美少女魔王と人類最後の僕の日常5

もるすべ

第5話 はなさないで

「話さないで!」

 どうして、おまえがここにいる? イフリート!

 何を話してた、あのことを話してないだろうね。お兄ちゃんはそれを知らない、知らせちゃいけない。ああ…… 恥ずかしがって、一人で水浴びに行くんじゃなかった。


「おかえりなさい、この子はリトだって……」

「お姉さん知ってるぅ 世界滅亡させた人でしょ」

 わざとらしく言わないで!

 だいいたいその格好は何? 燃えるような炎色の髪にワシより濃い褐色肌、炎色の瞳はいつもどおりとしても。お兄ちゃん好みの華奢で小っちゃい体してるのは、お兄ちゃんの気をひこうとしてるんでしょ、おまえ!


「……リトとやら、ワシはイヴリスじゃ」

「あれ…… 初対面? それとも知り合い?」

 お兄ちゃんが戸惑ってる。

 よかった、まだあまり話してないみたい。あのことを吹き込まれちゃう前にと、お兄ちゃんの手を取って引き寄せる。イフリートの意図は何? 味方する気なら、先にワシと接触しているはず。邪魔をするつもり? 格下の精霊ジンの分際で、魔王の邪魔を。


「どうかなぁ ねぇ、イヴリスさん」

「知るか! とっとと帰るがよいわ」

 邪魔はさせない。

 ワシのしていることが神の意志に添わないことは事実、だけど途中で投げ出すくらいなら最初からしてないし、後悔なんてない。それにね、そんな可愛い格好でお兄ちゃんを誑かされたら困るじゃない。お兄ちゃんに娶られるのはワシなんだからね。


「リトは帰るところないって、僕以外にも生き残りの人類……」

「そやつ人間ではないわ!」

 少し、イフリートの意図が読めてきた。

 人間のフリでお兄ちゃんに取り入って、ワシを困らせようって腹だろう。人間同士だと言っておけば、恋をしても不思議じゃない。人類を滅亡させた魔王ハブって、ワシの邪魔をするつもりだね。そうはさせない。


「あら、バラしちゃった。いいのぉ?」

「邪魔はさせん、お兄ちゃんはワシ生涯の伴侶じゃ」

 お兄ちゃんを後ろに庇う。

 戸惑ってるでしょうに、それでもワシの後ろに居てくれる、優しいお兄ちゃん。「じゃあ何者なの、あの子?」って聞かれて、なんて答えよう? ワシが築けた信頼なんて砂漠の朝露ほど、言葉一つで簡単に乾いてしまう。お兄ちゃんの心を失っちゃう。


「あたしはぁ 火の精霊イフリート。神に背いたそこの罪人を、罰しに来たのよぉ」

「えっ 精霊…… 罪人って、イヴリスが?」

「ちっ 違う! わ わっ」

 イフリートの言葉に動揺して、お兄ちゃんがワシから離れる。

 つられてワシまで振り向いて、致命的な隙を見せちゃう。そして、舌打ちする暇も無く……




「ショーラ・サハム 死ねぇ預言者!」

ボヒュッ

 イフリートの炎魔法が、お兄ちゃんとワシを襲う。

「くっ マァ・デルゥ」

 油断した! お兄ちゃん狙って何てヤツ! とっさに水盾魔法を張ったけど、お兄ちゃんのほう優先したから、ワシの分がギリ間に合わない。


ぶちゅっ …………ボトッ

「ちぃい!」

「わっ ああっ 手っ イヴリスの手ぇえ!」

 左腕を根元から持ってかれた。

 灼熱の炎矢に焼き切られた腕の痛みに構わず、複数の水盾を安定させ防御を固める。次いでお兄ちゃんの方に意識向けると、飛んでった左腕を拾いに行ってくれてるじゃない。優しすぎだよ~ お兄ちゃん大好き!


