第二一話 『空港都市ルクシオン』


 馬車に揺られること、数週間。

 長い長いアウリウス・アカデミーまでの道を進んでいた。

 馬車の窓から見える景色は高い山脈に白い吹雪の雪景色。

 ほんと、あの時は自暴自棄だったとはいえ、なんでこんな長い旅路になる島流しを自分で承諾してしまったのやら…… 


 あの実質的な島流しを求められている事を知った後、その島流しを自身で承諾した。

 それから数日以内に私専用の馬車が完成する事を伝えられ、その馬車が完成次第、アウリウス・アカデミーへの旅が始まると言われたのだ。

 私が乗れる馬車を数日以内に作るなんて、絶対に無理だろうと思っていたが、蓋を開ければ何とやら。

 三日後には黒塗りで金の刺繍が特徴的な貨物用規格で作られた巨大な馬車が十六頭の馬に引かれ、城の玄関ホールに留まっていた。

 いやいや早すぎるだろうと思ったが、なんでも設計の図面は元から存在していて、今の技術力を持ってすれば組み立て自体は半日で終了したとの事。

 工作時間の殆どが素材の輸送時間だったというから驚きだ。


 何故そんな私の様な人が乗る事が前提の馬車の設計図が最初からあるのだと疑問に思ったが、なんでもこれは由緒正しき五百年前に設計された、今の私と同じ大きさだった女神メルナ様を乗せる為の馬車だというのだ。

 そう言われれば確かに外見のデザインは古めかしいというか、凄くビンテージを感じるデザイン。

 五百年前のデザインと言われれば納得だ。

 そんなこんなで、由緒正しい黒塗りの大型馬車が完成した後、私をアウリウス・アカデミーに送るための旅団が組まれ、今に至る。

 護衛やメイドたちを含めて六両の車列でアウリウス・アカデミーに向かっていた。

 

 馬車に揺られ、窓から外の雪景色を見ている。

 地図ではルナリア王国から結構離れた位置までやってきており、今いる大陸の凡そ北に位置する雪山地帯と呼ばれる、ルナリア王国から遠い、とある皇国の領土を進んでいる筈だ。

