第9話 オーナーさまは謎多き人でございます

 オーナーさまは謎多き人でもあります。


人の話を聞いてばかりで、自分のことはあまり喋らないからです。

3店舗経営していて、高校生になる娘さんがそのうちの1店舗でバイトしているということは、本人ではなくスタッフから聞いたことです。


奥さまのことは誰からも聞いたことがございませんので、仲がいいのか悪いのか、はたまた離婚しているのか、死別しているのか、わたくしにはわからないのでございます。

中国人じゃないかとか、アメリカの大学を卒業しているとか、いろんな噂がございました。


 ただオーナーさまのそばにいるだけで、温かい気持ちになることはたしかです。

先ほどまで泣いていたわたくしの胸が、少しずつ満たされていくのを感じます。


動揺して混乱した心が少しずつ穏やかになり、呼吸も静かになっていきました。

オーナーには、そんな不思議な力があるのでしょうか。

そばにいる人の心を穏やかにするのです。


「お客さまから、わたくしが、男か女かわからないと言われたのでございます」

 声が震えないように、ゆっくりとわたくしは話しました。

不思議ですが、オーナーのそばに座っていると、つい話してしまうのです。


「そんなことがあったんですか。気にするなと言っても無理な話ですよね。そのお客さまは男女の区別をはっきりしなければ気が済まない人なんだと思いますが、私は、人間として与那嶺さんを素晴らしい人だと思っています。あなたは、あなたのままでいいじゃないですか。赤毛も素敵ですよ」


「そうですか?」

 わたくしは、自分の髪を左手で触り、少し伸ばしてみようかなと思いました。


ロングヘアにすれば、女性らしく見えるかもしれません。

そうしたことを意識すること自体にわたくしは嫌悪するたちなのですが、お客さまのなかには男女の区別をはっきりしなければいけない方々もいるのだと思うと自分の我見を押し通すことは、ある意味わがままなのかもしれません。


こうしたことも、仕事をすることで学べるんだなと思うのでございます。

わたくしが、こんな前向きな気持ちになれるのも、オーナーさまのおかげでございます。感謝しかありません。



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