は・な・さ・な・い・で

かざみ まゆみ

第1話

「はなさないで」


 由里子は僕の手を握りながらそう呟いた。

 僕は力強く、しかし優しく彼女の手を握り返した。


「絶対に離さないよ」


 由里子の手から少しずつ力が抜けていくのがわかった。

 由里子には重度の心臓疾患があった。それは現代医療では不治の病と言われている物であった。


 結婚してわずか三年。

 突然告げられた余命宣告。

 二人の結婚生活は呆気なく終わりを迎えた。

 呼ぶような親類縁者もいない僕達だ。簡素な葬儀を終え、白布に包まれた箱となって帰って来た由里子を見つめながら、僕はしばらく口にしていなかったビールを飲んでいた。

 不意に訪問者を告げるインターホンの音が響く。


「もう片付いたの?」


 部屋に入ってきた瑠海るみが由里子を一瞥しながら話し掛けた。

 少し控えめな服装ではあったが、決して弔問に来たような態度では無い。


「瑠海……」

「やっと、邪魔な人がいなくなったわ。これで誰にも気兼ねなく逢えるわね」

「気が早すぎるよ」


 僕は瑠海の隣に腰を下ろすと、彼女の肩に手を回した。


「誰の気が早いのよ……」


 瑠海は力強く僕の唇を奪うと、ソファの上で重なり合った。


 ○△□○△□○△□○△□


「あなた達って同郷なんでしたっけ?」


 瑠海が由里子の写真を眺めながらつぶやく。

 彼女はベッドの上で毛布に埋もれている。

 毛布の下はもちろん裸だ。


「あぁ、小学校の頃から一緒だったよ」


 僕はマグカップを二つ手にしてベッドへと近づいた。

 一つは僕の、もう一つは由里子が使っていた物だ。

 瑠海はマグカップを受け取ると淹れたてのコーヒーを口にした。


「幼なじみってやつ?」

「それがよく覚えていないんだ」


 いつからか由里子がそばにいた。


 ――イヤ、何か由里子に言われた気がする。大切な何かを。


 思い出せそうで思い出せないもどかしさ。


「そうだ! 由里子はあの時、僕の……」


 僕は瑠美の顔を見つめた瞬間凍りついた。


「話さないでって!! 言ったよね!!」


 包丁を手にした女。

 それは由里子の顔をした瑠海だった……。

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