第5.2話 供華

「その花さ、無いではなさないで

 花屋の店頭、すげなく断られる天使が一人。

 天界でも下層にある精霊ジンの居住区を、わざわざ天使が訪れるだけで珍しいというのに、顔をヴェールで隠した姿が胡散臭い。お偉いさんぶりやがってと、店主の下級精霊ジャーンは冷たくあしらった。


「そうですか…… 仕方ありませんわ」

「さあ、上に帰った帰った!」

 相手が正体を見せないのをいいことに、ぞんざいに追い返すジャーン。

 おおかた下級天使が冷やかしにでも来たのだろうと、タカをくくった対応。それが目についたのだろうか? 通りすがりの精霊が一人、足を止めた。


「おいジャーン、どうしたんだ?」

「あっ イフリートさまじゃねぇすか」

 声をかけつつ、件の天使を見やったイフリートの目が見開かれる。

 隠しても隠しきれない、抜群のスタイル。ヴェールの奥には瑠璃色の涼しげにも美しい瞳、会議の場で遠目に一度だけ見た眼差し……


「あんた? いや、名乗らなくていい…… ここでは」

「あなたは、たしか…… お話ししたいけど、今は捜し物をしておりますのよ」

 天使の方も、イフリートに気がついたようで話が早い。

 上層に尋ねて行ったところで、守衛天使どもに門前払いされた帰りである。まさか、こんな下層で会えるとは幸運であった。


「あたしの家で話そうぜぇ な~に、捜しもんは頼めばいいのさ」

「お手数をおかけしては、申し訳ありませんわ」

 いいからいいからと、押し留るイフリート。

 ジャーンに注文の品を聞き出し、こいつ意地悪で嘘つきやがったなと状況を悟った。


「ジャーンおめぇ、他の店でも花畑でも捜してさ、あたしん家まで届けなよ。な~に神の思し召しがありゃ、見つかるだろうさ」

「へぇ、イフリートさまの頼みとあらぁ……」

 おおかた店の中にあるのだろうが、口にはしない。

 指摘すれば、ジャーンが嘘をついた罪を負うことになる。もし、使の耳にでも入れば処分の可能性すらあるだろう。神の思し召しで見つかった体にすれば、角も立たない。


「ゆっくりでいいからな、ジャーン。……さあ、あんた行こうか」

「……お気遣い感謝しますわ」

 イフリートに促され、天使は後に続いて歩き出す。

 整然として美しい上層の街並みとは比べようもない、スラムと見紛うほど雑然とした下層の街並み。場違いな白き高貴な衣を纏った天使が、静かに歩いて行く。




「とりあえず、それとって顔見せなよ。あと、名前も」

「わたくし、サラフィエルですわ」

 自宅に招き茶を出したところで、天使と向き合う。

 しかし、ヴェールをとったサラフィエルの美貌に再度、目を見開くことになるイフリート。さすが天使一番とうわさの美形、魅入られて目が離せない、引き込まれてしまう。同性でなければ、即座に求婚していたことだろう。


「あたしはイフリート…… くっ ちょい待ちな」

「あら、やっぱり。……ごめんあそばせ」

 自覚はあるらしいサラフィエルを残し、席を立つイフリート。

 地上から拾い集めてきた、宝と呼ぶガラクタを倉庫に漁る。ほどなく使えそうな物を見つけて、これでよかろうと席に戻り、天使に手渡した。


「これやるよぉ、顔に着けときな」

「……これは?」

「ダテメガネって、魅了を緩和するアイテムさ。地上のね」

「なんと! 地上も侮れませんのね、ありがたく使わせていただきますわ」


 ダテメガネこと、黒縁眼鏡を装備して嬉しげな、サラフィエル。

 まだ眩しげながらも、やっと話ができると口を開く、イフリート。


「なんでぇ、志願したのさ? イブリースの監視役に」

「好きだからですわ」

(なんだって?)

 探りを入れようとしたところで、思いがけない回答に面食らう。


「好きってんならさ、止めようと思わないん? それって見殺しじゃね?」

「そうは思いませんわ。寄り添い支えるのも、愛ではありませんこと?」

 サラフィエルの答えに、やはり納得いかないイフリート。

 支える、寄り添う結構。ただし、その先にあるのが確実な死だとしたら、やはり止めるのが仲間というもの。天使どもは違うのだろうか?


