第六話 『スキル講習は男爵家の屋敷にて』


 起床しネグリジェからドレスに着替えた私は、ダイニングでお父さま、お母さまと朝食を摂っていた。

 お父さまは皿の中の目玉焼きをフォークで切りながら私に言ってくる。


「今日はルガンダラ家のスキル講習に行きなさい」

「へっ……?」


 驚く私に、お父さまは何かを思い出したように言う。


「あぁ、シルフィーナには説明していなかったか。代々王家や貴族の子供は、ルガンダラ家のスキル講習で自身のスキルを練習するのだ」


 そう言ってお父さまは目玉焼きを頬張った。

 それにしても、ルガンダラ家でスキル講習があるのか。

 ルガンダラ家と言えば、ドロシーの家だ。

 つまり、今日はドロシーに会うという事。

 ドロシー…… 巨神族になってしまった私でも、まだ友達と言ってくれるのだろうか。

 やがてお父さまとお母さまは朝食を食べ終え、お父さまは「さあルナティア、行こうか」とお母さまを連れ、私に言う。


「じゃあ俺たちは朝食後の礼拝に行ってくるから、シルフィーナはメイドたちが来るまで自室で待っているようにな」


 そう言ってダイニングを去っていくお父さまとお母さま。

 お母さまは私に挨拶をすることも無く、私の前から消える。


「お母さま……」


 巨神族になってしまったあの日から、お母さまは目に見えて私を避けるようになっていた。

 私から話しかけても、どこか怯えた様子で私の相手をするお母さま。

 そんな変わり果てたお母さまの様子に、次第と距離も遠くなっていってしまった。

 

 

○○



 暖かな日の光が馬車の窓から入ってくる。

 王族用の馬車に揺られながら、ドロシーの実家であるルガンダラ家の屋敷に向かっていた。

 人通りが少なくも和気あいあいとした貴族地区が過ぎ去る様子を窓から眺める。

 あの信じられない話だった教えの儀。

 あれ以来、世界の見え方が一変したような気分だが、それでも馬車の窓から見える景色は祝福の儀より前の、あの何も知らなかった頃と何も変わらない。


 カラカラと地面を転がる車輪の音を聞きながら窓の外を眺めていると、次第に見知った建物が見えてきた。

 美しい建物と、奥に見える広大な庭。


「あれがルガンダラ家の屋敷、いつ見ても庭が大きいわよね」


 あの広大な庭でドロシーと駆けっこで遊んだっけ。

 すごい大きな庭だなぁと思っていたが、今にして思うのは、ルガンダラ家は貴族の体育系の教育を受け持っているからなのだろう。

 そうして馬車がルガンダラ家の屋敷の前で停車し、馬車の扉が開く。

 タラップが置かれ、それに足を下ろしてスタスタと降りると、屋敷の入口からドロシーが来た。

 ドロシーは私を見るや否や、目に涙を浮かべて抱き着いてくる。


「シルフィーナ様! ああよかった! 私の知っているシルフィーナ様ですわ!」

「ちょっと、いったいどうしたのですか」


 私の言葉なんか気にも留めず、私をぎゅうぎゅうと抱きしめるドロシー。

 やがてドロシーは満足したのか、私を解放する。

 本当にどうしたんだろう。

 そんな私にドロシーは言った。


「私、シルフィーナ様が世界を支配する女神様の卵になったなんて聞いて…… 優しいシルフィーナ様が怖い人に変わってしまってたらと思うと、私心配でしたのよ……」


 そう言うドロシーは目に涙を浮かべている。

 なるほど、どうやら心配していたのは、私だけではなかったみたいだ。

 このドロシーも、私の事を思ってくれていたみたい。

 ドロシーに言う。


「私だって、ドロシーに嫌われたらどうしようと悩んでいたのですよ? でも、ドロシーは私の知っているドロシーで安心しました」

「嫌うなんて有り得ませんわ! 私にとって、シルフィーナ様はどんな種族になろうともシルフィーナ様ですもの!」


 そういうドロシーに私は、つい笑みがこぼれた。


「ふふっ」

「な、なにを笑っているのよ!」

「いえ、悩む必要なんてなかったんだな、と思いまして」


 そう言ってドロシーの肩を掴み、プリプリ怒っているドロシーに言う。


「さあ、行きましょう。あなたのスローモーも練習できる筈ですよ」


 私の言葉にドロシーは機嫌をすぐに治し、喜んだ様子で言ってくる。


「もしかして、私のスキルの練習に付き合ってくれるのですの!?」


 そう嬉しそうに言うドロシー。

 どういう事なのだろう。

 別にスローモーなんて練習が必要なスキルなのだろうか。

 私が知っているスローモーは、超集中や自分だけが加速することで周囲がスローモーションになった状態で、一方的に攻撃できるという内容な筈で、特にこれと言って練習する必要も無いと思うのだが。