ボヒュ ヒュッ ……ぢゅっ ぢゅっ

「お兄ちゃん、その手をはなさないで!」

「わっ わかった!」

 水盾を移動させ、お兄ちゃんを狙う炎矢を防ぐ。

 その狙いの甘さにワシの隙を誘う牽制だと悟る、イフリートの狙いはワシの方だ。お兄ちゃんに抱きしめられた左腕を中心に球形の水盾を展開、お兄ちゃんをスッポリ全集防御。次いで防音効果を付与、これで会話を聞かれることもない。


「なんだぁ 防御ばっかじゃん ショーラ・ロムフ」

ヒュバッ

「マァ・デルゥ きさまっ 何のつもりじゃ?」

ぢゅばっ

 魔法のランク上げてきやがった。

 軋む水盾に魔力を注いで強化、なんとか炎の投槍を防ぐ。ワシは、あのこと…… 箱の維持に保有魔力のほとんどを使い続けている、攻撃に使える魔力など残っているわけがない。


ヒュバッ バシュッ ……ぢゅばっ ぢゃっ

「神に背いて人間に肩入れしてぇ バカなこたぁ 止めろってんだぁよお!」

「くっ きさまに何の関係がある、止めるでない!」

 やっぱり、邪魔しに来たのか。

 連続攻撃に、どんどん魔力が消耗していく。万全の状態なら、ワシがイフリートに負けることなどない。だが、防御するしかない今の私では…… いずれ押し切られる。


ドシュ ヒュッ シュッ ……ぢゅっ ぢっ ぢゅんっ

「精霊仲間がぁ おっ死ぬの見てらんねぇっての! ほら、胸ん中のもんブチ撒けな!」

「今さらするかぁ! 放っとけよもう」

 まずい、クユータが…… 配下の魔獣たちが動き始めている。

(加勢はならんぞ、動くな!)

 強い命令で制止する。気持ちは嬉しいが、魔獣ごときが敵う相手ではないし。こんなところで、一匹たりとて失うわけにはいかない。

(おまえたちの命は後でちゃんと貰うから、今は我慢して)


「カダブ・ショーラ」

ゴォオオッ ……ぢゃああっ

 上位魔法を使ってきやがった、イフリートのやつ容赦ねぇ!

 怒りの炎に水盾が崩壊しかけた。もう魔力が限界、次はない。箱の中身を半分、いや三分の一でも捨てればイフリートを圧倒できるけど…… お兄ちゃんのほうをチラリと見る。

(ああん…… できないよぉおお)

 お兄ちゃんの同胞を捨てるなんて、ワシに出来るわけなかった。


「アルナール・ショーラ・イストデアァ ……最後の猶予だぞ、イブリース」

「くっうう…………」

 最上位の炎魔法が発動、あれを撃たれたら終わる。

 ワシの生存本能が発動すれば、箱を捨てると思ってるのだろう、実に合理的だ。らしくないぞイフリート、ワシが素直に折れると思ってるなんてね。

 お兄ちゃんの避難を魔獣に指示する。

(ああ…… お兄ちゃんに抱かれたかったな)

 冷静に魔法の威力を分析。体の大半を犠牲にすれば、ギリ守れる。


「やぁだよ ばぁ~か」

ズォオオオオ…………

 襲い来る、マジもんの地獄の炎。

(でも、その後どうしよ…………)

 あっ これもう詰んでんじゃん、最初っから! 誰か、お兄ちゃんを救けてぇええ!

(ああ! ドジふんじゃったぁああ……)




『コッル・テナッティ・ダウゥ』

パァァアアアア…………

 突然の詠唱に続くまばゆい光が、全ての魔法を浄化した。

「なぁ なああ……」

「えぇっ じっ ジブリール?」

 白き羽根に白き衣、現れたのは天使筆頭のジブリール。

 これって…… スッゴく、マズいじゃない!


