第9話 記憶

その日の深夜、ベットに入ろうとしている私に、側にいたリアムが口を開く。

「疲れましたか?」

「あぁ・・・少しな。だが、父上達の気持ちを無碍には出来まい。たださえ、体の弱い私を思い、招待人数も控え、短時間のパーティを開いてくれたんだ。こんな小規模なパーティなど貴族はしない。パーティはその家紋の力を見せつける為に開かれるからな。だが、私の両親は違う。堅実を好み、純粋に私の誕生を祝ってくれているのだ」

「そうですね。僕はまだ貴族がどう言うものか、はっきりとはわかりませんが、ラファエル様のご両親は敬愛するに当たると思います。魔女達もまた、代々続く、領民を労り、志を強く持つ当主達を敬愛しています」

「そうなのか・・・?」

「はい。当主様やご夫人、そして年が離れている為、今は王都の学園に通っているご兄弟の方々にもその強い血は流れ、受け継がれている事に魔女達は安心して、あの森で暮らす事ができるのです」

「そうか・・・だが、私にはその敬愛に値する資格はないのかもしれないな」

そう言いながら、小さく笑って見せる。

そして、過去の自分の過ちを悔いる。

我儘で傲慢な態度で生きた人生、何度も死を願った人生、酒に溺れた人生、どれも父上達からは程遠い姿だ。

いくら努力を重ねた所で、過ちは消える事はない。


口を閉ざし、俯く私の目の前にリアムが布に包まれた小さな物を差し出す。

「僕はソフィア様と違って財力がないので、こんな物しか用意出来ませんでしたが・・・」

そう言いながら、包んでいる布を捲る。

そこには小さな緑色に光る石があった。

「これは・・・ペリドットか?」

「えぇ。人間はこの石をそう呼びますが、僕達はこれを大地の石と呼びます」

「大地の石・・・」

「はい。今、あの森に生きている魔女達は、それぞれが自然の力を借り、その姿を変える習わしがあります。それは精霊とも呼ばれる力です」

「精霊・・・・?」

聞き慣れない言葉に、私は眉を顰めるが、リアムは微笑みながらその石を手に取り、私の手へと移す。

「素質の有無はありますが、無から魔力は生まれる事はありません。その精霊の力を借りてこそ、偉大な魔力が生まれるのです。そして、この石にもその魔力が込められているので、これがラファエル様の身を守ってくれます」

リアムは、私の手に写した石を見つめ、私にぎゅっとその石を握らせる。

そして、また言葉を繋げた。

「火を司る魔女、水を司る魔女・・・そして、その頂点にいるのが大地の魔女です。僕はその魔女に許しを乞い、力を開花させる為にあの森に通い、力添えを得ているのです」

「・・・・私のためか?」

「いえ、僕の為です。ラファエル様という存在は、僕が生きる意味であり、この世に二つとない存在なのです。ラファエル様の為に力を尽くす事が僕の使命なので、これは僕の為です」

「・・・・・」

「ラファエル様、魔女が二つの種類に分けられるのは知っていますね?」

「あぁ・・・確か、白魔女と黒魔女・・・」

「はい。先ほど話した魔女達は白魔女と呼ばれる方達です。逆に黒魔女は、闇を司り、その力で呪いなどの類の魔法を使います。今は決別しているので、黒魔女がどこで何をしているのか把握はできていませんが、確かに存在するのです」

「そうか・・・・」

リアムの言葉に、私の身に起こっている不可解な事が、確信に変わっていく。

そう、これは黒魔女の呪いだ。

何故、私にかけられたのか、いつ、どの時にかけられたのか、いくら記憶を辿ってもわからない。

だが、昔の自分の生き方を思い返せば、誰に恨まれようと仕方なかったのではないかとため息が出る。


「ラファエル様、僕達には失われた記憶があると言ったのを覚えてますか?」

「あぁ・・・」

「実を言うと、僕はそれを思い出すのが怖いのです」

「怖い?」

「はい。僕はあらゆる記憶が抜け落ちています。ラファエル様の為にも思い出さねばいけないと思いながら、心のどこかで思い出してはいけないという思いがあるのです」

「それは・・・・何故?」

「わかりません・・・ただ、このままラファエル様のお側で、あなたの笑顔を見つめながら生きていくのも幸せなのではないかと思ってしまうのです。何かに囚われる事なく、ラファエル様を側で見守りながら生きていく・・・心から敬愛するあなたの側で・・・・」

リアムはそう言いながら、私の手を取り、そっとキスをする。

「時折、不安なのです。記憶を取り戻す事が、本当に正解なのかと・・・もし、その結果がラファエル様のそばに居れなくなるかもしれないという事になれば、僕はきっと生きていけないでしょう。そのくらい、ラファエル様との時間が大切なのです。

ですが、あなたの悲しみを救う方法も、これしかないのだとわかっています。

どんな結果になろうと、僕がラファエル様をお守りします。ですから、もう少しだけ僕を信じて、側に置いてください」

リアムの切なる眼差しが、私の視線を捉えて離せずにいた。

呆然と見つめ返す私に、リアムは小さく微笑み、また手にキスを落とす。

そして、おやすみなさいと告げると、静かに部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る