第九話 『刺客襲来』


 曇り空を映す窓から離れ、時計を見る。

 あまりにも静かすぎる自室の時計の針は、コツコツと音を響かせながら午後に入ったばかりの時間である事を知らせていた。

 誰に言うでもなく、つぶやく。


「はぁ…… この時間が一番暇です……」


 お父さまもお母さまも、それどころか王城の皆も、今の時間は礼拝堂に居る時間。

 誰も私を相手にしてくれる人などいない。


 やる事が無いので姿見の前に移動し、目の前に立つ。

 その姿見は白い下地に黒い刺繍が特徴の綺麗なドレスを着た、輝く銀色のロングヘアの碧眼の美少女が映った。

 ほんと、この姿が自分だとは本当に今でも信じられない。

 その美しすぎる美少女が映る姿見を眺め、可愛らしいポーズをとる。

 

 か、かわいい…… 自分、可愛すぎる……


 自分の信じられない破壊力に恐れ慄く。

 まじか…… これならどんな男も一瞬で完堕ちするんじゃないかな。

 それにしても空しい。

 一人でこんな事をしているなんて、空しすぎる。


 そんな風に一人で落ち込んでいると、自室の扉の奥、廊下の方から一人分の足音が響いてきた。

 足音としてはハイヒールの音。

 メイドだろうか。

 この時間にしては珍しい。

 いつもなら、この時間は誰もが女神メルナ像の前で命乞いの礼拝をおこなっている時間の筈だ。

 

 そんなハイヒールの足音は、私の部屋の前で止まった。

 扉がノックされる。

 誰だろう。


「入ってください」


 入出を許可した途端、自室の扉は乱暴に勢いよく開かれた。

 な、何事!?

 困惑する私に構わず、誰かが入ってくる。

 そこに立っていたのは気怠そうに軍用ナイフを持った一人のメイドの姿。

 持った軍用ナイフを手の中で遊びながらメイドは言う。


「久しぶりの任務と思えば、まさか王女様を殺せーだなんてね。上も無理難題をおっしゃる」


 そう言って、メイドは軍用ナイフを私に向け、つまらなさそうに私を見て続けた。


「まあ、悪く思わないでね。これも光の輪の導き、というわけ」


 メイドは軍用ナイフを手の中で遊びながら近づいてくる。 

 うっそでしょ!?

 今は誰も王城に居ない時間。

 こんな時に限って王城内に暗殺者が堂々と自室に入ってくるなんて。

 辺りを見回すが、この部屋の出入り口は軍用ナイフを持ったメイドが入ってきた扉ただ一つ。

 そこは軍用ナイフを持ったメイドの後ろにあり、走ってやり過ごすなんて無理そうだ。

 自然と声が漏れる。


「くっ……!」


 一歩、また一歩と近づいてくる軍用ナイフを持ったメイド。

 よく考えろ私!

 戦う?

 いや、王族として嗜んだ程度の武術で本職に勝てるわけがない。

 逃げる?

 逃げるって、どこに?

 唯一の逃げ道は軍用ナイフを持ったメイドの後ろだ。

 考えろ!

 考える私に軍用ナイフを持ったメイドはつまらなさそうに言ってくる。


「そんな難しく考えなくていいじゃない。貴女はこれから死ぬ。死後の事だけ考えていればいいのよ」


 そう言うと、メイドはいったんナイフを上に放り投げ、綺麗に逆手でキャッチすると私に走ってきた。

 反射的に窓に走る。

 ここは王城の最上階に近い場所。

 窓から飛び降りるなんてできない。

 でも、そこしかないから反射的に走る事しかできなかった。


 ……んっ!?

 窓から飛び降りる!?

 ……そ、それだ!


 全速力で窓に走る。

 そうして窓に体当たりをし、ガラスごと窓を突き破り飛び出た。



○○



 輝く銀髪のロングヘアを靡かせながらシルフィーナは窓を突き破り飛び降りる。

 そんなシルフィーナに軍用のナイフを持って走り距離を詰めるメイドはシルフィーナの行動に驚いた。


「……はっ!? な、なにを……」


 メイドは脚を止め、軍用ナイフを持つ手を下げる。

 手癖の様に軍用ナイフを手の中で遊びながら、今しがたシルフィーナが飛び降りた窓に近づいていく。

 軍用ナイフを持ったメイドが窓の数歩近くまで来た。

 その時――


ドズゥゥゥゥウウウウン!


