第十六話 『非常事態の王都』


 まったくもって、どうしたんだろう?

 早朝に突然メイト長に叩き起こされ、横に居たドロシーと一緒に困惑していたら、沢山のメイドたちが部屋に入ってきては急いで寝間着からカジュアルなシャツとスカートに着せ替えられ、メイド長の「暫しお待ちください」の一言と共にメイドたちが去っていった。

 私と一緒に着替えさせられ、私と同じ様にカジュアルなシャツとスカートを着たドロシーも困惑した様子だ。

 ドロシーが言う。


「何かあったのでしょうか……?」

「わからないです。とりあえず、ドロシーは武器を装備しておいてください」


 困惑した様子のドロシーに、そう言った。

 私の言葉にドロシーはベッド横の武器を取りに行き、ベルトに剣と弓を装備し始める。

 まったくドロシーの言う通り、何があったのだろうか。

 しばらく待っていると、扉から使用人を連れた役人の男性が現れ、入るなり急いだ様子で言った。


「シルフィーナ殿下とドロシー嬢、国王陛下の執務室までご案内いたします」


 ただ事では無い様子。

 横を見ると、ちょうど武器を装備し終えたであろう様子のドロシーも不安そうな顔をしている。

 私たちに「さあ、こちらです」と先導を始める役人の男性に誘われるまま、部屋を後にした。


 見慣れた王城の長い長い廊下を歩く。

 いつも通りの見た目の王城だが、行きかう人々は急いだ様子で忙しなくしている。

 特に目立つのは何かの作業をしている兵士たちの姿だ。

 ここは王城の中でも一段とセキュリティの厳しい場所で、一般の兵士たちが入れるような場所ではないのだが、なぜか今は沢山の兵士たちが行きかい、家具を積み上げたりなど、何かの作業をしていた。

 そんな様子に、自然と言葉を漏らしていた。


「まるで防塁でも作ってるみたいじゃない」


 私の独り言に、役人の男性は少し反応し、私に言う。

 

「詳しい事は国王陛下の執務室で説明がなされます。とにかく執務室までお急ぎください」


 役人の男性の言葉に黙るしかない。

 全く、いったい何が起きているのよ。


 しばらく長い廊下を歩き、やがて見えてくるのは見慣れたお父さまの執務室の扉。

 そうして扉の前にくると、私とドロシーを先導している役人の男性が扉をノックした。

 中から男性の声が聞こえてくる。


「合言葉を言え」


 その兵士とは違う気品を感じる言葉使い、恐らく騎士団の人だ。

 合言葉を求められた役人の男性は、その扉の奥に居るであろう騎士の男性に答える。


「セレーネの花」

「……よし。入れ」


 扉の奥に居るであろう騎士の男性が内側から鍵を開ける音がする。

 それを聞いて役人の男性は扉を開けて中に入り、私とドロシーも続いた。

 執務室の中では、奥の執務机にお父さまが席に着き、部屋の中央には臨時の大きなテーブルが置かれており、そのテーブルを囲って沢山の軍の将校や高官の人々が何かを議論しているようだ。

 そんな彼らを警護する騎士団の騎士も沢山居る。

 私とドロシーをここまで先導した役人の男性はお父さまの元に向かい、報告した。


「シルフィーナ殿下とドロシー嬢をお連れ致しました」


 その言葉に、お父さまは頷き言う。


「よくやった、後はルナティアを頼む」

「わかりました」


 そう言って執務室を後にする役人の男性。

 それを見届け、そしてお父さまを見る。

 お父さまは将校や高官と会話していて忙しそうだ。

 しばらく待っていると、お父さまと将校や高官との会話が終わった様子で、お父さまが私を呼ぶ。


「シルフィーナ、こっちに来なさい」


 呼ばれるがまま、お父さまの執務机に向かう。

 執務机の前に来ると、お父さまは言った。


「大変な事になった。今から話す事を落ち着いて聞きなさい」


 そうしてお父さまは続ける。


「無数の魔物が、この王都を取り囲んでいる。外壁の門は閉じているが、突破されるのは時間の問題だ」


 そんな事を言うお父さま。

 私は一瞬だけ思考が停止した感じした。

 いやいや、それ本当に?

