第8話 ズタボロでしょ?お姉様? ※ロザリエ視点

 婚約者選びの誕生パーティーが終わり、モテモテだった私。

 レグヴラーナ帝国の第二皇女で、この可愛らし顔立ちだもの。

 人気があって当然よっ!

 でも、敵国とはいえ、ドルトルージェ王国のアレシュ様と踊れなかったのは残念だった。

 今、一番人気のある王子で、彼の婚約者が誰になるのか、注目を集めている。

 ダンスを踊れていたなら、自慢できたのに、途中から姿を見失ってしまった。


「面白くないわ。アレシュ様が敵国の王子でなければ、私の夫候補にしてあげたのに」


 私の夫に選ばれるなんて、名誉なことよ?

 婚約者が決まるのも時間の問題なんだから!

 そう思って、ウキウキしていた。

 けれど、パーティーではしゃぎすぎ、体力を使ったせいか、体の痺れや喉の痛みがひどく、なかなか起き上がれなかった。

 まるで、毒薬を飲んだかのような症状が続き、とても辛い。


「忌々しいわ! お姉様のせいで!」


 シルヴィエお姉様は生まれた時、神から呪いを受け、呪われた力を持っている。

 それで、特別扱いされていたお姉様。

 だから、呪いが本当かどうか、試しただけだったのに、死にそうになった。


「私をこんな体にして……!」


 腹立ち紛れに、そばにあった水差しとコップをなぎ倒し、花瓶の花をぶちまけた。

 ガラスが粉々に割れ、侍女たちは悲鳴を上げる。


「きゃあああ! ロザリエ様! 落ち着いてください!」

「早く鎮痛薬を持って来てっ!」


 大騒ぎして、使えない侍女たち。その甲高い声にイライラした。


「必要なのは薬じゃなくて、お兄様よ! ラドヴァンお兄様を呼んでっ!」


 ぜえぜえと息を乱し、あまりの苦しさから、胸を掻きむしる。


「ロザリエ、大丈夫か? また発作が起きたのか?」


 黒い髪に青い瞳――夜の泉のように美しいお兄様が現れる。

 お兄様は入ってくるなり、侍女たちに指示を出した。


「殺菌効果のある薬草を置くんだ。以前、効果があっただろう? それから、お湯につけた布で、喉を温めろ。蜂蜜とショウガのお茶を用意し、体を冷やさせるな」


 すべて症状を軽くするための方法で、治療法ではない。

 それが歯がゆい。

 薬草が効いたのか、少し発作が収まり、息がしやすくなり、声を張り上げた。


「お兄様、どこへ行っていたの? 私のそばにいてってお願いしたのにっ! お姉様のところへ行っていたんじゃないでしょうねっ!」

「剣の稽古だ」


 本当かどうかわからない。

 先日、お兄様がお菓子とドレスを注文していたのを知っている。

 私の誕生日のためだと思っていたのに、注文されたはずの品物は、私のところへ届かなかった。

 お兄様の嘘つき――ギリッと奥歯を噛みしめた。


 ――処刑されるはずだったお姉様を助けてあげたのに、お兄様は私を利用するだけ利用して、裏切ろうっていうの?


 あのまま、お姉様は処刑されてしまえばよかったのだ。


「ロザリエ。薬だ」

「いらないわ。薬より、私のそばにいて。命令よ」

 

