第20話 マービーさまには感謝しかありません

わたくしの方には、タバコを購入するお客さまが多いように思います。


ちょうど、わたくしの後ろにタバコの陳列ケースがあるからでしょうか? 


200種類以上のタバコが壁一面、上のほうまで並んでいます。

もちろん、タバコの銘柄をすべて覚えているわけではありません。タバコの陳列ケースにはすべて番号がふってあるのですが、すべてのお客さまが、その番号でおっしゃってくださるわけではありませんので、困惑することもしばしばございます。


 マービーほどのベテランになると、常連客の吸うタバコをわかっていて、事前に用意していて「いつもの、これですよね」と差し出すのです。


わたくしも、早くマービーのようになりたいものです。

お客さまとしても、自分の吸うタバコを知っていて事前に用意してくれているわけですから、嬉しいに決まっています。


お客さまが喜ぶ顔を見とうございます。

なにより、そうしたことができるなんて、カッコいいじゃないですか。


 40歳前後の男性客がレジにいらっしゃいました。

きちんとスーツを着ていて、ヘアスタイルがオシャレでした。

夜のお仕事をされている方でしょうか。その男性がボソボソと

「クール・ブースト8ミリ」

 とおっしゃるのです。


「え?」


 わたしくしは、お客さまが何を言っているのか理解できずに「申し訳ございません。もう一度、おっしゃってくださいますでしょうか」と申し上げました。


もしかすると、お客さまが機嫌を害するかもしれませんので、気をつけなければいけません。


「クール・ブースト8ミリ」

 と、そのお客さまは繰り返しました。



 わたくしに、いったい何をさせようとしているのでしょうか? 


わたくしには、さっぱりわかりません。

健康ドリンクの名前でしょうか? 


それとも「クール」ですから清涼剤かなにかでしょうか。

まさか、それがタバコの名前だなんて、わたくしは気づきもしませんでした。


「タバコだよ」

 とお客さまはついにお怒りになりました。


「申し訳ございません」

 わたくしはすぐに回れ右をして、タバコを探しました。


しかし、「クール・ブースト8ミリ」というタバコは見つかりません。

どうすればいいのでしょうか? 


涙があふれる寸前でした。


「クール・ブースト8ミリですね」

 マービーでした。


緑色の箱をマービーはお客さまに見せて「これですね」とおっしゃいました。

お客さまは、言葉はなく、うなずくだけでした。

わたくしはマービーに助けられました。


心から感謝です。



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