第7話 帝国の花(2) ※アレシュ視点
「先に空から全体の造りを把握しておいてよかったな。迷うところだった」
レグヴラーナ帝国の皇宮は、ドルトルージェ王国の王宮に比べ複雑な造りになっている。
それは戦いの歴史だ。
他国との戦争を続け、領土を増やしたレグヴラーナ帝国は敵が多い。
「恨みを買いすぎだ」
外へ続く隠し通路、皇宮の奥へ続く通路は、隠し扉で塞がれている。
壁を叩きながら進む。
同じように見えても音が違うところに、なにか隠されていることが多い。
皇宮を警備する兵士たちは、ロザリエ皇女がいる場所に、多く配置されていたようだが、奥のほうの警備も怠っていない。
表面上の警備は、しっかりしているが、今の俺はレグヴラーナ帝国の兵士。
手には酒を持ち、見張りの兵士たちに声をかけた。
「皇女の誕生を祝っていいと言われたので、酒をもらってきました」
「本当か? 見かけない顔だな」
「この誕生パーティーのために、警備の人手を増やすのに、急に雇われまして」
ここの警備を任されているのは、古株の兵士らしい。
それだけ、重要ななにかがある。
空から見たのは、銀髪の少女だったが、あの少女を守るためなのか、それとも――
「しかし、酒か。勤務中だからな」
「飲まないなら、厨房に返しますが」
「待て!」
「一口だけならいいんじゃないか?」
「ロザリエ様のパーティーで忙しいだろうし……。誰も来ないよな?」
ひそひそと話し合い、顔を見合わせ笑う。
「新人。お前、気が利くなぁ!」
「ちょうど退屈してたんだ」
「これくらいは当然ですよ」
酒の瓶を渡す。
ただし、これは睡眠薬入りだ。
酒を飲んだ瞬間、兵士たちは眠りにつく。
崩れ落ちた兵士たちを見下ろし、夜空を見上げた。
空から見た銀髪の少女がいるのは、この先である。
「誰も来ない場所か……」
まるで、閉じ込められているようだ。
いや、閉じ込められているのだ。
通路に鉄格子があった。
先に進む前に、庭園の庭に咲く花を摘む。
そこにいるのは、俺の予想が正しければ、第一皇女シルヴィエ。
部屋の窓から灯りがこぼれ、庭に接する廊下を照らす。
同じ皇宮で、華やかな誕生パーティーが開かれているとは思えないくらいの差。
それは、小さく頼りない灯りだった。
「ん……? 畑?」
立派な畑が広がっている。
「パン焼き窯?」
趣味の域を超えた出来栄え。
シルヴィエ皇女はいったいここでなにをしているんだ……?
「閉じ込められているのは間違いなさそうだが」
窓と扉には鍵がついた鉄格子がある。
鍵がかかり、部屋へ入れないようになっていた。
夜風に乗って届く楽の音を聴いているのか、窓が少しだけ開けられている。
窓のそばにいたのは、銀髪の少女。
ショールを羽織り、寝間着姿で本を読んでいた。
「シルヴィエ皇女殿下」
試しに名前を呼んでみる。
俺の声に反応し、窓のほうへ振り向き、椅子から立ち上がった。
ショールが足元に落ちたが、それさえ気にならないくらい驚いていた。
「お兄様……では、ありませんわね。どなた?」
こちらは暗く、向こうの灯りも小さいから顔は見えないだろう。
だが、シルヴィエ第一皇女で間違いない。
「今夜だけ警備を任された者です。花をお持ちしました」
鉄格子の隙間から、先ほど摘んだ花を見せる。
「まあ! これは
「薬ですか?」
「ええ。鎮痛薬として有効なんですよ。血行促進によろしいし、とても役立ちます」
「受け取っていただけますか?」
シルヴィエ皇女は喜び、手を伸ばそうとして、ためらい、その手を引っ込めた。
「手袋をしていないから、今はあなたに触れられないのです」
「平気ですよ。手をどうぞ」
「でも……」
少し伸ばせば、掴める距離。
ためらう手の指を自分の指に絡め、引き寄せた。
握る手に、銀髪が触れた。
「待って下さい! これ以上近寄るのは危険です!」
「これ以上は近寄れませんよ」
