大きくなったら結婚しようね! 単年契約更新12回目

蹴神ミコト

大きくなったら結婚しようね! 単年契約更新12回目



 大きくなったら結婚しようね! なんて小さい頃に約束した人もいるだろう。

 だけど子供は飽きるのが早い。一時の魔法だったかのように数年もすればそんな約束も忘れてしまう。



「れーじくんだいすき!おおきくなったらけっこんしようね!」

「ぼくもみそらちゃんだいすき!けっこんしようね!」



 そんな一時の魔法を契約した俺と彼女の話。


 渋谷礼二(しぶやれいじ)と台場(だいば)ミソラは幼稚園を卒園する頃に約束をした。

 そして2カ月後、まだ全然魔法の契約が生きている頃に、俺の家で遊んでいたらニュースでプロ野球の話をしていたんだ。



「ねーおとうさん。【たんねんけいやく】ってなーに?」

「ん?ええと、どう説明すっかな…一年間だけ約束しましょうって意味だな」

「じゃあこのひと、らいねんクビ?」

「来年はまた約束をするんだ。もう1年、次の年もよろしくって。契約更新って言うんだぞ」



 子供心に毎年約束をし直すなんてロマンチックだなぁと思った俺とミソラは父さんに詳しく聞くと、単年契約を上手く噛み砕いて教えてくれた。


 父さんが教えてくれたのはこれだけ。

 『お互いにこの1年を振り返って嬉しかったこと、直してほしいことを言う』

 『次の1年に向かっての目標を言う』



 そう、俺たちは数年で解けてしまう魔法の契約を毎年することにしたんだ。



「げんきにかけっこをする みそらちゃんがすきです、なおしてほしいところは…かたづけをしないこと」

「いつもいっしょにわらってくれる れいじくんがすきです、なおしてほしいところは…えんぴつをかむこと」



 あはは、お互いに直そうねって苦笑いしたっけ。

 1回目の目標はこれを直そうって話になった。



「「大きくなったらけっこんしようね、たんねんけーやく こうしん1かいめ」」



 とまあ小さい頃のやり取りはなかよしな2人がもっと仲良くなるための約束みたいな感じだった。

 嬉しいことにこの契約は小学校どころか中学校に入っても続いた。







 鉛筆を噛むな、彫刻刀を使う時は腕に気を付けろ、夏休みの宿題は計画的にやれ。

 犬から助けてくれてありがとう。駄菓子屋さんデート楽しかった。通信交換で図鑑埋まったの一生の思い出。


 6年も7年も続けばお互いに言いたいことはなんでも言いあえる仲になっていた。

 普段から言いたいことを言いあって、契約更新は年に1回だけ恥ずかしい本音すらぶつける本心の交流会。



 鉛筆を噛んでいた馬鹿な子だった俺は中学では成績学年上位、テニスで全国出場。

 片付けが苦手だった元気なミソラは歌って踊って動画投稿してバズっていた。


 中学では凄く成長しよう→凄いって有名って事?→どっちが有名になれるか勝負だーなんて張り合いをしたらバズりに負けた。

 歌は聴いている側がテンション上がるくらい上手いし、ダンスはキレッキレだし。なによりミソラは誰よりも可愛いしバズるのは当然だと思う。



 結婚しようねって契約は半ば冗談のようになってきていて、俺たちの関係は張り合えて、本音でぶつかれて。まるで半身のような親友同士。


 そんな関係が大きく変わろうとしたのは中3の4月、歌って踊ってバズったミソラが『どこまでやれるかやってみたい!』と応募したアイドルの書類選考に通った時だった。



 朝の中学校、教室で会ったミソラは興奮しながら俺の胸へと飛び込んできた。

 俺より9cm低い身長にショートボブの親友は嬉しさを表現するかのようにガシッと力強く抱き着いてきている。



「礼二!書類の3次予選まで通ったよ!次はオーディションだって!!」

「本当か!さすがミソラだ!よし頑張って来いよ!」

「うん!!」



 抱き着いてくるミソラを抱き返し、ミソラの体温を感じながらお前なら大丈夫だとホームルームが始まるまで頭を撫で続けた。

 教室で男子からは妬ましい目線が、女子からは黄色い声が聴こえてくる。


 一応中学では恋人ってことで通している。この関係を正直に言うなら結婚の約束を続けているって不思議な異性の親友なんだけど。

 本当にミソラと結婚するかなんて将来の事は分からないけど関係が変わるまで、この心地良い関係でいたい。


 まあ…ミソラがオーディションまで進んだのは国民的アイドル『MAROs』の追加メンバー募集だ。

 合格したらあっという間に関係は変わってしまうかもしれないな…疎遠って形で…


 ミソラなら国民的アイドルに並んでも違和感が無いどころかきっと一番輝くだろう。ミソラより魅力的な女の子なんていないんだから。





