎達。


(あー、これでテレビ局に来ることもないんだなあ)


 始めてやってきた時のことや、リアル黒マユゲ危機一髪の為に持ってきた剣のせいで警備員に止められた思い出、雷風の二人と洗濯ばさみ相撲をしてさっきのマネージャーに泣かれたこと、何度もふわりにカートに乗せられシャワー室に連れていかれた思い出。


 いろいろな思い出がよみがえる中、鐵郎はテレビ局の警備ゲートをくぐりテレビ業界に別れを告げる。


「じゃあな……」


 青い空に輝くテレビ局を見上げながら鐵郎は呟き、歩き出した。


「それにしても……」

「どうしたの? にいさん」

「いや、さっき【雷風】の奴ら待ってるぜって言ってたけど気長だよなあ」

「うん、洗濯ばさみ相撲とかも平気でやってたから生き急いでる感じだったけど、わたし達を待つなんてね……なんのメリットあるのかな?」


 兄妹二人仲良く首を傾げるとダンジョン配信への準備をすべく進みだした。






「なんでだよ!」


 叫んだのは今日のメイン風人。【雷風】はカメラマンが見つからない時は片一方がカメラを撮りながら声を入れている。身につけるタイプのカメラは戦闘の邪魔になることが多いし、顔が映りにくいので、仕方なくの対応である。

 カメラマンの雷人も苛立ちを隠せない声でカメラを調整している。


「まったくだ! なんでアイツらずっと準備してんだよ!!」

「「半年も!」」





『どーもー、後藤ちゃんでっす! 今日も妹ちゃんの修行編をお届けしまっす!』

『ふおふおふお、にいさんよ。わたしの修行はきびしいぞ』


 そう。後藤兄妹は半年間筋トレと初心者練習用と言われるダンジョントレーニングを中心とした動画を配信していた。


『ふっ! ふっ! ふっ!』

《これ、どういうチャンネル?》

《元芸人の腕立て鑑賞耐久しながら時々のかわいい声というご褒美に震えるどM向け》


『はい、おしまいと! やっぱりきんにく●式トレーニングは身体にパワーを感じるなあ! もう少ししたら本格的にダンジョン配信始めます! それまでにこのクレイジーモンスターズチャンネル登録してくれもん! ごっとぅばい!』


 配信を終えカメラを置いたふわりが鐵郎にタオルとプロテインドリンクを持っていく。


「ごくり」

「どした? ふわり、筋トレ見てたらお前も喉が渇いたのか? 飲むか?」

「にいさんの汗で十分潤うからなめさせて」

「うおーい! 流石にお前がいくら美少女でもそのボケは怖い怖い怖い!」

「ち。それより、そろそろダンジョン配信?」

「そだなー。チャンネル登録者数がまた減り始めてるし、そろそろ潜るか」


 鐵郎はスマホをいじりながらため息を吐く。暫く放棄していたチャンネルではあったが結構な数が残っていてくれていた。だが、鐵郎が筋トレ動画配信を始めるとどんどんと減り始めていた。動画の視聴回数は平均15と多くない。シンプルにサムネで切られていた。


「にいさんのこの平凡の極み、人畜無害顔の良さが分からん俗物どもめ……!」

「いもうと、褒めてるけなしてる?」

「まあいい、にいさんのスキルの数を見て腰を抜かすがいい俗物どもめ」

「俗物が最近のお気に入りなのかな?」


 鐵郎はふわりが鐵郎の汗を拭いたタオルで顔を拭くのを見ないようにして一週間前に受けデータで送られてきたスキル鑑定結果に再び視線を落とす。


名前:後藤鐵郎

冒険者ランク:Fランク

所有スキル:【出血無効】【毒軽減】【麻痺軽減】【呪い軽減】【気力防壁】【皮膚強化】【筋力強化】【苦味耐性】【辛味耐性】【腐耐性】………


 トレーニングダンジョンでは可能な限りの状態異常攻撃をしてくる魔物と戦うことが出来る。それらの攻撃を受け続けているうちに鐵郎はとんでもない数のスキルを手に入れ、そして、長すぎる鑑定結果をふっと笑い閉じた。


「よーし! 次回からはダンジョン配信だ! そして、チャンネル登録者数を増やす!」

「おー」


 鐵郎は気づいていなかった。

 平均視聴15の中に、


「まだかしらまだかしらダンジョン配信まだかしら……え? 朝ドラのオーディション? 蹴っちゃダメ? これから忙しくなりそうなんだけど! わかったわよ!」


「ライブの休憩中に私が何をしてもワタシの自由だろう! 私の永遠のライバルの活躍を目に刻んでいるんだよ! ああ、そうだ! 3年分のお休みをそろそろとるよ! ダンジョンに行ってくる!」


「ぐふふう……流石、クレイジーモンスターズ。面白いことになりそうだなあ。おれの最強罰ゲームアイテムが陽の目を見る日は近そうだ……そのためには資金が……ふむ、この魔道具で特許でもとるか……」


「おい! 本部に連絡しろ! とんでもないバケモノがいるぞ! 何!? もう知ってる? トレーニングダンジョンにこもり続けてとんでもない数のスキルを手に入れた男!?」


「はあはあ……てつろうさま、遂にダンジョン動画を始めるのですね……!」


 強者ばかりがいたことを。

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