第2話 テレビ業界を追放って、ほわ~い?
「後藤、お前もうテレビ業界から追放だ。な?」
女性ADに陰口で袋叩かれまくっているボタン二つ外し鎖骨見せ状態で髪をかき上げプロデューサー樺沢は男に吐き捨てる。
「な、なんでそんな事言うんですか!? 俺の何がいけないっていうんですか!?」
「全部だよ! てめえの今の状態を見てみろ」
男は自分の姿を見て首を傾げる。
「パンイチ……肌は熱湯風呂で真っ赤、口の周りはわさびとからしのハーフ&ハーフ。生クリーム砲で顔上半分は白く、粉まみれ、手にはサソリとザリガニ、尻には吹き矢、脛にはガムテ……これのどこがおかしいっていうんですか!?」
「どこがおかしくないっていうんだオラア!」
「肘は綺麗とよく言われます!」
「よかったなあ、ボケエ!」
「ほら、見て下さい。なんなら、右ひじ・左ひじ交互に見て下さい! ちょっとだけ左ひじが黒い」
「うるせぇえええええ! 全部やりきりやがって! てめえ、後藤ぉおお!」
「はい! ごとうちゃんでっす!」
男の名は後藤鐵郎(ごとう てつろう)。お笑い芸人。
だが、今。彼はテレビ業界から追放される。
ADグループLINEではクサ沢と呼ばれてしまっている樺沢Pが、ボタン二つ外し鎖骨見せエリアからとんでもなく香水のにおいを発しながら、くさやの香りを放つ後藤に詰め寄り4歩下がる。
「くっさ……いいかあ! 今のテレビじゃあお前のやってることはほぼNGなんだよ! コンプラって単語を辞書で引いてこい、カスゥウ!」
「エビテン、イモテン、カキアゲ……」
「天ぷらじゃぼけぇえええええ!」
オーバーに両手を広げ、くるんと謎に回りながら樺沢Pが絶叫するのを見て後藤は首を傾げ顔を顰める。
(意味が分からない。俺自身が傷つくだけのネタなのに何がダメなんだ? 俺みたいなイケてない人間が容姿やキャラもイジられずただ気を使われるだけなんて逆に死ぬほど傷つくだけだ。嫌がる人間にすべきじゃな。けど、昔はそれで人を笑わせて喜ばせてお給料がもらえてたはずだろ!? あと香水くせえ!)
そもそも今回の深夜番組の収録も後藤は呼ばれたから来てネタをやっただけ。そして、スタジオは爆笑だった。腕組後方大物テレビ業界人面大物テレビ業界人以外は。
「いいか。お前みたいなのはもうテレビにはほとんどいない絶滅しろ種なんだよ。今いる芸人は、そういうのが許されるベテラン芸人と顔が気持ち悪くない安全なネタが出来る芸人だけだ。だから、後藤、テメーはダメだ。ゴミィイ」
(コイツの発言の方がコンプラ違反じゃね?)
語尾に必ずディスを入れる樺沢Pだが、周りのスタッフは何も言えない。あとで、樺沢P以外のグループLINEでディスりまくるだけ。最近の、樺沢Pの暴れっぷりとそれに伴うグループLINEのディスり祭りは大盛り上がりだった。
理由は、単純。最近はテレビよりもダンジョン配信を中心としたネットの方が強いから。
昔、某国の実験失敗により偶然生まれたゲート。そのゲートを潜るとゲームに出てくるような魔物が存在するダンジョンにたどり着く。そんなゲートがその事故から世界中で発生し始めた。ダンジョンには恐ろしい魔物がいたが魅力もあった。それは魔石と呼ばれる石油に代わる天然資源だった。ただ、あまりにもダンジョンが危険でコスパが悪いと考えた各国政府は冒険者資格を設け一般人に潜らせ買い取る方法を選択した。
冒険者たちの中には魔石を手に入れるためにダンジョンに潜り同時に配信をし収入を得ている者もいた。
ダンジョン配信は、魔物・戦闘・報酬といった刺激も多く人々は熱狂した。トップ冒険者になれば万を超える視聴者が集まり圧倒的なコンテンツとなり、ダンドリ(ダンジョンドリーム)という言葉も生まれた。
樺沢Pもダンジョン脱出皇帝やダンジョン逃亡中、オーガタイジなどいろいろなダンジョン番組を立ち上げたがパッとしないまま消えた。
ダンジョンには魔物が存在する。それは当たり前のことだが、命の危険がある以上テレビはダンジョンの奥深くまで踏み込めない。過去何度かそういったチャレンジングな企画をしたテレビチームがあったが、タレントが全員死にプロデューサー一人生き残るという大事件を起こし大炎上しトップがほぼ変わるという出来事があった。
ダンジョン配信の魅力はギリギリのやりとり。だが、テレビには出来ない。
樺沢Pのオーガタイジもダンジョンの入り口付近で、オーガに扮した体育大学生と芸能人を戦わせるだけなので盛り上がらずただただ叩かれて終わった。
