第10話 玄関のママ

 もう一人の舞子が、ソファーに座ってケーキを食べている。

舞子が私を見ている。

信子の声が。


 「舞ちゃん、二階にいらっしゃい。パパがアナタに会いたがっているわよ」


ケーキを食べいてるもう一人の私が返事をする。


 「は~い」


急いで階段を上がって行くもう一人の私。

リサ(猫)がもう一人の私の後を追う。

アトリエのドアーを開けて、もう一人の私と信子が部屋に入って行く。

それを観ている舞子。

笑い声が聞こえる。


 「ハハハハ。そうか。戻って来たのか」

 「そうよ。舞子、治ったの。パパ、その絵は『道の絵』? 」

 「そうだ。一階の『窓の絵』には道が無いからね。二階には『道の絵』を置こうと思って。ハハハ」


楽しそうなもう一人の私の家族。

舞子はもう一つの部屋の玄関ドアーを開けて外に出た。

そこにはもう一軒の白い家が。

もう一人の私がドアーを開けようとしている。

振り向くと二階からもう一人の私の声。

居間の鏡には舞子の後ろ姿が映っている。

舞子が沢山いる。

 分裂した時間。

  分裂した景色。

   分裂した空間。

    分裂している私。

あの舞子は私ではない。

ここに居る舞子が私。

鏡に写るのは舞子ではない。

信子も龍太郎もリサ(猫)も、みんな此処には居ない。

此処は、

 『存在しない家』

  『表面だけの家』

   『後ろは記憶の中の家』

    『万華鏡の家』

     『記憶の中の壊れた家』


 「こんにちわ。隣の杏奈(アンナ)です。最近、舞子を見ないので手紙しました。元気ですか。杏奈は元気だけど、この手紙はお別れの手紙なの。杏奈は明日この家を出て行くの。なぜ? だって道が無くなってしまうの。みんな途中で切れちゃうの。こんな家に居てもしょうがないジャン。もう二度と戻らないし戻れない。だからこの手紙はさよならの手紙。この間、舞子のお母さんと会ったわ。やっぱり同じ事を言ってた。落ち着いたらメールするわね。舞子、からだ大丈夫? 海が見える所に引っ越せれば良いけどね。じゃあ、またいつか会える日まで。さようなら。元気でね」


霧が晴れて行く・・・。

酷道の岬に表札の付いた二枚の『巨大な白い板』が倒れている。

表札に書かれた、


  『吉村龍太郎・信子・舞子』


もう一枚には、


  『木村美雄・道子・杏奈』


潮騒が聞こえる。


 舞子は病院の玄関の前に立っていた。

信子(ママ)に似ている看護師が近づいて来た。


 「舞ちゃん。舞ちゃん?」

 「はい」

 「どこに行っちゃたのかと思った。みんた心配してたのよ」


舞子は応えた。


 「え?・・・退院して、オウチに帰ってたの」

 「退院? オウチ? オウチは分ったの?」

 「え? オウチ? ・・・オウチは壊れて無かった・・・」

 「そう。じゃ、もう少しここに居ましょね。ママが舞ちゃんのオウチを探してあげるわ」

                          終わり

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酷道の家(統合失調症の世界) 具流次郎 @honkakubow

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