第6話 微かな記憶

「リアム・・・」

ようやく熱が下がり、日常を取り戻した昼下がり、私はいつもようにリアムが淹れてくれた紅茶を飲みながら本を読んでいた。

だが、やはり聞かねばならないと意を決してリアムの名を呼ぶ。

リアムは、ゆっくりと視線を上げ、私を見つめる。

「少し・・・魔女について聞きたい。どうにも本だけでは限度がある。君の記憶がまだ曖昧なのは知っているが、知っている範囲で構わない。教えてくれないか?」

「何が・・・聞きたいのでしょう?」

リアムはそう返しながら、向かいの椅子に腰を下ろす。

「そうだな・・・知りたい事は山ほどあるが、本の知識しか知らないから何を聞けばいいのか・・・」

持っていた本を閉じ、テーブルに置きながらリアムを見つめる。

しばらく黙ったまま私を見つめていたリアムは、そっと視線を下ろし口を開いた。

「どこまでご存知なのか知りませんので、昔話でもいいですか?」

「昔話・・・それは、ウィッカの事も含まれるのか?」

「はい。僕の記憶は曖昧なので、覚えている事だけお話しします」


「魔女はほとんど女性が継承するのですが、稀に男性も継承します。継承した男性をウィッカと呼ぶのですが、僕は継承したにも関わらず、さほど力がありません」

リアムはそう言いながら小さく苦笑いした。

「歴史にあった魔女狩りはご存じですよね?」

「あぁ・・・あれは、人間が起こした悲劇だ」

「悲劇・・・そうですね。実際は簡単に悲劇と片付けられるほどの惨劇ではなかったんです」

「・・・すまない」

リアムの悲しみに満ちた言葉に、悲しみや苦痛が入り混じっているのが感じ取れ、私は小さな声で謝る。

「いえ。ラファエル様が謝る事はないです。僕はその時代を生きていないから、魔女達の言い伝えでしか聞いてません。だから、僕自体も推し量る事しかできません」

そう言いながら、リアムはニコリと小さく微笑む。


「魔女は基本的に寿命が長いと言われていますが、今、森に住んでいる魔女は数人しかいません」

「そうなのか?」

「はい。魔女狩で多くの魔女が亡くなったのもありますが、人間達と仲良く暮らしていた頃、魔女の中にも人間と恋に落ち、子を成す魔女もいました。

僕はその子が成長して出来た子供です。魔女と人間との間に出来た子らは、純粋な魔女と違い、人間よりほんの少し寿命が長いだけで、長くは生きながらえません。

あの魔女狩りで子らを優先に生かす為に、多くの純粋な魔女は死にました。それでも、あの森で生き残った子は多くはないです。

だから、あの森に暮らしている魔女は片手で収まる程しか残っていないのです」

「そうだったのか・・・・」

「純粋な魔女と違い、人間との間にできた子は魔力が弱い。でも、それを補うように薬剤に詳しかったり、一点の魔法のみに能力が長けていたりするのですが、僕は継承したにも関わらず、血が薄いからか何の能力もありません」

「・・・これから開花するという事はないのか?」

「可能性は低いですが、希望はあります」

確信を持ったようにリアムは、真っ直ぐに私を捉える。

その目にそうかと間抜けな返答しか返せない。

「僕は生まれて3年で追い出されました。そこまでは確かに記憶があるんですが、何故か、それ以降の記憶が曖昧なのです。ですが、ラファエル様と出会い、何か兆しを・・・光を見た気がしたんです」

「兆し?」

「ラファエル様からは、魔女の魔力を感じます」

リアムのその言葉にドキリとする。だが、すぐにやはり・・という言葉が浮かんだ。

「それが何なのか、まだ僕にはわかりません。ですが、僕は確かにラファエル様を知っているはずなんです。森に通う事で、それが確信に変わっていくのです」

「・・・・だが、私はリアムを知らない。あの日会ったのが初めてなはずだ」

「えぇ・・・ですが、僕達には消えた記憶があるはずです。それを取り戻す為に、僕は森へ通っているのです」

「・・・・・」

「ラファエル様はご存知ですか?」

「・・・・何をだ?」

「魔女には縁の数字がある事を・・・」

その言葉に、私はまた鼓動が大きく跳ねる。

「人間には忌み嫌われる数字・・・それは、魔女にとって力を得る数字なのです。だから、もう少し・・・もう少しだけ、待っててください」

「待つ・・・?」

「はい。僕が13となる時、力を得て魔力を開花してみせます」

13・・・その数字に、大きく跳ねた鼓動が、慌ただしく動き始める。

「その時は、必ずラファエル様の悲しみを救ってみせます」

力強く言葉を発し、私を見つめるリアムを、私は目が逸らせずにただ呆然と見つめ返していた。

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