第11話 幸福感に満たされる夜
主人との出会いは、大学時代でした。
わたくしの学校が主催する「ジェンダー・フリー教育を考える」というシンポジウムにわたくしは、ボランティアスタッフとして参加しました。そのとき、パネリストの1人が与那嶺先生でした。
打ち上げの席で与那嶺先生の隣に座りました。
与那嶺先生は、わたくしのために料理を小皿に分けてくれたり、お水を注文してくれたり、細やかな配慮を怠らない方でした。
ああ、この方のそばにいるとホッとするなぁと思いました。男性としてではなく、人間として尊敬できる人でした。
結婚するなら、一緒にいて安心できて、尊敬できる人がいいなと思ったのです。
29歳のときに再会しました。
パネリストだった与那嶺先生のことが気になり、先生の講演会を探して参加したのです。
「ダイバーシティ&インクルージョン」をテーマにした講演会は盛況でした。
終了後に控え室に挨拶に行き再会を喜び、「食事に誘っていただけませんか」とわたくしのほうが積極的にアプローチしたのです。
それは、やはり母からプレッシャーを与えられていたからかもしれません。
歳の差は気になりませんでした。
24の差がありますから、価値観も習慣も違うかもしれません。
カラオケで歌うときも、与那嶺先生はわたくしの知らない古い曲を歌われます。
古事記や日本書紀に描かれてある日本の神話が大好きで、よくわたくしに話してくださいます。
記紀など、わたくしは読んだことはありませんでした。
神社にお詣りしたときは、ちゃんとした作法を教えてくださいます。
決して強要はせず、優しく教えてくださいました。
ですから価値観や習慣の違いは、コミュニケーションの齟齬や対立を生むのではなく、むしろ学びになるというメリットのほうがわたくしには大きいと思いました。
「先生と一緒に暮らしたら楽しいでしょうね」
とわたくしが言いましたら、先生は、
「それは、楽しいでしょうね。一緒に暮らせたらいいでしょうね」
とおっしゃいました。
そこでわたくしはすかさず「それはプロポーズのお言葉ですか?」と迫ったのです。
先生は、先妻を亡くされ、娘さんは結婚して出ていましたので、1人で暮らしておられました。
そのとき、先生は「うん」と言葉なくうなずいたのです。
わたくしの結婚が決まった瞬間でございました。
結婚前も後も、男女の交わりはありません。
わたくしが、そういう行為に汚らわしさを感じるものですから、どうしても受け入れられないのでございます。
しかし、キスやハグは普通の夫婦よりも多いかもしれません。
主人は、それでいいと言ってくれています。
すでに結婚している娘さんがいることですから、子どもを作る必要はないと言ってくださっていますし、こんな話もしてくださいました。
「日本の神さまは、アメノミナカヌシからはじまって7代まで性別がなかったんですよ。男性神や女性神が生まれたのは、その後のことですから、性別のない神さまのほうが上位にくるんですよ」
そして、夜ベッドのなかで、主人はわたくしのことを「赤毛のアンナ」と呼び、「私の大事な宝物です」と言ってくださいます。
その言葉にわたくしは言い知れぬ幸福感に満たされるのです。
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