慎ましい性格らしく、男性を不用意に近づけないよう気を付けているようだ。
花を触れてないほうの手で渡す。
「あなたは兵士じゃありませんね。そして、レグヴラーナ帝国の人間ではなく、他国の方」
鉄格子近くに寄ったからか、彼女は違和感に気づいたようだ。
ここまで来るまで、誰も気が付かなかったと言うのに、農業や薬草の知識だけでなく、勘もいいようだ。
「バレてしまいましたか」
「異国の香りがします。爽やかな木の香りですね」
「香木です」
「香木? 香水とは違うのですか?」
興味津々に食いついてきた。
「そうですね。香炉を使い、香りを出します」
「まあ……。香炉……」
見たこともないのか、しばらく思案していた。
その仕草も可憐で可愛らしい。
「名残り惜しいですが、そろそろ戻らなくては」
「そうですね。忍び込んだのが、お父様たちに知られては、大変なことになりますわ。気を付けて下さいね。スパイさん?」
「怖がらないとは、不思議な方だ」
「私に危害を加えることは誰もできませんから」
「なるほど」
この鉄格子があるから、安心という意味なのだろうか。
シルヴィエ皇女には謎が多い。
だが、今はその謎を解明している時間はなかった。
「シルヴィエ皇女。無礼を失礼しました」
「いいえ。私のほうこそ、不用意に近寄ってしまいました。お花をいただきありがとうございました」
彼女の美しさを考えたら、花など山ほどもらっているはずだ。
なんて謙虚なのだろう。
絡めた指をほどくと、シルヴィエ皇女は、ホッとした顔を見せた。
人と触れあうことになれておらず、そこらに咲く小さな花束ひとつに喜ぶ。
「いつか、あなたにたくさんの花を差し上げたい」
「ここから出られたら……。その時、お花をください」
白い花に視線を落とし、柔らかく微笑む。
純粋で美しく、心優しい。
閉じ込め、粗末な暮らしをしいられるような皇女ではない。
「必ず」
約束をした。
本気の約束だと気づいたのか、シルヴィエ皇女は顔を上げ、こちらを見たが、彼女の返事を聞く前に離れた。
夜空にヴァルトルの鳴き声が、ひとつ聞こえたからだ。
「戻らないと危険だな」
第一皇女の扱いは、まるで罪人だ。
なぜ、ここまで二人の扱いに差が出るのか、俺にはわからなかった。
一度だけ、振り返った皇女の部屋は、外に零れる灯りすら頼りない。
第二皇女ロザリエがいるパーティーの広間は、夜空を焼くほどの光だというのに――楽隊が奏でる音楽が止む。
パーティーが終わり、招待客たちは皇宮を出なくてはならない時間だ。
「アレシュ様!」
俺を探していたのか、廊下の向こうから、カミルが走ってくる。
それと同時にヴァルトルが空から戻り、腕にとまる。
「悪い。遅くなった」
「すぐに着替えて皇宮を出ましょう。ロザリエ皇女がアレシュ様とダンスを踊りたくて、ずっと探し回っていたんですよ!」
「なるほど。いなくて、正解だったな」
「不正解ですよっ。ずっと生きた心地がしませんでした!」
替え玉がいるとはいえ、別人だ。
なんとか誤魔化していたようだったが、限界だったらしい。
着替えを受け取り、ふと自分の手を見る。
「あの、アレシュ様。なにかありました?」
「いや。細い指だったなと思った」
そして、手は荒れていた。
農作業をしていたのも、花一つにあれほど喜んだのも、皇女らしい暮らしをしていない証拠。
「指? 誰の指ですか? ま、ま、まさか、あの美少女を探して……!?」
カミルが顔を赤くし、あと少しで怒鳴られそうな気配がした。
「シルヴィエ皇女を見つけた。彼女を俺の妻にしようと思う」
「は……?」
白い花のようなシルヴィエ皇女のを思い出す。
一瞬の出会いが、未来を決め、運命を変えることもある。
次に会う時は、隔てる物のない場所で君に会いたい――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます