第五話 『大虐殺の女神様』


 あまりにも広大な空域を誇る巨大で綺麗な部屋の中、桃色のウェーブかかったロングヘアをした桃色の瞳の、途方もなく超巨大な十八歳程の美女がいた。

 広大に広がる黒いゴシックスカートに、圧倒的な大きさの白いシャツを着た上半身。

 その白いシャツの上ボタンを外し、恥ずかしげも無く見せびらかすように襟元を広げた爆乳はズドップンと広大な空域を支配しているようだ。

 そんな途方も無く巨大な十八歳ほどの美女、女神メルナは、その広大なティーカップを口にしながら自身のイヤリング越しに言葉を広大な空域に向かって響かせた。


『へぇ、新たな巨大化スキル持ちの巨神族が…… ね』

「左様でございます女神メルナ様、どういたしましょう」


 女神メルナの巨大なイヤリングからは男性の声が響き渡る。

 そのイヤリングから聞こえた男性の質問に、女神メルナは嬉しそうに言う。


『どうもなにも、楽しみじゃない。ああ、はやく私の家族として迎え入れたいわ』

「左様でございますか」


 イヤリングから聞こえる男性の声に満足そうにうなずき、その途方もない程に広大な空域を支配する爆乳を揺らし、巨大なティーカップを更に広大なテーブルのうえのソーサーに置く。

 その圧倒的なティーカップの質量は、爆音を響かせた。


ドズゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウン!


 ティーカップをソーサーに置くだけで、この衝撃。

 そのティーカップの周囲で作業をしていた者たち五万人と、周囲の空域を飛んでいた何千もの大型飛空艇が衝撃で吹き飛び跡形もなくなる。

 ただティーカップをソーサーに置く。

 それだけで軽く五十万人は死んだ。


 そんな大虐殺なんて気が付く様子もなく、メルナはテーブルに両肘をついて手を包むと無数の飛空艇が腕に巻き込まれ、追加で二十万人が弾け飛ぶ。

 女神メルナは心配そうな声色でイヤリング越しに男性の声に言う。


『……でも間違って踏みつぶしでもしたら大変ね。なんとかしてくれない?』

「なんとか、とは?」

『それは、ほら。その娘が居る場所の周囲を分かりやすく囲ってね、私にわかりやすくしてほしいのよ』

「なるほど、そうですな。わかりました、関係機関に通達致しましょう」

『よろしくね』


 イヤリングから聞こえる男性の返答に満足そうな女神メルナは立ち上がり、その圧倒的に広大な部屋を簡単に歩いて巨大な本棚に向かう。

 身体が動くだけで轟音が響き、足元から耳をつんざく巨大な破壊音を響かせた。


ズドドドドドドドド! ズッドォォォォォォォォオオオオオオオオン!

ズドドドドドドドド! ズッドォォォォォォォォオオオオオオオオン!


 その途方もない程に巨大な白いシャツに包まれた上半身が、その空域に居た無数の飛空艇を跳ね飛ばし、足元では信じられない程の人々を踏みしめる。

 ただ本棚の本を取りに行っただけ。

 それだけで女神メルナは矮小な一千万人の人々を殺戮した。

 本棚の本を物色しながら女神メルナは言う。


『それにしても、対等な相手と話せるのは久しぶりね。ロナウド以来かしら。楽しみだわ』


 そんな女神メルナの独り言を聞いていた、途方もなく巨大なベッドの清掃をしている巨大な飛空艇のコックピット内にいる通信士。

 彼は周りの同僚に聞こえない程に小さく呟く。


「何てことだ…… 上に報告しないとな……」


 通信士は静かに言うと、手元に隠した特殊な通信装置で何かのモールス信号を飛ばす。

 その飛ばされた魔力波は静かに空を漂っていった。



○○



 王城の王族区画の一角、由緒正しい勉強部屋で、窓から差し込む午前の日の光を浴びながら、私は勉強係の伯爵夫人の話を聞いていた。


「――ですので、女神メルナ様の前には暗黒の輪の真理教などという邪教なぞ取るに足らぬ存在だったのです」

「ふぅん…… 破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトですか…… それは、女神メルナ様が降臨なされる前までは、どれほどの脅威だったのですか?」

「ええ、よくぞ聞いてくれました。その破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトですが、女神メルナ様が討伐なされる更に五百年程も前に、一度復活したのです。その時は完全体ではありませんでしたが――」


 この伯爵夫人は博識な事で有名だが、本当に何でも答えられるようだ。

 今聞いているのは、およそ千年ほど前に世界を破壊しかけたと言われる破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトという、もう口を噛みそうな程の名前のドラゴンについて。

 なんでも女神メルナ様が降臨なされる前の更に五百年前に、世界を滅ぼしかけたらしい。

 そんな邪龍を、今の女神族になる前、巨神族の頃の女神メルナ様は、さも雑魚を相手にするかの様に簡単に縊り殺したという。


 ひぇ…… 女神メルナ様…… こっわ。


 まあ、凄く強いドラゴンが居た、という話はともかく、その破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトなんていう嚙みそうな名前に関しては明日には忘れている事は容易に想像できる。

 私の頭は鳥頭なのだ、そんな難しい単語、長期記憶で覚えていられる筈がない。

 まあでも、歴史勉強で本当に必要なのは詳細な内容の暗記ではなく、その際に何が起き、どんな結果をもたらしたのか、だ。

 この話で覚えておくべきは、最終段階の巨神族は、簡単に世界を破壊する邪龍さえ縊り殺せてしまうという事ぐらいか。


 ……女神メルナ様のそれ、本当に今の私と同じ巨神族ですかー?

 絶対に違うと思う。

 どんなに考えても、私が世界を破壊する程の邪龍を縊り殺すなんて、そんなの想像つかない。

 こんなパッとしない私が、世界を滅ぼす邪龍を縊り殺すなんて、あるわけ無いよ。

 

 今更だが、この場で女神メルナ様の武勇伝を聞いている理由だが、それはもちろん私が巨大化スキル持ちの巨神族だからだ。

 お父さまの意向で、これから女神様になっていくであろう私の為に、せめて最低限の実用の知識を身に着けさせようと博識の伯爵夫人が勉強係に任命された。

 女神メルナ様がどんな軌跡を辿って女神族になるに至ったか、巨大化のスキルを持った巨神族としての最低限の実用の知識などなど。

 そんな今の私に必要であろう知識を勉強している。


 この伯爵夫人も私が巨大化のスキルを持った巨神族であることは知っている。

 ていうか、貴族の人々には、もう殆どに知れ渡っているだろう。

 私の中で、一人の少女の姿が頭によぎる。


 ドロシー…… 貴女は未だ、私を友達と思ってくれる?


 隷属教会で見せた、あの涙を流しながら絶望した表情のドロシー。

 あんな表情で見られたら、立ち直れるだろうか。

 そんな心配が、私を支配する。

 私の様子を見てか、伯爵夫人が言う。


「シルフィーナ殿下? 聞いていますか?」

「……ぁあっ。すみません」

「まったく、すぐに何かを思いつめた様子になるのは殿下の悪い癖ですよ」


 そう言って伯爵夫人は厳しい顔になる。


「何を思い悩んでいるのか知りませんが、今は私の授業に集中してください」

「は、はい……」

「よろしい。では――」


 伯爵夫人の授業は続く。

 頭を振り払い、ドロシーの事はいったん忘れるのだった。


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