「神のご意志です、争いを止めよ」

「っと あっ あたしに、ここはお任せを……」

 神の代弁者たるジブリールに、精霊への慈悲などない。

 イフリート、ワシを庇おうとしてもムダだよ。神に背いているワシは、箱を取り上げられて処刑が妥当な処分だろう。しょせん、前科のある魔王だしね。


「イフリートよ、神の御言葉を聞いておらぬのか?」

「……さっ さあ、いつのお言葉でしょう?」

 二人の会話にある、不可解な齟齬。

 ワシの出発後に、何らかの変更が通達されたのか? イフリートのヤツは、知っていて無視してたんだろうね。いったい、どういう……


「耳を塞いでおったな、きさま。よかろう、あらためて伝える。此度のイブリースが所業について、神は看過せよと仰せられた。やらせてみよとのご意志である、承知したな」

「はいは~いぃ がってん承知ですぅ」

 冷淡なジブリールに、わざとらしい返事をするイフリート。

 なるほど、神はワシの行動をレアケースとして観察対象にしたと。イフリートの方は、ワシを救けようと余計なお節介かな…… 気持ちだけ貰っとくね。


「じゃあねぇ イブリース、なるたけ死ぬなよぉ」

「さっき、おまえに殺られかけたわ!」

 憎まれ口を応酬し、いそいそと帰路につくイフリート。

 ジブリールに目をつけられる前に、さっさと帰れよバカ。そのジブリールは、まだ何かワシに言いたそうだし。もう、あんたも早く帰れよう。


「イブリースよ、そなたの振る舞いが追認されたとて、そなたが唯一の反逆者である事実は変わらぬと心得よ。そなたが消えた後の世は、さぞかし浄化が進むであろうな」

「はっ お気遣い感謝申し上げます」

 浴びせられる嫌みに、表向き丁寧な回答を返した。

 言うことだけ告げると、さっさと帰って行くジブリール。期待なんか微塵もしてないけど、怪我の治療をしてやろうとか、そんな温かい心は一切ないらしい。ヤツら天使には。




「お兄ちゃん…… 大丈夫だった?」

「わっ 君のが、大丈夫じゃないよ!」

 お兄ちゃん心配で走ってったら、足もつれて転んじゃった。

 優しく抱き起こしてもらえたのは役得だけど、情けないよぉ~ ああ…… 魔力も体力も、血も無くなりすぎて限界だ。心も折れちゃいそう、お兄ちゃん撫で撫でしてよ~


「こっ この手だけど、病院行かなきゃ。やってる病院知らない?」

「…………世界滅亡じゃぞ、無いにきまっておろう」

 千切れたワシの左腕を握りしめて、スゴい動揺してるお兄ちゃん。

 常には冷静なのに、ワシのためにスゴい慌ててくれて嬉しいよ、大好き。必ずワシが幸せにしてあげるからね、お兄ちゃん。


「傷口どうし合わせて、布巻いて固定するのじゃ。そのうち再生して、くっつくわ」

「まっ マジ? 魔王って、ハンパないね」

 不本意ながら、お兄ちゃんに包帯巻きまで頼んじゃった。

 スッゴく優しく介抱してくれる、お兄ちゃん。体とか、もろもろの回復のため休眠が必要なのは確かで、ここはもうお兄ちゃんに甘えてしまうことにした。


「お兄ちゃん、ワシを抱きしめて」

「う うん」

 横になったところで、抱きしめてもらう。

 それから二人をスッポリ覆う防御結界を張り、まわりに魔獣を配置して警戒させる。最後にお兄ちゃんに睡眠魔法かけたとこで魔力切れで、ワシも急激な眠気に襲われてしまう。


「なんか眠いね…… 聞きたいことはあるけど、後でいいよ。今はゆっくり休んでね」

「うん…… ありがとう」

 ううっ 優しすぎんか? この人。

 世界滅ぼした魔王のワシに廃墟を連れ回されたあげく、魔法戦に巻き込まれるとか、逃げ出したり嫌われても仕方ないのに、何にも聞かないで、こんなに優しくしてくれるなんて。

 絶対ぜーったい、ワシが幸せにしてあげるね。だからだからだから……


(私を離さないでね)

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