第5.1話 天上の会議

「話さないでもよいぞ、イフリート。詳細は、ジブリールが見ておったからの」

 厳かに、神の言葉を告げるジブリール。

 神が自らの言葉を直接発することは無い、その姿もヴェールに隔てられ直接窺うことは叶わない。ただ言葉だけが、天使筆頭のジブリールをして告げられるのみ。


「話すも話さないも…… あたしはぁ、イブリースの裏切りを止めようとして……」

 よいと言われても、同じ言い訳を繰り返すしかないイフリート。

 神に背いたイブリースを止めようとしたのは建前で、その実は彼女の身を案じてのことなのだから、そのまま正直に言えるわけがない。


「ジブリールが申す。だまらっしゃい」

「…………」

 ジブリール自身の言葉に、イフリートは口をつぐむ。

 全てお見通しなのだ、これ以上は何を言っても無駄だろう。しょせん精霊ジンへの処分など神や天使の胸先三寸、処刑したければすればよかろうと胸を張る。


「神は此度のイフリートの振る舞い、不問に付すと申されておる」

「寛大なご処置に感謝を……」

 らしくない寛大さに、ひとまず安堵する。

 建前上は罰し難かろうとの目論見はあったが、今回の行動は大胆すぎるとの自覚もあった。イブリースを止めるためにと、次の手段を考え始めたところ……


「ただし、これより十年間地上へ降りることを禁ずる。寛大な処置に感謝せよ」

「…………重ね重ね感謝を」

 釘をさされて、諦めさせられた。

 それでは、イブリースを見殺しにするしかない。精霊仲間に頼める者は居まいかと、考えをめぐらせる。精霊と天使の中で唯ひとり神に背いたイブリースである、一目置く者は精霊のうちにも少なくない。探せば誰かしら居るだろう、自分以外にも。


「イフリートの処分は以上である。この件に、意見ある者は?」

 神の意志を伝える、ジブリール。

 ジブリールが告げるのは神の言葉である、彼自身が発言する際には「ジブリールが申す」と常に前置きすることで区別している。神に意見を求められると、会議に列席している五百人ほどの天使たちの間でざわめきが起きた。




「此度のような干渉をする者は、あらかじめ排除すべきでしょう」

 次席天使ミカイールの、意見。

 排除と聞けば何やら物騒にも思えるが、要は、ダメなことはダメとあらかじめ通達しておきましょうと言っているだけで、事務的に至極当然な話である。


「通達をお出し頂いては、いかがでしょう」

 中ほどの席から、一人が発言する。

 ミカイールの意見に追随する形だ。あちこちで賛成する声が、ちらほらとあがる。


「イブリースの所業に許可無く干渉してはならぬ。会議の後、速やかに通達せよ」

 意見に耳を傾けていた、神の判断は早い。

 ジブリールをしてその意を伝え、通達とした。イブリースの所業がイレギュラーなのは確かだが、その経過と結果を観察することは有益と判断したところである。そうと決まれば観測に支障をきたさぬよう、余計な干渉は排除せねばならない。