 窓の外に広がる雪景色を眺めていると、正面に座っているであろう私の御供として連れてこられる事になったドロシーが言葉を出した。


「見ているだけで寒いですわ…… 早く雪山地帯を抜けてほしいですわね」


 ドロシーを見る。

 腕をさすって寒そうだ。

 この馬車の中には暖房機能が付いているが、それでも外の気温のせいか、私でも肌寒い。

 私より小さなドロシーにとっては、さぞ寒いだろう。

 ドロシーに言う。


「私が温めてあげましょうか?」

「い、いえ……! それは…… だ、大丈夫ですわシルフィーナ様!」


 どこか、しどろもどろに答えるドロシー。

 ふーむ……

 目の前に座るドロシーを持ち上げ抱きしめる。


「ひゃわ!? ……むぐぅ!!」


 そして、ぎゅうぎゅうと、めいっぱい温めてあげた。

 ドロシーの身体がビクンビクンと跳ねている。


「むんぐうううううぅぅぅぅううううううう♡♡♡!!!!!!」

「ドロシーったら、素直じゃないですねっ!」


 私の胸の中で声を上げるドロシー。

 ほんと、カワイイし抱き心地サイコー。

 ドロシーが一緒に来てくれる事になってよかったよ。



○○



 雪山地帯を抜けて数日、馬車の中には微かに潮の香が漂ってきていた。

 目の前でスヤスヤと寝息をたてているドロシーから目を離し、朝日が差し込む窓を覗き込む。

 今は山を下っているのか、窓の下には青々とした草原が広がり、その奥には大きな街が見える。

 あの街こそ、この大陸で唯一の空港都市『ルクシオン』だろう。

 空港都市の名の通り、航空機が離発着する空港があり、遠目で見てもルクシオンの上空には沢山の魔道飛行船が飛び交っている様子が見てとれた。


 馬車は山を下り続け、やがて草原を進み、午後に入る頃にはルクシオンの城壁前に到着した。

 城壁の門の前には手続きを待つ馬車の列が並び、私たちの車列の番まで待つ。

 やがて私たちの車列の番が来た。

 前方の護衛が乗る馬車が何かの手紙を門番の衛兵に渡している。

 衛兵は私の馬車を見て少し緊張した面持ちをした後、他の衛兵たちに号令をかけた。


 車列は進みはじめ、馬車から見える景色はルクシオンの城壁内に変わる。

 その景色は、まさしく圧巻の風景。

 街灯が立ち並び、人々は皆オシャレな服を着ていて、立ち並ぶ店舗の看板は照明が設置されている。

 さながら日本の十九世紀終わりから二十世紀初頭の様な、そんなテクノロジーと中世が入り混じったような街の景観が、私の馬車の窓枠に映し出されていた。

 私の前の席に座っているドロシーが驚く声を出す。


「す、すごいですわね…… まるで異世界のようですわ……」


 ドロシーを見ると起きたばかりなのか、まだ瞳が眠そうだ。

 この馬車はサスペンションが優秀だから、眠くなるのもわかるけども……

 一応は護衛としての御供なんだから、ちゃんと起きてなさいよ、と思わんでもない。


 そんな文明の利器に溢れる町の景色を眺めていると、馬車は豪華な建物の前に停車した。

 前方の窓を見ると、護衛がタキシードとシルクハット姿の男性と話をしている。

 やがて私専属のメイドたちが後続の馬車から降りてくる足音が聞こえ、タキシードとシルクハット姿の男性に走っていく。

 そして少しの話し合いをしていたと思ったら、豪華な建物の方向から私の乗る馬車に向けてレッドカーペットが敷かれ始めた。

 レッドカーペットが敷かれた後、私の馬車の扉からカラクリ仕掛けの音が響き渡り、ゆっくり重苦しく扉が開いた。

 

 馬車から降りた私を出迎えたのは、先ほど護衛と話していたタキシードとシルクハット姿の男性。

 馬車から降りる私を見るなり驚いた様子の彼は、私の足元で尻もちをついてしまう。

 ……そんなに驚かなくてもよくない?

 タキシードとシルクハット姿の男性は、何かに気が付いた様子で急いで立ち上がり、礼をした。


「お初にお目にかかります、シルフィーナ様。ワタクシ、このホテルの総支配人であるベルクと申します」


 それに答える為、私もスカートを持ち礼をする。


「シルフィーナ・ルナリアです。ルナリア王国から来ました。私の護衛としての御供の彼女はドロシーです」

「ドロシー・ルガンダラですわ」


 私の紹介に、横に来たドロシーが答えた。

 ベルクはドロシーにもお辞儀すると、私を見て言った。


「隷属連邦の役人から『丁重にもてなすように』と伺っております。アウリウス・アカデミーがあるオーロリア王国行きの飛行船は明日の夕方に出発の予定ですので、どうぞそれまでは私のホテルでお休みください」


 そう言ってベルクは私たちをホテルの入口まで案内する。

 それにしても、隷属連邦か……

 たしか正式名称は『女神メルナ様の為の奴隷的な隷属帝国の連合王国群』だっけ。

 女神メルナ様を崇め『王・貴族・国民の全ての権利・財産・生命が女神メルナ様の所有物である』という、もうこれ以上ない程のディストピアな思想信条を掲げ、世界の全てを掌握している、この世界の世界政府だ。

 この世界政府をもって、全世界の民を女神メルナ様の実質的な奴隷としている。


 そう、この世界には世界政府が存在する。

 私たちのルナリア王国も、王族に主権が有りそうで実際には一切無い。

 お父さまが治めているルナリア王国でさえ、正式には『隷属連邦ルナリア王国州』だ。

 お父さまはルナリア王国を通じて女神メルナ様の代わりに統治している立場に過ぎない。

 そう、お父さまでさえ御代官でしかないのだ。

 

 そんな圧倒的な権力を持った隷属連邦が、このホテルの総支配人であるベルクに『シルフィーナ・ルナリアを丁重にもてなすように』と言ったのか。

 私が巨大化スキル持ちの巨神族である事は、隷属連邦は既に知っているようだ。

 その上で『丁重にもてなすように』か……

 女神メルナ様は、私の存在を知っているのだろうか?

 もし知っている上で『丁重にもてなすように』だとすると、本当に私の身に何かあると周囲の大陸群は跡形もなく消え去るだろう。

 周囲の人々の為にも、私の身は大事にしないといけないかもしれない。

  

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