第27話 わたくし米兵に恐怖を感じました

背の高い黒人がたくましい腕を広げて、わたくしのほうへやってきます。

黒人は酔っていて、楽しそうに笑っていますが、わたくしは恐怖を感じました。


この人の腕のなかに入ったら、どうなるのでしょう? 

息ができないくらいに抱きしめられるのでしょうか? 


それとも、天にも昇るような快感を得るのでしょうか? 


快感などわたくしには必要ありません。

わたくしは、素早くレジカウンターのなかへ逃げ込みました。

カウンターの出入りに使う腰までの高さの扉は、内側からボタンを押さなければ開きませんので、お客さまが中に入ることはできません。


しかし、高さが腰までしかありませんので、背の高い黒人なら、簡単に飛び越えてくるかもしれません。



どうしましょう? 怖い、怖い・・・。



 アメリカ人と日本人では習慣やルールが違います。

この店に入ってきたアメリカ人は、店内でキスをしています。


公衆の面前でキスするなんて、アメリカ人にとっては当たり前なのかもしれませんが、日本人は奥ゆかしい人がまだまだ多いですので、人前でキスなどできません


。ハグもそうです。


背の高い黒人は、挨拶のつもりでわたくしとハグをしたかっただけなのかもしれません。

酒に酔って、気持ちが昂ぶっているので、初対面のわたくしと挨拶したいと思ったのでしょう。


しかし、わたくしには挨拶でハグするという習慣はありません。この違いをどうやって乗り越えればいいのでしょうか? 


わたくしが、我慢してハグを受け入れればいいのでしょうか? 

それとも、黒人男性にハグを我慢してもらえばいいのでしょうか? 


どちらもお互いに我慢し妥協しなければいけないのでしょうか。


 黒人男性は、まだ笑っています。

カウンターの出入り口の扉をガタガタと音を立てます。開けようとしているようですが、なかなか開きません。


「オー、ノー」と両手を天に向けて、笑顔が消え、悲しい表情を見せました。

憤慨しておられるのでしょうか? 


わたくしに向かって中指を立てて「ファック・ユー!」とおっしゃっていました。

わたくしのことを、挨拶もできない無礼な人間だと思っているのでしょうか。

習慣の違いによって理解し合えないということが、残念でなりません。


 マービーがやってきました。

店内には、たくさんのお客さまがおられますが、商品を選んでらっしゃって精算するお客さまは途切れていました。

そのすきま時間を利用してマービーはわたくしに話しかけてくださいました。


「郷に入っては郷に従うっていうことわざがありますよね。あいつら、ここは日本なんだから、日本のルールに従って欲しいですよね。警察を呼びましょうよ」


「え? 警察はやりすぎじゃないでしょうか。あの日本人女性は別に嫌がってるわけじゃないですし・・・」


 すると、クリシュナさんもやってきて、会話に参加されます。


「私もネパールで軍隊に入った経験がありますけど、過酷な苦しい毎日でした。この島にいる米兵たちは、そんな苦しい訓練をしているんだと思いますし、いつ戦場へ送られるかわからない不安と恐怖に襲われていると思います。

そんな状況下で、久々の休暇を与えられたとなったら、多少、ハメを外したくなる気持ちはわかるんです」


「でも、日本の女性たちを食いものにして喜んでいる姿を見せられたら、日本人としては気持ちのいいもんではないですよね」とマービーは言い、顎で雑誌棚の方を示しました。


「ほら、あそこに団結鉢巻の人たちが並んで、外からなかを覗いてますよ」

 クリシュナさんもわたくしも、雑誌棚の方へ視線を向けました。


すると、そこには、憎しみをたたえたいくつかの目がギロリと並んでいました。


その目が暗闇で鋭く光っているのです。

たぶん米兵たちを見ているのでしょう。


米兵たちが、店内で狼藉を働いたらすぐに入ってきて抗議しようと思っているのでしょうか、それとも文句の1つも言ってやろうと考えているのでしょうか。


何だか、嫌な予感がしました。


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