第11話 カルデアという男
「なかなかいいアイデアだが、急に事業だなんてどうしたんだ?」
「そうよ。あなたはまだ13になったばかりじゃない」
心配そうに見つめる2人に、私は言葉を返す。
「確かに私はまだ未成年です。ですが、お父様もお母様も知っての通り、私は体が弱すぎます。これでは、兄達のように学園に通う事は難しいでしょう」
「ラファエル・・・・」
同時に声を漏らす2人に、私は微笑みながら大丈夫と答える。
「学園も通えず、このまま治療にかかる負担を負わせながら生きるのは嫌なんです。私も、バンティエラの一員です。何か役に立ちたいのです」
「私達は負担なんて思ってないわ」
「わかってます。お二人が心の底から私を愛してくださり、慈しんでくれる事は十分すぎる程伝わっています。ですが、私自身が嫌のです。今すぐにとは言いません。体が弱い分、あれこれと急に始めるのは無理だとわかっています。なので、少しずつ今から準備をしていきたいんです。きっとこの事が、私の生きる希望にもなりますし、形になる事で生きた証にもなるはずです」
その言葉に、母が急に涙を溢し始める。
「ラファエル・・・それはまるで、もう先がないと言っている様なものじゃないの・・・」
「そうだ。まるで忘形見を残すような言い方ではないか」
涙を流す母の肩を抱き寄せ、父は少し怒りにも似た声を発する。
私はその姿が嬉しくもあり、寂しくもあった。
「申し訳ありません。そういうつもりで言ったわけではないんです。ただ、私はこの家に生まれた事を誇りに思っています。お父様も、お母様も兄達も心から敬愛しているのです。だから、少しでも力になりたいんです」
真っ直ぐに父の目を見つめ、そう言い切った私に父は小さなため息を吐き、やってみなさいと了承してくれた。
了承してくれる事は見越していた。
卑怯ではあるが、ああ言えば2人は折れてくれる・・・それがわかっていたからだ。
両親を傷付けた事に、胸は痛むが、何か形を残して恩返ししたいという気持ちは、本音だった。
我儘に生きた時も、死に急いた時も、荒れくれた時でも私を見捨てなかった両親。
療養という名目で遠い地に送られた時も、絶えず手紙を書いてくれた。
そして、本当は嫌っていただろう兄達も、私を支えてくれた。
そんな家族に、私が亡き後も癒してくれる形を残してあげたかった。
「ラファエル様、どちらに行かれるんですか?」
馬車の中で、心配そうに私を見つめるリアムが、そう問いかけてきた。
私は小さく笑い、付いてくればわかると言葉を濁した。
父に了承をもらった午後、護衛をつけてもらい、リアムを連れて視察に行くと告げ、邸宅を出た。
ここの領地は農産物が豊富だ。
果実や薬草などの農園、糸を作り出す蚕、養蜂場に家畜もいる。
それを出荷したり、豊富な資材を使って物産品も作っていた。
どれも生活に欠かせない物で、品質的にも良く、王城へも出荷している事もあって、田舎の貴族でも潤う事ができていた。
領主の評判と領地の評判で移民が増え、それに伴って領地も良くなっていく。
これほど栄えた領地は他にない。誇るべき領地だ。
街に入ると、一旦馬車を降り、路地を歩いていく。
その後を護衛とリアムが付いてくる。
実を言うと、あのチョーカーなどを流行らせた人物が、ここの領地出だと知っている。何故なら、それを理由に新作を横流ししてもらっていたからだ。
デザインなどを盗むつもりはない。
ただ、その事業に手を貸し、賛同するだけだ。
細い路地に入り、ある一軒家で足を止める。
古びたその家には、ある男が住んでいる。
ドアをノックすると、細めの男性が覇気ない顔で出てきた。
ボサボサでまだらな長さの肩まで伸びた紺色の髪、そして、その長い前髪から見える栗色の瞳をしたカルデアという平民の男・・・この男が、後に有名な先進者となる。
「どちら様でしょうか?」
か細い声で尋ねるカルデアに、私はにこりと微笑む。
そして、胸に手を当て、丁寧にお辞儀をした。
「私は領主の三男、ラファエル・バンティエラと言います。カルデア様でお間違い無いでしょうか?」
「り、領主様のご子息ですか!?そんな高貴な方が、何故、僕の元に・・・?」
「少し、お話をしたいので、中に入れてもらえますでしょうか?」
「えっ?あ、ど、どうぞ」
元々気弱な性格もあり、オドオドしながら私達を中に招き入れ、テーブルへと案内する。
裁縫工房で働くカルデアは、幼少期に両親を亡くし、同じ平民である親戚に引き取られるも、貧困の為に捨てられた。
そして、ここの領地の評判を聞き、馬車に隠れ乗りながらここへと来て住み着いた。孤児でも12になれば、ちゃんと働けて賃金を貰えるからだ。
お金を貯めれば、若くてもこうして古い家を借りる事ができる。
ただ、カルデアは私より4つも上だが、捨てられた事で真面目ではあるが、いつも自分に自信がなく気弱な性格だった。
そこに漬け込む輩にも合い、いいように振り回される人生を送っていた。
だが、そんな彼にも小さな趣味があった。
装飾品のデザインを描く事だ。
裁縫工房で働く様になって溢れ出たアイデアを、何枚も書き溜めていたが、平民であるが故に芽が出る事がなく、18になって何かが吹っ切れたのか王都へ移り住んだ。
そこで、数年の間、自分が作れる安い素材を使ったチョーカーを販売した所、最初は平民の間で人気が出て、その噂を聞きつけて貴族が融資し、爆発的な人気を得た。
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