 あと3つあるオーディションを全て合格すれば晴れてアイドルだ。その1つめのオーディションでミソラが落ちたって、本人の口から聞いたときはびっくりした。

 夜の公園で昔遊んでいた滑り台に、横から寄りかかるようにして報告を聞いていた。



「応援してくれたのにごめんね礼二。でも私後悔してないんだ」

「そうか…ミソラを落とすなんて審査員に見る目が無かったんだろうな」



 容姿やパフォーマンスも凄いけど、隣に居てこんなに安らげる素敵な女の子を落とすなんて信じられない。



「いやそうじゃなくてね、実は一度は合格したんだけど蹴ってきちゃった」

「はっ?」



 外灯の明るさでも分かるくらいにミソラは顔を赤くして一度は目を逸らすも、ふぅと息を吐いて何かの覚悟をした目を俺に合わせてきた。



「『アイドルになったら恋愛禁止』って言われてさ。礼二に抱き着いたり撫でられたりは駄目なんだって、ねぇ、礼二?──私はアイドルよりも礼二の隣がいい」



 そういってミソラは俺を抱きしめた。えっ、今のそういう意味だよな?えっ!?待て待て、確かに結婚の契約更新しているけど実際のところは俺たちは親友で、俺はミソラのことを絶対にアイドルになれると確信していたくらい素敵な女の子だと思っていたけどそれは……親友って感情……だけ?


 ああ、そうか。俺はいつの間にか…ちゃんと女の子としてミソラを好きになっていたんだ…


 ミソラは言い回しで気づいてくれるかな?ぎゅっと俺からも抱き返してくっつきあったまま…年に一度の恥ずかしい本心を伝える。



「アイドルよりも俺を選んでくれたミソラが俺は好きだよ。直してほしい所は…俺たちが親友って事かな」


 うんうんと俺に抱き着くミソラが首を縦に振り…返事を返してくれた。


「自分から合格を捨てた馬鹿な女でも好きって言ってくれる礼二が大好きだよ。直してほしい所は…鈍さ?それはお互い様だけどね」



 お互いに直そうねって苦笑しながら、お互いにここまで自覚していなかった鈍さと。親友って関係を直そうか。



「今回まで自覚してなかったけど腑に落ちたよ。俺は女の子としてもミソラが好きだったんだ」

「私もずっと親友って思っていたし、オーディションで自覚したときはびっくりしたよ!…好きだよ。礼二」



 夜の公園で契約が交わされる、いつもは口約束。今夜は唇も約束。しばらく重ね合わせて…息が苦しくなってやっと離した。



「次の1年の目標はミソラをちゃんと恋人として扱うよ」

「私も同じ目標にする。礼二と一緒に、本物の恋人になりたい」


「「大きくなったら結婚しようね、単年契約更新9回目」」



 いつもよりずっと重くて、その重さが幸せな契約更新だった。







 名実ともに恋人になった俺たちのそれからは楽しかった。

 親友だった頃から一緒に居て楽しかったけど、恋人だとドキドキする。



 もっと構え、手を繋いで登校したい、名前を呼びながら頭を撫でろ、海に行きたい。

 隣に居てくれてありがとう。高校も一緒で嬉しかった。海で守ってくれたのキュンときた。


『『単年契約更新10回目』』

『『単年契約更新11回目』』



 要望も、嬉しかったことも、次の1年の目標もずっとずっと幸せな事ばかりだった。

 高校3年生の4月、一緒の大学にいくつもりでこれからも一緒でいたかったけど…次の契機は契約更新12回目だった。


 ずっと幸せだった俺たちの恋人関係にも終わりが来たんだ。俺が今いる場所はミソラの部屋。ちゃんと片付いていて、ぬいぐるみや小物など俺がプレゼントした物も飾られている…ミソラの部屋なのに俺の痕跡があることがどこか嬉しかった。



「『大きくなったら結婚しようね』って契約さ…今年で12回目だけど…違う契約にしようよ」


 そういって紙の書類が取り出された。

 ミソラはその紙を俺に見せるように持ち上げて、恥ずかしそうに紙で顔を隠してチラッと目だけ出して話す。


「まだまだお互いに就職もしていないけどさ。ずっと一緒なら早いか遅いかじゃん?早くてもいいよね?」

「少し驚いたけど嬉しいよ。お互いに18歳になったら提出しに行こうか」



 さすがに親にもちゃんと話を通しておきたいし、いくつか壁もあるだろうけど2人できっと叶えよう。

 いつものやつは最後だし、ちょっとだけ文を変えようか。


「「18歳になったら結婚しようね。 単年契約更新12回目」」



 具体的な約束をしてニコリと笑顔を合わせ、この先の目標を兼ねた新しい契約を結ぶ。

 


「「幸せな家族になろうね、単年契約更新1回目」」


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