第十九話 『平穏を取り戻し始めた』


 あの事件から、かれこれ数週間。

 王都は平穏を取り戻しつつある。

 この王都から魔物は居なくなり、光の輪の真理教が起こした大災難からの復興は着々と進んでいるのが現状だ。

 そんな王都の中心にある王城で、私はというと自室のソファーの座り心地を楽しんでいた。

 つい先ほど私の部屋に搬入された、この真っ赤なソファー。

 前のソファーは使い物にならない程に汚れたので、新しく新調されたばかりだ。


 あの日、王城に帰ってくるなり、王城の全てがドラゴンの血で染め上げられていたことに驚いた。

 出会う人みんながドラゴンの血で真っ赤になっており、あの日から王城の大掃除の日々だった。

 王城の使用人だけでは人手が足らず、王都で日雇いの労働者を駆り出すまでもの、文字通り国を挙げての大掃除だったのを覚えている。

 そんなこんなで、つい数日前まで王城全体の大掃除が続き、やっと昨日に家具などの基本的な調度品の調達が始まったのだ。


 新しいソファーの座り心地を楽しみながら、目の前の真新しい豪華なローテーブルに置かれた紅茶を摘まみ、啜る。

 一息ついて、紅茶をソーサーにもどした。


「ふぅ…… やっと慌ただしい日々の終わりを実感してきましたね」


 つい零した私の独り言に、後ろからドロシーの声が聞こえてきた。


「まだまだ復興は途中ですわよ、シルフィーナ様」


 ソファーに座りながら、後ろに振り向く。

 ドロシーはヤレヤレと呆れた様子で私を見ていた。

 そんなドロシーも、新調された真新しいドレスを着ている。

 ドロシーは軽くため息をつき、私に言う。


「そもそもです、このシルフィーナ様の自室以外は未だ何も手つかずに近いんですからね? まったく、王城で豪勢なのは、この部屋だけなのですわよ」


 そんな事を言うドロシー。

 いったい、どういう事なのだろうか。


「ど、どういう事ですか……?」


 私の言葉に、ドロシー更に呆れた様子になった。

 そんなドロシーは私に説明する。


「今、王城の大半は大掃除が終わっただけで、家具も何もない部屋が大半ですわよ。そもそも、国王陛下の自室ですら、みずぼらしい簡素なベッドしかありませんのに」

「ど、どいう事ですか…… でも私の部屋は、こんなに元の生活に近いですよ」


 ドロシーの言葉に、疑問の言葉が出てしまった。

 実際、食事もドレスも普段の生活用品ですら、今の私に不足してる物は少なくなってきている。

 それなのに、ドロシー曰く、国王であるお父さまですら、いまだに粗末なベッドで寝ていると言っているのだ。

 いったいどういう事なのか。

 

 私の疑問に、ドロシーが答えようとした、その時。

 自室の扉がノックされた。

 扉の奥の人に言う。 


「入って大丈夫ですよ」


 私の言葉に扉が開き、廊下から複数のメイドが入ってきた。

 このメイドたちの服装も新調されたばかりの、新しいデザインのメイド服だ。

 メイドたちは軽い掃除をしてから紅茶を入れ、去っていく。

 にしても、えらく熱心なメイドたちだこと。

 こうして定期的に入ってきては紅茶を新調していくのだ。

 前は、こんな仕事は無かった筈なのに。


 そんなメイドたちを見ていたドロシーは、先ほどから呆れた表情を更に一段呆れた顔になる。

 ど、どうしたのよ……

 ドロシーは私に言う。


「まさかとは思っていましたけど…… 本当に自身の身の回りの変化に気が付いていないですわね……」

「どういう事ですか」

「そのままの意味ですわ」


 そう言ってドロシーは私を見つめた。

 いったいどういう事なのだろうか。

 それにしても、確かに少し…… どころか凄く変だ。

 だって、先ほどのドロシーの言葉が正しいのなら、お父さまでさえ粗末なベッドで寝ている程には物資も人員も必要な筈。

 なのに、私の周りには普段以上の人員と物資が割り当てられている事にならないだろうか。

 そんな私の疑問に答える様に、ドロシーは言う。


「まあ、今のシルフィーナ様は巨神族という事ですわ」

「……へっ?」

「なにシルフィーナ様が驚いているのですか」


 私の気の抜けた声に呆れるドロシー。

 ドロシーは溜息をついて私の横に来て、私が座るソファーに登り、座った。

 ほんと、ドロシーを含めて皆小さくなった。

 いや…… 本当は私が大きくなっただけなんだけど。

 巨大化スキルを使用した際のデメリットは知ってはいたが、いざ実際に来ると本当に不便だ。

 今の私の四メートル近い身長では、この王城の全ての扉が腰を下げて潜る必要がある。

 扉から何から何まで不便になった。

 そんな私から見て小さなドロシーは横で私を見上げ、つぶやいた。


「ほんと、おおきいですわよね」


 私からみて、ドロシーは大きめのお人形さんみたいですわよ。

 て、お人形…… お人形かぁ…… そうだ! 

