第八話 『ドロシーのスキル練習』
弓を持ち、三つの的を眺めているであろうドロシーを背後から見守る。
そんなドロシーに、私の横に立つドルガは聞く。
「スキルの使用方法は覚えているか?」
「お、おぼえていますわ!」
ドルガの問に、ドロシーは肯定する。
そんなドロシーにドルガは聞いた。
「なら、言ってみろ」
真剣な声色のドルガ。
スキルには、起動方法が存在する。
その起動方法を知っていないと、スキルは使用できない。
ドロシーは緊張した様子で答える。
「はい。魔力を体に巡らせて、スキル名を宣言…… ですわよね……?」
ドロシーの少し自信が無さげな回答に、ドルガは満足そうだ。
「ああ、そうだ。それで合っている」
ドルガの言葉に、ドロシーは一安心といった様子で息をつく。
そうなのだ。
ドロシーの言葉の通り、スキルは魔力を体に巡らせ、その状態でスキル名を宣言する必要がある。
それこそが、スキルを使用する上で、絶対に必要な起動方法の手順だった。
私も巨神族としての勉強の際、勉強係の伯爵夫人から聞いた時、そんな具体的な起動方法があったことに驚いたものだ。
目の前のドロシーは三つの的に向け、弓を構える。
そうして、自身のスキル名を宣言した。
「スローモー!」
そう自身のスキル名を宣言したドロシーは的の一つを狙い、連続で三つの的に矢を放った。
ズダダダン!
あまりにも速い連射。
やっぱり私が思った通りのスキルだったようだ。
横のドルガを見ると、そのドルシーの早い連射に、驚いた顔をしている。
ドルガは言う。
「な、なるほど…… これがスローモーというスキルか……」
「ええ、自身の体感時間を加速させ、結果的に周囲の時間の流れが遅くなる。その結果、素早い連射を行いながらも精密に的を射抜いたり、相手の剣を見た上で最適解の動作で反撃できる。それがスローモーです」
ドルガの驚きに私は言う。
そう、これこそが思った通りのスローモーのスキルだ。
私が知っているスローモーだと見込み、この三つの的を射る練習をドルガに進言したこと、まったくもって正解だった。
感心する私たちに、ドロシーは振り向き不安そうに言う。
「わ、私、なにか変わっていましたか……?」
そんなことを言うドロシーに、ドルガは不思議そうに言う。
「何か変わっていましたかって…… あんな連射を見せて何を言っているんだ」
「へっ? 連射? 連射ですか……?」
ドルガの返答に不思議そうなドルシー。
自分は何も変な事はしていないと言いたげなドルシーにドルガは困惑する様子だった。
ああ、自分では周りの変化に気が付いていないのか。
確かに的は移動している訳じゃないし、私たちは後ろに居る。
だからこそ、周囲がスローモーションになっている事をドロシーは気が付いていないのではなかろうか。
不思議そうな様子のドロシーに困惑するドルガ。
そんなドルガに言う。
「おそらくですが、ドロシーはスキルを使用した際の周囲の変化に気が付いていないのではないでしょうか」
「……どういう事だ?」
「何度も言いますが、スローモーは結果的に周囲の時間の流れが遅くなるスキルです。おそらく、この周囲にある物体は動きませんし、私たちも後ろにいます。多分ドロシーは自身の周りの変化に気が付いていないのかと」
「なるほどな……」
そういうわけで、必要なのは動く的だ。
動く的に対して弓で射撃させれば、自身のスキルの内容に気が付くことだろう。
ドルガに、そう進言する。
「ですので、動く的や空中を飛ぶ的などを用意したら、ドロシーも自身のスキルの内容に気が付くと思います」
「確かに、そうだな。 ……いや待て、空中を飛ぶ的 ……か。なるほどな。スローモーの神髄は、そこか」
私の言葉に、ドルガは何かに気が付いた様子で、そう答える。
……ああ、さすがドルガだ。
気が付いたか、スローモーの最大の特徴に。
そう、スローモーは動く的や飛ぶ的に対して、信じられない速さで的確に命中させ、まるで前世のシューティングゲームのオートエイムのような動きで敵をバッタバッタとなぎ倒せる。
それこそがスローモーというスキルの真の姿なのだ。
その神髄に気が付いた様子のドルガは、近くにあった小さめの盾、バックラーを持ち、ドロシーに言う。
「ドロシー、俺がこれを投げるから、お前はスキルを使用して――」