各テレビ局が束になっても【D-Tube】と呼ばれるダンジョン専門ネット配信局に勝てない状態。
テレビ局の人間は焦り苛立っていた。
特に、一時栄華を極めた樺沢Pからすれば今の状況は屈辱の何者でもない。今回も、出来るだけイケメン芸人を集めクオリティの高い若い芽を集めるのが一番の目的だったが自分のイメージ以下しかおらずイライラしていた。
そのイライラの矛先は、大体が下のスタッフなので、ターゲットにならないよう後藤のフォローもせず、スタッフは黙々と働いていた。こうなると樺沢Pは別のストレス発散法を選ぶ。
樺沢Pは、後藤を見てニヤリと笑うと、肩にポンと手を置こうとしてやめて5歩下がって呟く。
「まあ……だけど、チャンスをやらなくもねえ」
「マジっすか?! なにすればいいですかなんでもやります!」
生クリームに囲まれた瞳を輝かせて後藤が詰め寄ろうとする。6歩下がる。
「今、お前なんでもするっていったよな?」
「やります! シャリもネタもワサビの寿司でもクリームもシュー生地もわさびのシュークリームでも食べます!」
「わさびじゃん! それただのわさび! ……そうじゃなくてなあ、お前の妹、ちょっと一晩貸せ」
「あんだって?」
下卑た笑いを浮かべる樺沢Pを見て、周りのスタッフは樺沢Pの視界に入らない所で、顔を歪ませ不快感をあらわにする。何人かはこっそりスマホをタプタプしていた。
「お前のマネージャーやってる妹、不愛想ではあるが女優とかアイドルやってもおかしくねえくらいの美人だ。小柄なくせにそれなりに出るとこは出てる。銀色のショートが似合う顔ってのはなかなかいない。それに……ああいう無愛想な女の表情をベッドで崩すのが、俺好きなんだよなぁ」
スタッフのスマホタプタプとスタンプの嵐が止まらない中、止まっていた後藤がにやりと笑う。
「……お代官、ワルですな~。そうですか、確かにウチの妹は美人です。小中高とそれはそれはモテましたからな~。アイツを樺沢さんに……ひっひっひ、まあ、このシュークリームおひとつどうぞ」
「ふっふっふ、お前も業界分かってるじゃねえか。お、抹茶シューか。俺のこと分かってるな、ごっ……どぉおおおおおおお! うげええええええええええええ!」
後藤が小道具入れから取り出したケーキ屋の箱。そこに入っていた緑色のシュークリームを口に含んだ樺沢が口と鼻から緑の液体を噴き出すのを見て、後藤はテレビではモザイクがかかる指を立てる。
「馬鹿がよ! てめえらみたいなクソテレビマンと楽しくもねえくせにテレビ見て批判材料探すマンがテレビをつまんなくさせたんだろうが! エロだっておもしれーのに、お前らみたいなののせいで全エロ全悪みたいに思われるようになったんだろうがよ! こんな業界、こっちから願い下げだ!」
後藤は吐き捨てると、小道具入れを抱えてスタジオを後にしようとする。スタッフ裏グループLINEでは称賛スタンプの嵐だが後藤には届かない。緑の液体まみれの樺沢Pは立ち上がり後藤を睨みつける。
「後藤! テメエなんかな! ダンジョンの魔物の餌にでもなっちまえ! ……って、うわ、わわわわわ! 戻ってくんな!」
ほぼ180度首をぐりんした後藤が早歩きで帰ってきて怯える樺沢P。
後藤は一本で立てていい人差し指でまっすぐに樺沢Pを指さす。
「それだあ!」
「へ?」
くさやの匂いか、異常なカラフルボディか、それとも早歩きの早さか、とにかく何かよく分からない恐怖に怯え身体をすくませた樺沢Pが緑の鼻水を垂らしながらきょとんとした表情を浮かべる。
「ダンジョン配信だ! ダンジョンなら痛いのも苦しいのもキツいのもOK! 自由だ! 俺のやりたいお笑いが出来る! コンプラ気にしなくていいんだ! わは! わははは!」
「わぁ……こわれちゃった……」
後藤はパンイチで駆け出していた。
コンプラ無用の自由なお笑い配信をやるために。
「わは、わはははははは!」
「にいさん、そのまま外に出たら、ダンジョン配信の前に捕まるから、とりあえず身体拭いて服着よう?」
その前に妹に止められた。後藤の妹でありマネージャーであるふわりはタオルと消臭スプレーと歯ブラシとゴミ袋を持って待ち構えていた。
「あ、はい」
「あとでスタッフが綺麗にしてあげました。ぶい」
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