「あたしは、死なせたくねぇよ。だいたい、なんであんなことを……」

「わたくしには、少しだけ解りますわ」

 解るのかよと、身を乗り出すイフリート。

 実際、イフリートのみならず精霊仲間の誰しもが、イブリースの意図は不可解と言う。神の指図どおり働けば、死ぬことなどないのだ。わざわざ背いて、命を失おうとは……


「神は人間をお創りになられた後、彼を地上の主とし、全ての天使に向け人間に頭を下げよと申されました。皆がそれに従う中、一人だけ背いた天使がいたのですわ」

「そいつがイブリースで、怒られって精霊に降格されたんだろ。知ってるよ」


「では、何故イブリースが人間に頭を下げなかったか解ります?」

「さあな、嫌いだったんじゃね。あんな下等な…… おっと、今の内緒な」

 高位天使の前で、口がすべったと慌てるイフリート。


「ふふ…… 精霊は素直ですわね。天使は違うわ、神の命令だから建前で頭は下げるけれど、内心は人間に傅くつもりなどないわ」

「……そっ そんなん言っていいのかよ?」

 指を一本たてて「お互い内緒よ」と、サラフィエルは微笑む。


「でも、イブリースは違うわ。人間のことを、神の御前に共に並び立つ者として見ていると、わたくしは思うの。上でも下でもなくね」

「そっ そんなん……」

(そんなん考えてたんか? あの魔王)

 そう言われて思い起こせば、精霊うちでも上下に拘ったことなど一度もない。

 下の者には慕われ、強者からは一目置かれる、気のいい魔王であった。


「きっと、天界の誰よりも人間を愛してるわ。彼女」

「…………そっ そいであの役目って、酷すぎじゃ……」


「そう、イブリースは選べない。預言者しだいになるわね」

「預言者のヤツぁ なんて?」

言ってから思い出す。まだ預言を受けとってないうえに、何も知らないガキだったと。


「箱船を大きく作って、みんな乗せればいいそうよ。さすがの発想ね、ふふふ……」

「笑いごっちゃねぇぞ! なんじゃぁそりゃ……」


「まあ、幼い頃の発言で、本人も覚えていないでしょうけど」

「……うちの魔王は覚えていたと」

 預言者が生まれた時から守り役だったのだ、当然そうなのだろう。


「言った本人が忘れてんのに、叶えてやろうとしてやがんのかよ? あのアホは……」

「あら、ステキじゃない。わたくしは見届けたいわ、彼女の愛を」


「だから邪魔は許しませんわ。あの二人は、わたくしが守ります」

「じゃ 邪魔なんかしねぇよ。通達もあるしな」

 口では否定しつつ、邪魔する算段を探るイフリート。

 ニッコリ笑いながら、させませんよと瑠璃色の瞳で語るサラフィエル。


「ふふふ…… 慕ってらっしゃるのね」

「ぬかせっ あたしら自慢の魔王だぜ!」

 理解し合うほどに歩み寄ることはできない、そう悟るふたりであった。




「まいど~ 配達にめいりやしたぁ~」

「うぉっ ジャーンかよ、ごくろうさん」

 花屋の店主が、注文の品を届けに来たらしい。


「こんなんで、いいんすかねぇ?」

「ああ、これですわ。ありがとう、助かりましたのです」

「なんだこりゃ、雑草か?」


「ノギク、ですわ」

「…………なんでまた、そんなん?」

「あっしはこれで~」

 店主が立ち去ると、ノギクの花束を手に口を開くサラフィエル。


「イブリースって、いちど預言者の前で死んでますでしょう」

「ああ、あんたが交代した時だろ」

「その場所に手向けてらしたのよ、預言者が。何度もね」


「…………それがなんで今、要るんだよ?」

「この花を贈れば、わたくしが味方だと信じていただけますでしょ」

(そんな不確かなことのために、探し回ってやがったのか……)


「はぁ~ バカバカしい。もう帰ぇんなよ、あんた」

「そうですね、今日はお世話になりましたわ」

 サラフィエルが花束を手に、家を出ようとすると。

 イフリートが、ちょっと待てと呼び止めた。


「あ~ もし、もしもだよ。イブリースが死んじまったらさ、あたしをその場所に案内しちゃくんねぇかな。あたしの出禁が解けた後でいいからさ」

「……かまいませんけど、何故ですの?」


「…………手向けてやりてぇのさ、その花を」

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美少女魔王と人類最後の僕の日常5 もるすべ @morsve

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