 お兄様はため息をつき、侍女に椅子と本を持ってこさせる。

 私に逆らえば、お父様の怒りを買うとお兄様はわかっているから、絶対に逆らわない。

 窓辺で本を読むお兄様を見る。

 その手には、以前、お姉様のために持っていった本と同じものだった。


 ――まだ自分も読んでなかったのに、お姉様に先に読ませてあげようとしていたんだわ。


 お兄様が家族の中で心を許していたのは、お姉様だけ。

 優秀なシルヴィエお姉様。


 ――幼い頃から、私が欲しいと望んでいたもの。それは、シルヴィエお姉様が全部持っていた。


 呪われているということを除けば、完璧な皇女だった。

 持って生まれた才能なのか、お姉様は芸も学も多才で、少し教えられただけで覚えてしまう。


『弦をはじき、ハープを奏でたら、小鳥が集まり、花が咲いたそうですよ』

『それに比べて、ロザリエ様は楽器の演奏はさっぱりですね』


 お姉さまから楽器を奪っても、次は歌で周囲を魅了し、私が音痴だと、陰口を叩かれた。


『シルヴィエ様は好奇心旺盛でいらっしゃる。政治、農業、医療にまで興味がおありだ』

『呪いを受けた兵士たちに、自ら調合した薬を渡しているそうですよ。兵士たちは日常生活を送れるまでになったんですって』

『なんてご立派な!』


 呪われた体でなければ……と、お姉さまを知る皇宮の人々は残念に思っていたけど、お父様とお母様は違う。

 その評判が、外へ出てしまっては困ると必死に隠していた。

 皇帝の威信を守るため、呪われた娘は皇宮から出てはいけないいし、評判になっても困る存在。


 ――出過ぎた真似をするから、お父様から嫌われるのよ。


 お姉様が目立つのは、その才能だけではなかった。

 ヴェールと手袋をしていて暑い時でも、その辛さを一切、顔には出さず、涼しい顔をしている。


『銀髪と青い瞳、白い肌は陶器のよう。まるで宝石のように美しい方!』


 私が重いドレスを引きずっていても、お姉様は背筋を伸ばし、凛とした姿で歩くのだ。

 隣にいるだけで、差がつく。

 そして、そんなお姉様に一番心を奪われていたのは、お兄様だ。


 ――でも、惨めに暮らして汚い服装のお姉様を見たら、お兄様も大事な妹は、私一人だけだって思うはず!


「ねえ、お兄様。シルヴィエお姉様に会いに行きたいわ」

「シルヴィエに?」


 目に見えて、お兄様は動揺した。

 私がお姉様に嫌がらせすると思っているから、会わせたくないに決まってる。

 ただ会うだけなのに、そんな警戒しないで欲しいわ。


「私がこれだけ苦しいんですもの。お姉様が私より苦しい生活をしていないと、納得できないわっ!」

「わざわざ見に行かなくともわかる。シルヴィエの生活は楽ではない。粗末なドレスと下働きより、ひどい食事だ」

「どうして、お兄様がそれを知っているの? まるで、私に内緒で会ってきたみたい」


 お兄様はハッとして、黙り込んだ。

 やっぱり私に内緒で会っていたのね。

 あのプレゼントの数々は、ぜんぶお姉様のため。

 そう思うと、ますます腹が立つ。

 お姉様が調合した薬なんて、絶対飲んであげないんだからっ!


「お兄様! 早く車いすに乗せて、連れていってちょうだい!」

「……わかった」


 お兄様は前回のこともあってか、剣を置き、武器となるものを持たなかった。

 私の車椅子を黙って押す。

 お父様の怒りを恐れ、お兄様は私の言いなりになっている。

 でも、私から剣を奪われたことを隠してあげたんだから、これくらい当然よ。

 お姉様がいる皇宮の片隅までの通路には鉄格子があった。


「鉄格子がつけられたのね。罪人だから当たり前だけど、どんな惨めな生活をしているのか、楽しみだわ。ね? お兄様?」

「ああ……」

「まさか、お兄様はお姉様の味方じゃないわよね?」

「ロザリエの味方だ」


 お兄様は迷わず答える。 

 それで、少しは気分がよくなった。

 兵士が鉄格子を開けると、大きな鈴がやかましく鳴り響き、思わず、両耳を塞いだ。

 私もお兄様も顔をしかめた。


「なんだ。この鈴は!」


 監視役の兵士が慌てて、駆けつけてきた。


「あっ、えーと。これは侵入者が来たら、知らせるための鈴です!」

「侵入者? こんなところに忍び込むのは、ネズミくらいじゃなくて?」


 兵士は直立不動で答えた。


「シルヴィエ様の逃亡を防ぐためでもございます!」

「ふうん? 仕事熱心なのね」


 お姉様が逃亡しないためなら、なんでもいいわ。

 そう思って、進んでいくと、そこは――


「農園?」


 畑が広がっていた。

 そこで、お姉様はドレスの裾と腕をまくり、イキイキとした顔をしている。

 顔と手が泥だらけになっていたからか、慌てて水で落としている最中だった。

 眩しいくらい健康的で、心なしか、閉じ込められる前より、活発になっていた。

 誰とも会わないからか、ヴェールも手袋もなしで、自由に過ごしているようだった。

 

「来るとは思っていなかったから、身だしなみが整っていなくて、ごめんなさい。今、畑仕事をしていたところだったんです」

「なにこれ……」


 芋の蔓や豆の葉が育ち、荒れていたはずの土地は綺麗に整備されていた。

 帆布で作られたタープの下には、石のテーブルと椅子が置かれ、ガラスの水差しには、ハーブが入った水が用意されている。

 畑仕事の合間に飲んでいたのかもしれない。


「遊びに来てくれて嬉しいですわ。今、ハーブティーをご用意しますね」

「いらないわよっ!」

「まあ……」


 お姉様が痩せ細り、粗末なドレスとボロボロの部屋で暮らしている姿を見に来たのに、想像していた姿とまったく違っていた。

 お兄様も驚き、言葉を失っていた。

 そして、お姉様に向ける目は優しかった。

 口ではお姉様の味方ではないというけど、本当は誰よりもお姉様の味方でいたいと思っている。

 

 ――気に入らないわ!