 いきなりで、ちょっと大事すぎやしませんか。

 横に居るドロシーを見ても、驚き固まっている。


 そんな私たちに、お父さまは事の経緯を説明し始めた。

 つい二時間程前、光の輪の真理教が構築しているとみられる大規模広域魔方陣を破壊する作戦が決行されたそうだ。

 沢山の兵士が動員され、怪しい建物をかたっぱしから臨検した結果、複数の魔方陣を王都の至る所で発見する。

 魔方陣に魔力を流していた魔術師は倒し、あとは魔方陣を破壊するだけになった。

 

 だが、その魔方陣の破壊は出来なかった。

 その魔方陣は強力な障壁で守られていて、爆薬を使っても突破できなかったそうだ。

 それから急遽駆け付けた魔法研究所の職員の調査で、この魔方陣の障壁と魔方陣自体が、何処からか遠隔で魔力供給を受けている事が判明する。

 なんでも地脈と呼ばれる地底の魔力の通り道を使い、どこかから王都の各地の魔方陣に魔力を供給しているらしい。

 地脈の流れから場所を特定すると、王都から少し離れた場所に二十年前に廃棄された林業の製材所があり、そこから魔力を流している可能性が高いとの事。


 もう場所も判明し、あとは魔力を流している林業の製材所まで向かうだけだ、と軍を編成していた時、各地の魔方陣が突然に光り、何かの大規模広域魔方陣が発動してしまったそうだ。

 何が起こるかは魔法研究所の職員の解析が間にあっておらず、念のために王都の外壁の門を固く閉じていると、大量の魔物が王都に向かいだしたのを外壁の哨戒が確認し、やがて魔物が外壁に押し寄せ必死の抵抗が今現在で起こっているとの事だった。


 一通り話し終えたお父さま。

 そんなお父さまは溜息交じりに呟いた。

 

「全く、忌々しい光の輪の真理教め。いったいこんな事をして何がしたいのだ」


 お父さまの呟きに、近くに居た高官の男性が言う。


「光の輪の真理教は謎に包まれた秘密結社ですからね。秘密結社らしく、何かを企んでいるのでしょう。暗黒の輪の真理教のようにね」


 高官の男性に「まったくだ」と、お父さまは返した。

 こんな非常事態だというのに、お父さまときたら、ずいぶんと落ち着いているじゃないの。

 そんな事を思っていると、突如として執務室に慌てた様子のノック音が扉から鳴った。

 扉の奥から急いだ様子の兵士らしき声が響く。


「き、緊急ッ! 緊急報告ッ!」


 その声に、警護の騎士が冷静に合言葉を聞く。


「合言葉は何だ?」

「セレーネの花だろッ!? はやく入れてくれッ!」


 その回答に警護の騎士は扉の鍵を開け、そこから急いだ様子で入ってくる鎧を着た兵士。

 鎧を着た兵士は息を切らしながら執務室に入るなり大声で叫ぶ。


「東の門ッ! 突破されましたッ!」


 大声の報告に、執務室の中に居る高官や将校たちが驚き狼狽える。

 執務室の至る所から声が飛ぶ。


「もう突破されたというのか!? 早すぎるだろ!?」

「いくら何でも早すぎるだろ!? 東の門の指揮官は何をしている!?」

「早く援軍を東の門へ! このままでは王都が魔物だらけになるぞ!」

 