 窓の外から大きな轟音が響いた。

 その轟音と共に、軍用ナイフを持ったメイドの部屋全体が揺れる。

 転びそうになりながらも、その自前の体幹で耐えきったメイドは困惑する。


「な、なによ……? いったいなにが……?」


 そう驚く軍用ナイフを持ったメイドの目の前で、先ほどシルフィーナが突き破った窓が、突如何かに景色を遮られた。

 その窓には巨大な何かの壁がせりあがっていく景色が映る。

 それを茫然と眺めている軍用ナイフを持ったメイド。

 

 そんな自分の自室で暗殺に来た軍用ナイフを持ったメイドが困惑しているなんて知るわけもない巨大なシルフィーナは、王城の前でどんどんと大きくなる。

 シルフィーナの自室の割れた窓に映る、せり上がっていく壁は、シルフィーナが着る巨大なドレスが、更に巨大になっていく景色だったのだ。

 やがて巨神族の能力で巨大化できる最大まで巨大化した、巨大なシルフィーナ。

 腰ほどしかない王城を見下げ、シルフィーナは言う。


『危なかったですね…… とっさに思いついてよかったです』


 巨大なシルフィーナの巨大な声量が王城に響き渡る。

 巨大な声量が、今居る部屋の割れた窓から入ってくる様子に、何も理解できない様子の軍用ナイフを持ったメイド。

 そんな軍用ナイフを持ったメイドが未だ居るであろう自室を探すために、巨大なシルフィーナはしゃがみこみ、軍用ナイフを持ったメイドの目の前の割れた窓には巨大なドレスに包まれた巨大なシルフィーナの胸が盛大に映る。

 割れた窓に映る巨大な胸の谷間を前に、驚く軍用ナイフを持ったメイド。

 そんな軍用ナイフを持ったメイドが居るシルフィーナの自室の壁が、突如として盛大にはじけ飛ぶ。

 

ドバァァァァン!


 吹き飛ぶ瓦礫と共に後ろの壁に吹き飛ぶ軍用ナイフを持ったメイド。

 吹き飛んだ壁から巨大なシルフィーナの巨大な親指と人差し指が、軍用ナイフを持ったメイドを掴もうと部屋を物色し始める。


「ひっ…… ひぃ……!!」


 巨大な指に恐れ慄き、急いで部屋から出ようと軍用ナイフを持ったメイドは扉に向かうが、そこにあったのは壊れた扉が破片となり、瓦礫とともに山の様に積み重なり出口をふさぐ光景だった。

 焦った様子で悪態をつく軍用ナイフを持ったメイド。


「ふざけないでよッ! こう見えて私は未だやりたい事があるのよッ! カワイイお洋服だって、まだ着足りないのよッ!? こんな所で死ねって言うのッ!?」


 そう言って軍用ナイフを持ったメイドが瓦礫を退け始める。

 必死に瓦礫を退け続ける軍用ナイフを持ったメイドだったが、そんな生にしがみつく努力も空しく、後ろから迫るシルフィーナの巨大な指の前には無力だった。

 その巨大なシルフィーナの親指と人差し指が軍用ナイフを持ったメイドを摘まむ。

 万力のごとき圧力で締め付けられ、軍用ナイフを持ったメイドの身体からパキパキと何かが折れる音が立て続けに響く。


「ギアァァァァアアアアッ!」


 あまりの激痛に絶叫する軍用ナイフを持ったメイド。

 手に持った軍用ナイフで必死に巨大なシルフィーナの指を刺すも、全然刃が通る様子がなく、そのまま王城の外へと連れていかれてしまった。

 軍用ナイフを持ったメイドの辺りが王城の外の景色に変わり、そこで初めて大まかな状況を理解した。 


 先ほどまで命を狙っていた王女様が、その美しい姿そのままに王城より巨大な巨人になっていたのだ。

 軍用ナイフを持ったメイドとしては、今回の任務は潜入方法は難問だが始末することは簡単だと思っていた。

 しかし、その考えが甘かった事を、今更知る。

 その巨大で美しい顔に睨まれ、もう任務の事など忘れた様子で軍用ナイフを持ったメイドは言う。


「ひっ! ゆ、ゆるしてッ! 貴女を狙った事は謝るわ! だ、だからッ!」


 軍用ナイフを持ったメイドを摘まむ巨大なシルフィーナ。

 そんな巨大なシルフィーナの足元では騒ぎに気が付いた王城の者たちが何が起きているのかと王城の通用口から飛び出た結果、そこは巨大なシルフィーナの足元。

 巨大なシルフィーナの足元では既に沢山の人々が踏みつぶされていた。

 何気なしに足を動かす毎に、逃げ惑う足元の人々を五人は一纏めに踏みつぶす。


ズッドォォォォン! ブチプチプチプチ!

ズドォォォォン! ブチブチブチプチュ!


 巨大なシルフィーナの足元には野次馬として来た人々の死骸で埋め尽くされ、その景色を見に来た人が、更に踏みつぶされる地獄。

 もう巨大なシルフィーナの足元には無数の赤い血溜まりに浸かるペシャンコの死体が所せましと地面に張り付いていた。

 そんな足元で地獄を作っている事に気がつかないシルフィーナは、指を軽く締め、激痛に絶叫している軍用ナイフを持ったメイドに言う。


「ギアアアアァァァァアアアアッ!」

『安心してください、殺しはしません。あなたは衛兵に突き出しますので』


 そう言葉を投げかける巨大なシルフィーナだったが、指の中の軍用ナイフを持ったメイドは絶叫で聞こえている様子は無かった。



――――【あとがき】――――



・シルフィーナ様、生まれて初めての大虐殺!

 どうでしたか? 自分は書いていてメッチャ楽しかったです!


・この話を楽しんで頂けたなら、★レビューをお願いします!

 小説最新話の下部か、小説トップページの下部から★レビューを送れます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る