「他には?」

 重ねて意見を促す、神の言葉。

 末席に控えたイフリートが、会場ただ一人の精霊として口を開く。


「恐れながら、発言していいすか?」

 尋問の対象で無ければ、出席も許されぬ身分である。

 発言など身の程知らずにもほどがあるが、それでも通達を聞いてしまった以上は、口を出さざるを得なかった。


「イフリートの発言を許す」

「神の寛容に感謝を。……今のイブリースは力を持ってねぇから、護衛がいりやす。お許しがあれば、精霊の中から誰か遣ろうかと……」

 通達を忠実に守れば、誰もイブリースに干渉できない。

 ただし護衛の名目があれば、側に近づくまでは問題ない。その上で説得するなりして止めればいいのだ。信頼できそうな精霊仲間の、名をいくつか思い起こす。


「いやいや。魔王のお目付けに、精霊では力不足であろう」

 四大天使が一人、アズラエルが口を挟む。

 ジブリールとミカイールに次ぐ実力者の発言に、イフリートは黙らされる。しかも、護衛をお目付けと言い換えられては、精霊の入る余地すらなくなってしまう。


「やぁ~ わざわざ、天使の方々のお手を煩わせるこっちゃ……」

 ここで引いたら後が無いと、イフリートは食い下がる。

 もともと天使であったイブリースは、神に背いた罰で精霊に落とされた者が、その実力故に魔人の中の王…… 魔王と称された存在。その、仲間うちの最高実力者を失うことは、精霊として見過ごすことのできない事態でもあった。


「おまえの手の者を送り込むつもりであろう、イフリート」

「めっそうもねぇす。……あたしは、天使の方々にゃ役不足だと……」

 他の天使に指摘されても、しつこく食い下がろうとするが……


「監視役は天使をもって宛て、併せて護衛とする」

 神の一声で、議論を打ち切られた。

 はっきり命令されてしまえば、反論の余地などない。最後の希望は、派遣される天使が誰になるかである。ジブリールを筆頭とする四大天使のような、冷酷で融通も利かない圧倒的な実力者でなければよいのだが……




「ジブリールが申す。誰か名乗り出ませい」

 神に代わり、志願者を募るジブリール。

 席の中ほどから幾つか声が上がる、おおかた出世を目論む者たちであろう。大部分の天使は沈黙を選んだらしい、反逆者の側で働く危うさを知っているのだ。


「そのお役目、わたくしが参りますわ」

 唐突に名乗り出たのは、四大天使が最後の一人サラフィエル。

 その言葉にイフリートは愕然とする、役目のあるジブリールやアズラエルは当然ないだろうと思っていたが、これほど高位の天使が志願するとは異例も甚だしかった。


「そなたが行くことはなかろう」

 呆れ諭すような、次席天使ミカイール。

 確かに、天使四番目の実力者を派遣するとなれば大仰である。他の天使たちもミカイールの言葉に追随するが、サラフィエルの心中にはこの場で口にできない、ある思いがあった。


「いいえ、イブリースもそれなりの実力者。本気で暴れ出したら、並の天使では抑えきれませんわ。それこそ、わたくしぐらいでなければ難しいでしょう」

 魔王の実力を言えば、サラフィエルの意見にも一理あった。


 だが、そこは複数の天使を派遣すれば済む話である。あえてナンバー四を派遣する理由としては、説得力に欠けよう。アズラエルも口を挟んできて、他の天使たちにもざわめきが広がる中、サラフィエルが言葉を重ねる。


「それにわたくしは、一時期お守りを務めましたので、預言者をよく知っておりますわ」

 確かにイブリースの一時離脱時に、臨時に務めたことはある。

 ただ半年間ほどのそれを、そこまで判断理由とすべきだろうか? 人間に絆されたのか? 個人的な感情が働いていまいかと、邪推する声まで上がり始めたところで……


「静まれ!」

 ジブリールによる、神の一喝。

 直ちに静まる会場。誰しもが、続けて告げられるだろう神の裁定に、耳を凝らす。


「イブリースの監視役は、サラフィエルとする。併せて、預言者を護衛せよ」

「謹んで拝命いたしますわ」

 ひとたび神の命が下されれば、異を唱える者はない。


 これよりサラフィエルは地上に降り立ち、反逆者の監視と将来預言者となるべき人間の護衛の任に付くこととなった。天使ナンバー四の監視下に置かれるイブリース…… 魔王イヴリスの運命は、如何なるものとなるであろうか? それこそ、神のみぞ知ることである。




(ぅうう~ 出発前に、少しでも話せないかなぁ~)

 イフリートは、一縷の望みをかけ思案する。

 一度も話したことすらない四大天使が一人、サラフィエルに如何にして近づこうかと。

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