またあの春が来た

ねこ大名

またあの春が来た

やって来た。

またやって来たんだ。

私たち「嫁き遅れ」の春が。

不倫のもじもじとした冬ごもりとはお別れ。

あの春を前に、私たちはもうじっとしてはいられない。

きっと罪を重ねずにはいられない。

企むよ、持ち逃げの春。


この春、芋虫だった私たちは一斉に羽が生え、きれいな蝶になる。

輝く街角。

陽のあたるところへ誘われたい。

魅力的な罠が、そぞろな私の心を揺さぶり、そして暗黒の底に陥れようと口をあけて待っている。

そして私は、いつもそれを避けることができない。

いつだって…。

だってそういう「運命」だから。


順序はこうだ。

まず彼の仕事がうまくいかなくなる(元から上手く行ってないけど)。

いつも後手をひく男。

お人よしの性格で、まともにお金の請求ができない。

重度の金欠病の男。

その癖、「お金さえあれば」が愚痴の後に次いで出てくる言葉。

そのうち取引先が潰れ、借金がかさむ。

もちろん奥さんとの間もうまくいっていないらしい。

甲斐性なしの男。

しょうもないけど、離れられない。



そしてスキを見せ始める私の雇い主。

温和な顔に隠された暗い影。

金満家の爺さんは毎週決まって同じ額を金庫に収めさせる。

命の次に大事だという会社のカネを、私のような女に無防備にも全額預けてしまう。

優に私の給料の半年分はあるカネ。

「うん、君を信用しているからね」

嘘つき。

ただあたしの体が欲しいだけ。


カネを持って逃げる。

小娘の犯罪者が、資本の網から潜り抜ける。

自由と犯罪。

心躍るね。


そして素知らぬ顔をする街の人達。

どうぞどうぞ、お通り下さい。

盗人のお嬢さん。

あなたの事なんか見てませんよ。

だから自由におやりなさい。

持っていけるものは何でも持って行って。

彼のところへ。

そんな私みたいな「嫁き遅れ」たちが街中に一杯。


どうか私たちを閉じ込めておいて。

私たちに罪を犯させないで。

自由に羽ばたかせないで。

檻の中に閉じ込めておいて。

借金の鎖から解き放たないで。

不自由な虫籠から放さないで。


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またあの春が来た ねこ大名 @bottleneckslider

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