第25話 わたくしには何の才能もありません

そこへクリシュナさんが入ってきました。

出勤時間の5分前ですが、クリシュナさんは、手を洗って働く体勢に入りました。そして、こんなことを言ったのです。


「店長、あがってください」


「でも、今日は、深夜まで忙しくなりますから、私が外れるわけにはいきません」

 メイリンさんはいまにも泣きそうな声でおっしゃいました。


「ダメです。ボクとマービーでなんとかしますから。店長は安心してお子さんのところへ行ってください」


 そこでわたくしは、横から入ってしまいました。

「店長のお子さんが、どうかされたんですか?」


 クリシュナさんが答えてくださいました。

「深夜保育の施設から電話があったんですよね」とクリシュナさんがメイリンさんに顔を向けます。そして「高熱を出して、いま、病院に運ばれたんだそうです」とおっしゃいました。


「え?」


 わたくしは、驚きの声をあげてしまいました。「それはいけません。すぐに行ってください。わたくしも、残って働きますから」


 わたくしは、そう言い、すぐに主人のところへ電話しました。

店長のお子さまが病院に運ばれたので、代わりに働くから、帰りが遅くなることを告げました。主人は快く承諾してくださいました。


 わたくしは22時以降も働くことになりました。


メイリンさんは「ごめんね。ありがとうね」と言って帰っていかれました。

メイリンさんのためになるのでしたら、残業などお安い御用でございます。


自分が人さまのお役に立っていると思うと、自己重要感がどんどん高まっていきます。


メイリンさんは陳列の天才です。

オーナーは人の話を聴く達人ですし、リエンさんは掃除のエキスパートです。マービーは袋詰め職人です。


みなさん、素晴らしい才能の持ち主です。


しかし、わたくしには何の才もありません。


オーナーさまは「与那嶺さんは、学ぶ才能を持っているじゃないですか。コンビニ店は、人生を学ぶ学校だと思っているんです」とおっしゃいますが、果たして、わたくしに、そのような才能があるのでしょうか? 


何の才能もないわたくしをオーナーさまはなぐさめるために、そう言ってくださいました。


しかし、こうしてメイリンさんのお役に立てるのかと思うとわたくしは幸福感に満たされるのでございます。


 若者たちの一群が、入ってきました。

女性2人に男性3人です。

何を笑っているのかわかりませんが、ときおり大きな笑い声が店内に響きます。観光で沖縄に来た開放感から気持ちが高揚しておられるのでしょうか。


とにかく、よく笑う一群でした。


大きな袋にいっぱい、お酒やおつまみを購入されました。

ところが、レジ機の前で、自分が払うと言い張って5人が争いはじめたのです。

争うといっても、キャッキャと笑いながら陽気に争うのです。


レジ機のお客さま画面に5人が次々とタッチして、レジの操作をやってしまうのです。

「現金」、「クレジット」、「バーコード決済」と支払い方法の画面が切り替わります。


そのたびに、「支払い方法をお選びください」と電子音声が流れます。

何度かやっているうちに、電子音声が「しは、しは、しは、、、」と繰り返すようになりました。


そして「ピーーー!」とけたたましい音が鳴りました。


レジ画面が真っ暗になり「操作が違います」というメッセージが表示されました。わたくしは、どうすればいいのかわからず、ちょっとしたパニック状態になりました。


 クリシュナさんが飛んできてくれました

。クリシュナさんは、いろいろ操作して無事に復旧することができました。さすがは、クリシュナさんです。レジ機のことならなんでも知っています。まさにレジ機のスペシャリストです。


「すみませんでした」

 若者の一群のなかの1人の女性が謝ってくださいました。そして、その女性が現金で支払って帰っていきました。


 22時30分ごろから、酩酊されたお客さまが増えてきました。

バイトをはじめた当初は、酔っ払い客に慄いていました。


だって、いきなり怒り出すこともありますし、うまくコミュニケーションが取れないこともありますから、扱いづらい存在なのです。


しかし、いまでは慣れてしまい、面白がって眺めることができます。これはわたくしが成長したということでしょうか。


 50歳前後の男性客がわたくしのレジにやってきました。


千鳥足で肩がゆらゆらと揺れて、立っていることもおぼつかない様子でございます。コメディアンが酔っ払いのマネをして笑いを取るというコントがありますが、まるであの演技を見ているようでございます。


わたくしは、ついウフッと笑ってしまいました。


この男性客はウコンドリンクを1本購入されました。

この店のレジ機は、現金支払いの場合はお客さまが自分でレジ機にお金を挿入しなければいけません。


しかし、この男性客は千円札がなかなか機械に入らなくて、首をかしげたり、お札を取り上げて眺めたりしています。


そうかと思うと足がフラついて転倒しそうになります。


「あっ!」


 危ないと思った瞬間、転倒してしまいました。ゴツンと鈍い音がしました。頭を強打したのでしょうか。

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