「命令よっ! 畑をめちゃめちゃにして!」

「ロザリエ!?」


 お姉様は驚いていたけど、私はお姉様の幸せは望まない。

 私の声を聞いた兵士たちが、ぞろぞろやってきて、くわで土を耕し始めた。

 畑はめちゃめちゃになり、お姉様は絶望するはず。

 芋畑が掘り起こされていく。

 

「ロザリエ、やめろ。こんなことしなくても、皇女の身分で畑仕事をしているだけで、罰は与えられている。シルヴィエは辛いはずだ」

「お兄様は黙ってて!」


 お姉様は悲しい顔をし、畑が荒らされていくのを眺めていた。

 さあ!

 絶望し、お兄様の前で、私を口汚く罵ればいいわ。

 お兄様はそんなお姉様に失望するはず。


「ロザリエ。体の調子は良いのかしら? 苦しくないのなら、いいのですけど」


 お姉様は絶望するどころか、私の体調を気遣ってきた。


「なっ……!」

「治療方法はわからないけど、免疫力をあげるには、好き嫌いしないで、色々な物を食べるといいらしいですよ。それから……」

「余計なお世話よっ!」


 私が寝込んでいる間、お姉様は私の症状を少しでも軽くしようと考えていたらしい。

 お兄様はそんなお姉様を見て、辛そうな表情を浮かべていた。

 それは、自分がお姉様にやったことを後悔している顔だった。


 ――善人ぶって、次期皇帝のお兄様に取り入っているんだわ!


 そして、自由になろうとしている。

 強がっているだけで、ここでの生活が辛いから、お兄様の力を借りようと目論んでいるに違いない。

 でも、そうはさせないわ!


「お姉様の考えはわかってるのよ。善人のふりをして、ここから出たいって思ってるんでしょ。お姉様は一生、ここで暮らすの。閉じ込められて生きるのよ!」


 さすがにここまで言えば、お姉様もショックを受けるはず。


「ロザリエ。せっかく来てくれたのですから、お茶でもいかが?」

「お茶を用意しなくていいわよ! もう戻るんだから!」

「そう……」


 しゅんっとして、お湯を沸かそうとしていた手を止める。

 皇女なのに、お茶を自分で用意しなくてはいけないなんて、あえりない状況なのに、お姉様は順応していた。


 ――兵士に命じ、ここにあるものをすべて壊してやるわ!


 そう思った瞬間、お兄様が言った。


「そろそろ戻った方がいい。ロザリエの部屋へ行く前に、他国から使者が来ていた。もしかすると、婚約の話かもしれない」

「なんですって! お兄様、早くそれをおっしゃってくれたらよかったのに!」

「お前が発作を起こしていて、言えなかった」

「戻るわ! 早くっ!」


 お兄様を急かした。

 パーティーから二週間経ったのに、求婚者はゼロのままで、誰も婚約を申し込みに来なかった。

 自信はあったけど、ずっと気にしていたのだ。


「そういうことだから、お姉様。さようなら。婚約者選びが大変だから、ここに長居はしていられないの」

「ええ。またいらしてね」

「来るわけないでしょ!」


 お姉様はどこにいても皇女のままだった。

 どんな粗末なドレスを着ていても、泥に汚れていても、その美しさは隠せない。

 私の車椅子を無言で押すお兄様もそう思ったに違いない。

 お兄様と私は、お父様と大臣がいる広間へ入る。


「お父様。使者が来ているって本当? 一番乗りはどこの国かしら?」


 お父様と大臣は、私を気まずそうに見る。


「いや、ロザリエへの求婚ではない」

「え?」


 書状を手にした使者が口にしたのは――


「第一皇女シルヴィエ様に、アレシュ第一王子とのご結婚を考えていただきたく、ドルトルージェ王国よりお願いに参りました」


 ――お姉様の名前だった。


 ドルトルージェ王家の紋章が入った本物の書状。

 そこには間違いなく『シルヴィエ皇女』と書かれている。

 お兄様は驚き、顔をこわばらせ、その書状を見つめていた。


 ――なぜ、私ではなく、お姉様に?


 誰もがそう思っていた。

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