 執務室は混沌とした様子になる。

 東の門が突破されたってことは…… ここから見える筈だ。

 窓に向かい、外を見る。

 窓枠から広がる下の景色は、王城の手前に広がる貴族地区、その更に奥に広がっている平民地区。

 その平民地区の一番外側にある防壁近くの区画から火の手が上がっていた。



○○



 しばらくして、防壁近くの区画から上る火の手が広くなっていく。

 時間が過ぎれば過ぎる分だけ被害が広くなっていく様子が窓枠から見て取れた。

 報告に来る兵士も増えていく。


 このままでは王都は滅亡するだろうし、それは考えるまでも無い。

 お父さまをを見る。

 冷静さを保ちながらも、額に冷や汗を流している様子から、だいぶ焦っている様子だ。


 先ほど役人の男性に連れられ、部屋に入ってきたお母さまを見る。

 お母さまは無言でお父さまの横に立ち、静かに部屋を眺めていて、何が有ってもお父さまの横で果てるつもりとでも言いたげだ。


 横に居るドロシーを見る。

 不安そうな瞳で私を見つめ返してきた。

 私としては二度目の人生。

 でも目の前のドロシーにとっては、大事な一度きりの人生の筈だ。


 ああ、ほんと私って何も変わらない。

 流れに身を任せ、他人が何とか解決するのを見守ることしかしない癖に、その他人の成果を見ては他人事に無責任に勝手に評価して点数をつけるだけ。

 こんな状況になった今でも、私は誰かが解決するだろうと待っている。


「そんな事、わかっています……」


 独り言が自然と出た。

 そうだ、自分でもわかっている。

 今、王都で起きている問題は、この場の誰も解決できない程の問題だという事は。


「わかって、います……」


 わかっている、わかっている。

 この王都が亡びるのは時間の問題だと誰もが理解している事は、私だって雰囲気で察している。

 でも、王城の誰もが最後まで足掻いているのだ。

 それなのに、私ときたら……


「わかって……」


 わかっている。

 わかっている…… わかっている……

 いつまで悩むつもりだというのは、わかっている。

 さあ、もう悩む時間はもったいないだろう、って言うのは、わかっている。

 この場で、この王都の中で、解決できるだけの力があるのは私だけ、というのは、わかっているのだから。


 お父さまを見る。

 相変わらず忙しそうに高官や将校の人たちと話している。

 お父さまも、高官の人たちも、将校の人たちも、たぶん王都が滅亡すると理解しているのだろう。

 それでも、最後まで足掻いてみるという気概を顔から感じられた。

 窓から離れ、お父さまの元に行く。

 近くに来た私にお父さまは言う。


「シルフィーナ、俺は忙しいんだ。また後で相手をしてあげるから――」


 お父さまの言葉を遮り、私は聞く。

 私に今必要なのは、ただこれだけだ。


「お父さま、放棄された林業の製材所は、東の門の先ですか? それとも西の門の先ですか?」


 私の言葉に、お父さまは何を言っているんだと言った表情をしている。

 そんな私の質問に答えたのは、いろいろを忙しそうにしていた高官だった。


「東の門の先ですぞ、シルフィーナ殿下。この魔物の群れを全滅せしだい、向かう予定でございます」


 東の門の先か……

 私の質問に答えてくれたのだ、これも答えてくれるだろう。


「その林業の製材所を破壊したら今回の問題は解決ですか?」

「いえ、その後は各地にある魔方陣を破壊する必要がありますな」

「それは何処ですか?」

「今しがた入ってきた魔法研究所の報告によれば、魔力を遮断したら最後の抵抗として魔物召喚の魔方陣に変わるらしく、その際に空に向かって青い光が出る筈ですな」


 話を聞けば聞くだけ、今の状況が最悪な事が分かる。

 つまり、この大規模広域魔方陣は二段構えだったという事か。

 こんなの、どうやっても普通は解決できない規模の魔方陣だ。

 絶対にこのルナリア王国の王都を滅亡させてやるといった気概を感じる。

 まったくもって光の輪の真理教の意地の悪さだ。

 

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 お父さまの執務机から離れ、窓に近寄り窓枠の鍵を開けて窓を開けた。

 風が外から吹き込んでくる。

 よし、あとは……

 数歩、窓から離れる。

 執務机の方角から、お父さまの困惑する声が聞こえてきた。 


「し、シルフィーナ。何をしているのだ?」


 お父さまを見る。

 お父さまだけではなく、執務室の中に居る人たちが私を見ていた。

 彼らに何を言おうか。

 まあ、どうせ私なんだ。

 どのみち恰好つけた事を言っても、ダサいから難しく考えなくていいか。

 私を見つめる彼らに言う。


「少し、魔物退治をしてきます」


 そうして、もう数歩下がったあとに窓に向かって走り、窓から飛び出した。

 種族としての巨大化を発動しながら。


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