 喜ぶドロシーに聞く。


「ドロシーのスキル、確かスローモーでしたよね」

「はい! そうなのですわ! でも……」


 私に答え、そして言葉を詰まらせるドロシー。

 そんなドロシーは何処か残念そうだ。

 どうしたんだろう。

 ドロシーはため息交じりで言う。


「スキルの発動は練習済みで、スキル自体は発動するのですが、特段なにも起こらないのですよ」

「何も起こらない?」

「ええ、何も。火が出たり雷が出たりなんてことも無く、かといって身体能力が上がった感じもしないですし」


 なるほど、そもそもスローモーの概要をしらないからこそ、自身の変化に気が付いていないってことか。

 落ち込むドロシーに言う。

 

「細かい事は練習の時に言いますから、とりあえず中に入れてもらえませんか」

「ええ! スローモーを知っているシルフィーナ様が来たからには! 私のスキルの練習がやっとできるのですわ!」


 そう言って、私の手を掴み、ぐいぐいと嬉しそうに引っ張るドロシー。

 そんなドロシーに連れられ、屋敷の中に入った。

 ドロシーの案内で廊下を歩き、そして庭に出る。

 相変わらずの広大な庭には、着立ての良い服を着た貴族の子供たちが、講師と一緒に各々のスキルの練習をしていた。

 とある場所では電撃を的に撃っていたり、とある場所ではレンガを浮かせていたり、とある場所ではやたらと脚が速い子供が居たり。

 そんな様子を眺めていると、ドロシーに手を引かれる。


「さあ、シルフィーナ様! あちらへ行きますよ!」


 そう言うドロシーに連れていかれた先は、スキルを練習する子供たちから離れた場所。

 そこに待っていたのは、ドロシーと同じ栗色の短髪と栗色の瞳をした、いかつい顔の中年男性のドルガだった。

 彼はドロシーの父親であり、このルガンダラ家の当代当主の筈だ。

 ドルガはドロシーを見て言う。


「おお、来たかドロシー。して、そちらの御方は…… ッ!?」


 私を見て驚き緊張した表情をするドルガ。

 そんなドルガにドロシーは言う。


「シルフィーナ様もお連れしましたわ! 聞いてくださいなお父さま! シルフィーナ様ったら、私のスローモーを知っているそうですわよ!」

「そ、そうか……」


 ドロシーの言葉に、そう返すドルガ。

 ドルガは私を見て、どこか緊張した面持ちで言った。


「お久しぶりでございますな、シルフィーナ殿下」

「ええ、お久しぶりです。ドルガ殿」


 ドルガの挨拶に返す。

 私の挨拶を見てドルガは、しばし私を見つめる。

 ど、どうしたのだろうか。

 しばらく見つめていたドルガだったが、何かに安心した様子で溜息を吐いた。


「お変わりないようで安心しましたぞ」

「え、えぇ…… 私の方は変わりありません」


 私の言葉に、ドルガは言う。


「いえ、世界を支配する女神様の卵になられたと聞いておりましたからな。様子も変わったりしたのかと思っておりましたが、お変わりないようで安心した次第ですぞ」

「ああ…… そういう……」


 ドルガは、娘のドロシーと全く同じ心配をしていたようだ。

 この様子だと、もう本当に全貴族に知られていると思ったほうがいいかもしれない。

 私はドルガに笑みを浮かべる。


「別に私に変わりはありません。確かに巨神族になってしまったそうですが、いつだってシルフィーナ・ルナリアであることは変わりませんよ」

「そうですか……」


 私の言葉に、瞳を閉じるドルガ。

 やがてドルガは閉じた瞳を開けると、言った。


「さあ、シルフィーナ殿下。スキル講習を始めますぞ」


 

――――【あとがき】――――


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