カーン…… カラーン…… カーン……
ドルガが、そうドロシーに練習の内容を説明しようとした時、王都に鐘の音が鳴り響いた。
これは…… たぶん三時の鐘か。
その鐘をぼんやり聴いていると、ドルガは襟を正した様子で言う。
「しかたない、三時の礼拝の時間だ。続きは後で説明する」
「仕方ないですわね…… 続きは礼拝後です……」
ドルガの言葉に、そう残念な様子でドロシーは納得した。
意外だ。
あのドロシーの事だから、駄々をこねて礼拝を無視してスキルの練習をすると思っていたのに、すごく素直じゃないか。
いったいどうしたのだろう。
「どうしたのですドロシー。私、てっきり貴女なら駄々をこねて練習を続行すると思っていましたのに」
私の言葉に、どこか焦った様子でドロシーは言う。
「さ、流石の私も礼拝は欠かせませんわよ!? そんな事、恐ろしくてできませんわ!」
ドロシーの言葉に、ドルガも続く。
「さすがに礼拝は欠かせん。礼拝に参加しないなぞ、そんな恐ろしい事はできませんからな」
必死な様子の二人。
いったい、どういう事なのだろうか。
「恐ろしい事……? 礼拝に参加しない事が、恐ろしい事なのですか?」
そんな二人に問いかける。
私の様子を見て、信じられないと言った表情の二人。
しばらくして、私を見ていたドルガは、なぜか納得した様子で呟いた。
「そう…… でしたな。どれだけ優しくても、シルフィーナ殿下は巨大化スキルを持った巨神族…… そもそもが女神様の卵であるから礼拝など不要、という事か」
ドルガの言葉に、ドロシーは溜息をつく。
「はぁ…… なんだかんだ言って、シルフィーナ様は将来の女神様、という事ですわね……」
そんな様子の二人。
ちょ、ちょっと、いったいどうしたの。
二人して勝手に納得しないでほしいのだけど……
私の様子を見てか、ドロシーが言ってくる。
「礼拝というのはですね、シルフィーナ様。私たちには欠かせないものなのです」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、そうですとも」
私の言葉にドロシーは肯定し、何かを諦めた様な、そんな独特な面持ちで続けた。
「なんたって私たち、女神メルナ様の奴隷で、気まぐれで生かされているだけの虫けらですもの。命乞いの為の礼拝を怠るなんて、恐ろしくてできませんわ」
静まり返り、どこか冷たい風が過ぎ去る。
ドロシーの言葉に、私は何も言えなかった。
○○
目の前に広がる景色は隷属教会に引けを取らない程の豪華で異質な内装。
ルガンダラ家の屋敷の一室に、こんな礼拝所があったなんて驚きだ。
礼拝所の長椅子の一番後ろの席の端に座る私の目の前では、スキル講習を受けていた沢山の子供たち、それとその親御さんと、この屋敷のメイドや執事や様々な使用人たちが、必死に女神メルナ像の前で天を仰いで祈りを捧げていた。
「ああ、世界を統べる女神メルナ様。我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております。どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます」
「世界を統べる女神メルナ様…… 我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております…… どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます」
「世界を統べる女神メルナ様……ッ! 我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております……ッ! どうか……ッ! どうか明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます……ッ!」
様々な人の女神メルナ様に祈る言葉が礼拝所に響き渡る。
そんな人々に混じる、ドロシーの姿。
必死に天を仰ぎ祈るドロシーの姿が目に焼き付く。
女神メルナ像に必死に祈るドロシー、それをただ眺めて他人事の私。
ああ、結局は私、女神様の卵ってことね……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます