第6話 帝国の花(1) ※アレシュ視点

 ――なんて美しいのだろう。

 それは一瞬の出来事だった。

 風が吹き、さらさらとした銀髪がなびき、空を見上げた瞳は、深い青。

 空を映しているからか、瞳の青さが、なおさら濃く見えたのかもしれない。


「……シュ様、アレシュ様!」

「うん? ああ、悪い。今、『目』を飛ばしていた」

「また風の神の力を悪用してたんですか?」

「悪用? 違う。敵国の偵察だ」


 風の神の加護を受ける俺は、風の神の化身である鷹の両眼を借りることができる。

 上空から見えるものなら、なんでも覗けてしまうというわけだ。


「ヴァルトル、戻れ」


 空から戻った鷹――ヴァルトルが大きな翼を広げ、鋭い爪を伸ばし、革の手甲てっこうをつけた腕に止まる。

 本来、風の神の化身に名はない。   

 名がないと不便だったため、名前を与えて呼んでいる。


「それで、なにか収穫はありましたか?」

「美少女がいた」

「やっぱり覗き見じゃないですかっ!」

「人聞きが悪い。情報収集していたところに、たまたま遭遇しただけだ」


 俺を護衛する騎士のカミル。

 その目は冷たかったが、パーティーの招待を受けたのは、敵国を偵察するためだ。

 表向きは友好、裏では情報収集。

 せっかく第二皇女の誕生パーティーに、招待されて、堂々と敵国へ入れるのだから、この機会を逃すわけがない。


「わかってますよ。ドルトルージェの王子にして、風の神の化身を従えし、尊き我が主君」


 俺と風の神の化身ヴァルトルに、カミルは敬意を払い一礼する。


「さっき空から見た銀髪に青い瞳をした美少女は、誰なんだろうな」

「銀髪の美少女ですか? ロザリエ第二皇女ではないですね。金髪に青い瞳らしいですから……って、しっかり見てるじゃないですかっ!」


 カミルは怒り、赤い髪をぴょんっと跳ねさせた。

 そこまで怒らなくてもいいと思うんだが、ここは敵国であることも関係しているのかもしれない。

 俺の周りにいる護衛たちもカミル同様、ピリピリしている。


「第一皇女か? だが、おかしいな。公式には病弱で部屋から一歩も出られない皇女だと、言われていたはずだが」


 農園らしき……いや、あれは庭だ。

 皇女が農作業などするわけがない。

 だが、俺の目の錯覚でなければ、楽しそうに畑仕事をしていた気がする。


「帝国では、庭を畑にするのが流行しているのか? いや、それよりも第一皇女は、どこからどう見ても、健康そのものだったぞ?」

「どうなんでしょうかね。レグヴラーナ帝国に関して、我々は情報が少なすぎます。帝国は我が国を警戒していて、簡単に入国できないですからね」


 レグヴラーナ帝国は野心を隠さない。

 大陸で最も広い領土を有しているレグヴラーナ帝国。

 だが、我が国ドルトルージェ王国にだけは、戦争を仕掛けても勝利したことがない。

 よって、南方へ領土を広げるには、我が国が壁となり、邪魔なのである。

 光の女神だけを信仰するレグヴラーナこそが、正義だとして。

  

「他にも神がいるってのに、心が狭い国だ。そもそも神の気配すら、気づけないくせによく……」

「アレシュ様。ここで帝国の悪口を言うのは、やめてくださいよ。こっちは数の上では、不利な状況なんですから」

「わかってる。今日は第二皇女の誕生祝いで、招待されたんだ。ケンカを売る気はない」

「仲良くしようという話ではないと思いますが……」

「だろうな」


 こっちにも思惑があるように、向こうは向こうで思惑がある。

 カミルの視線の先にいたのは、レグヴラーナ帝国の皇子ラドヴァンだった。

 黒髪に青い目をし、本心を心の奥に隠す冷たい印象の男。

 黒い服に深い青のマント、銀の装飾品をつけ、金と赤を主としたものを身に着けた皇帝陛下より、自分が目立たぬよう気を配っている。

 ラドヴァンは俺と同じ年齢で、父親の補佐官を務める真面目な王子だ。

 お互い他国の社交の場で、何度か会ったことがある。

 

「アレシュ様と正反対ですね」


 招待客に丁寧な挨拶をするラドヴァンを見て、カミルがそんな感想を述べた。


「ドルトルージェ王国第一王子アレシュ殿下。ようこそ、レグヴラーナ帝国へ」


 嘘くさい笑顔を浮かべ、ラドヴァンが近づいてくる。

 俺も笑顔を見せるが、お互い腹の中では殴り合いの戦闘状態。


「殿下とは堅苦しい。同じ年齢だ。アレシュと呼んでもらって構わない」

「それは失礼。アレシュ#殿下__・__#」


 ラドヴァンは俺と仲良くする気はなさそうだ。

 空気が重くなったところで、明るい声が響いた。


「ラドヴァンお兄様!」


 ふわふわした金髪に青い目、色白な少女――確か第二皇女ロザリエも体が弱いと言われていた。

 光の女神の恩恵を受けなければ、死んでいたとかなんとか。


「ロザリエ。誕生日のパーティーを楽しむのはいいが、あまりはしゃぐと熱が出るぞ。それから、こちらがドルトルージェ王国のアレシュ殿下だ」

「まあ……。この方が?」


 俺を見て、なにか挨拶するのかと思えば、なにも言わない。

 俺から挨拶しろという無言の圧を感じる。 

 カミルが俺に代わり、挨拶をする。


「……レグヴラーナ帝国第二皇女殿下。十五歳になられたとか。今後の活躍が期待されますね」

「ええ。私の結婚相手になりたい人はたくさんいるの。アレシュ様もその中の一人に加えて差し上げるわ」

「は……? いや……」

「でも、ごめんなさい。私、ドルトルージェ王国には嫁げませんの。皇帝陛下であるお父様のお気に入りでしょう? 期待させてしまったかしら?」


 ――期待とはなんの期待だ?


 そもそも、俺の結婚相手にしようなどと、少しも考えていない。

 俺もカミルも話の通じなさそうな相手を前に、思わず、無言になってしまった。


「あら? 鳥を連れていらっしゃるの? ドルトルージェ王国では、動物をパーティーの場に連れ歩くのが普通ですの? そんな野蛮な国の方と結婚なんて、お父様がお許しにならないわ」


 一方的に話し続ける第二皇女を眺めること数分。

 カミルが俺の顔を見る。

 俺もカミルに視線をやる。

 俺たちの感想としては――


『なんだ? この皇女……』


 ――である。

 しかも、やたら馴れ馴れしい。

 

「お話し中、失礼いたします。アレシュ様は純粋に、皇女殿下の誕生祝いのためだけに訪れました。アレシュ様に結婚などという意図は微塵もございません」


 カミルが誤解されないよう訂正する。

 気分を害したのか、ロザリエ皇女はムッとした顔をした。

 俺の苦笑、隣のカミルの引きつった笑み、それらに気づく様子はない。

 ロザリエ皇女はよほど自分に自信があるらしい。

 

「ロザリエ。他の者たちが、話したくて待っているぞ」


 俺たちの微妙な空気を察したのは、ラドヴァンだ。

 妹への態度に違和感を抱いた。


 ――次期皇帝のラドヴァンが気遣うほど、ロザリエ皇女の立場は強いのか?


 皇帝陛下のお気に入りだと聞いてはいたが、不自然なまでに、ラドヴァンは従者のように付き添っている。


「アレシュ様。後から、ダンスを誘っていただけるかしら? 体が弱いから、少ししか踊れないけれど、アレシュ様は特別よ」


 断られることをまったく考えていない。

 こちらの返事も待たずに、笑いながらロザリエ皇女は去っていった。

 ラドヴァンのほうは、ロザリエ皇女のそばにいて、招待客への非礼をフォローして回っている。


「なんというか、その……。強烈な皇女ですね」

「ああ。カミル、後は任せる」

「えっ!?」

「俺があの皇女とダンスを踊るところを見たいか?」

「いえ。それで、アレシュ様はなにをしに?」


 カミルに笑い、声をひそめた。


「決まっている。敵国レグヴラーナの情報収集だ」


 そのために、このパーティーの招待を受けた。

 敵の本拠地に、堂々と入れる機会は少ない。

 この機会に皇宮内を把握しておこうというわけだ。


「承知しました。お気を付けて」


 人の良さそうな笑みを浮かべたカミルは、俺と背格好が似た男を呼び、俺の上着を渡す。

 俺はレグヴラーナ帝国の兵士の服装に着替えた。

 そして、ヴァルトルを夜空へ放つ。


 ――俺の 本番パーティーはこれからだ。

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