 思い立ったが即行動あるのみ。

 という事で、横に居るドロシーを両手でつかみ上げる。

 

「ひゃわ!?」


 突然の事に驚くドロシー。

 そんなドロシーの様子に構う事なく、彼女を私の膝上にのせて抱きしめ言った。


「私から見たら、ドロシーはお人形さんみたいで可愛らしいですよっ」

「ひゃわー!?」


 私の腕の中で可愛らしい声を出すドロシー。

 ドロシーは私の腕の中でもがき出ようとしているが、今の私から見てドロシーは大きめの人形だ。

 ギュッと抱きしめれば簡単に固定できてしまう。

 しばらくもがいていたドロシーだったが、やがて諦めたのか私になされるがままになった。

 私の腕の中でドロシーが呟く。


「……ほんとシルフィーナさまったら、一万人もの御稜威を起こした人とは思えませんわね」

「ちょっとドロシー…… 今一番、私が後悔している事を独り言で呟かないでよ」


 ドロシーが言った、一万人の御稜威。

 この世界において、御稜威とはだいたい一つの意味でつかわれる。

 それは女神メルナ様の犠牲者の事だ。

 どこそこの大陸群を女神メルナ様がお通りになり、何千億人の御稜威を起こした、といった具合に使われる。

 いわば、そんな大量大虐殺の単位が私の名のもとに使われているのだ。

 それもこれも、私が知らず知らずに起こした大虐殺が原因だった。

 あの八本の青白い光の線の場所を踏みつぶす時や、最後の黒いドラゴンを始末するときなどで、一万人もの人々を私は手にかけてしまったらしい。

 ほんと、後悔先に立たず。

 沈む気持ちの私に、腕の中のドロシーが言う。


「シルフィーナ様が一切気が付いていないようなので、私が言わせてもらいます。シルフィーナ様は、もう周りの方々からは女神様として扱われているのですよ」

「えっ……?」


 どういう事だろうか?

 私が女神様として扱われているとは、いったいどういう意味……

 そんな疑問符だらけの私に、ドロシーは続けて言う。


「この復旧が終わらない王城で一番最初にシルフィーナ様の自室が何よりも最初に復旧したのも、シルフィーナ様の自室にだけ沢山の調度品が搬入されるのも、豪勢なメイドの給仕が行われるのも、全部シルフィーナ様は女神様だからですわよ」


 ドロシーの言葉に言い返したいが、言葉が出てくれない。


「女神様って…… 私は只の――」

「只の王女様が、一万人もの御稜威を起こす筈が有りませんわ」


 何か言いたい私だったが、ドロシーのその言葉には何も言えなかった。

 つまり、そう言う事なのか。

 今の私は、皆にとって恐怖の女神様だと、そういう事なのだろうか……

 私が怖いから、皆が必死に私の周りを最優先に揃えた結果、私の周りには調度品が揃い、家具が揃い、メイドが揃っている。

 そういう事なのか。

 なんてことだ。

 私は、知らない内に恐怖の女神様になっていたのか。


「そんな……」


 自然と漏れた言葉。

 膝の上のドロシーから伝えられた言葉は、あまりにも私には重かった。

 ドロシーを掴み上げ、そのままぬいぐるみ抱きして立ち上がる。


「ひゃわ!? ちょっとシルフィーナ様!?」


 腕の中で驚きの声を上げるドロシーに構わず、ベッドにダイブした。

 そしてドロシーを抱きしめ布団にもぐる。

 もう、難しい事を考えるのはやめよう。

 時間が解決してくれる筈……

 ふて寝すれば全てが解決する。

 そんな現実逃避をしながら、ドロシーを抱き枕にしながら目を閉じたのだった。



――――【あとがき】――――



・これにてシルフィーナ編の第一章は終了です。

 シルフィーナ編の第一章が気に入ってくださった方がいるなら、どうか★レビューをください。

 小説トップページ下部や、小説最新話の下部から★レビューを送れます。

 あと、第二章のプロットは完成しているので、ご安心を。


・ここいらで、いったん休憩します。

 小説の他にもやりたい事がいっぱいあるので、それに満足したら戻ってきます。

 まあ、メルナ編の時と同じぐらいの期間だと思うので、気長に待ってください。

 それに、やっぱり小説ばっかり書いていると、小説ばっかり書いているタイプの作者が書いた小説になってしまうので、インプットの為にも別の事してきます。

 

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