第四話 『世界を支配する女神メルナ様』
いつも乗る馬車とは比べ物にならない程には小汚い貨物用の馬車の中で、サスペンションが弱い馬車に不慣れそうな周りの子供たちを眺める。
ここには貴族の子供しか乗っていなく、私の横で揺れに耐えるドロシーも不愉快そうだ。
あの後、あの応接室で何度も鑑定をやり直したが、私の種族は巨神族としか鑑定装置は結果を吐き出さなかった。
将来の女神様だと確定したら化け物だとして牢に入れられ処刑されるのかと思っていたが、そんなことは無かった。
なんでも、そんな将来の女神様を処刑したなんて事があれば、女神メルナ様に大陸ごと国を更地にされるだとか、そう怯えた様子で神官たちは言っていたっけ。
この馬車に乗っている子供たちは呑気な顔をしている。
これから教えの儀の為に隷属教会に向かうわけだが、教えの儀を受けたら、この子供たちは耐えられるのだろうか。
ぼんやりと周りの子供たちを見ていると、横のドロシーが声をかけてきた。
「それはそうと、大丈夫だったのですか?」
「なにがですか?」
「ほら、何か凄い剣幕で連れていかれていったじゃないですの」
「あぁ、あれですか……」
確かに、私の腕を掴んだ神官の、あの時の表情は凄い剣幕だった。
まあでも、事情を知った今では仕方がない事だと割り切ってしまうほどには、女神メルナ様の話は凄くインパクトが大きかった。
横のドロシーの心配に答える。
「大丈夫でした。私は何もされていません」
「はぁ…… 良かったですわ。……にしても、なんですの!? あの神官は!? 王女殿下を相手に、とんだ無礼ですわ!」
そう私の為に怒るドロシー。
ほんと、私にはもったいないぐらいの親友だ。
そうこうしている内に、隷属教会に到着する。
馬車が停車し、子供にはあまりにも高い馬車の荷台に、降りるための梯子をかけられた。
梯子に手をかけ、滑るようにスルスルと降りる。
そんな私を見ていたであろうドロシーから呆れた声が馬車の中から降ってきた。
「まったく、陛下に似てわんぱく王女ですわよね」
「そう言われましても、梯子はこの降り方のほうが早いですもの」
「はぁーあ……」
呆れた様子で溜息をつくドロシー。
その様子は、なんだかお母さまみたいだ。
ドロシーは、そう言いながら梯子に足をかけ、降りる。
そして馬車の前に広がる建物を見て言った。
「ついに私たちも隷属教会に入るのですわね」
ドロシーの言葉に、私も隷属教会の建物を見る。
古の神の神殿とは対照的に、それはそれは物凄く一神教の教会といった様子の趣の建物だ。
入口の脇には数体の偉人の銅像があり、そのどれもが奴隷の首輪をつけた姿で祈っている。
そんな偉人の姿を見ながら、ドロシーは呟く。
「毎度見ても、本当にこの銅像は趣味が悪いですわよね」
「あははっ……」
ドロシーの言葉に乾いた笑い声しか出ない。
先に講義としての教えの儀を済ませてしまった私としては、なんとも言えない気持ちだ。
まさか全世界が女神メルナ様という超巨大な女神様の奴隷だなんて、今のドロシーは思いもしないだろう。
それから後続の馬車が続々と到着し、子供たちが馬車から降りてくる。
さて、早いところ良い席を取ろうか。
そういうわけで、隷属教会の扉を潜った。
隷属教会の中には沢山の長椅子が並び、美しい壁画が所せましと描かれ、豪華な装飾の柱に沢山のステンドグラス、そして奥の中央には大きな女神像があった。
あの女神像が、女神メルナ様の姿だろうか。
すごく美しい女性だ。
そんな隷属教会の美しい壁画で目立つのは、どれもが残酷な描写の数々ということ。
あちらにあるのは、命乞いをする世界の民と、それを虫けらを見るような瞳で眺める女神メルナ様の姿。
そしてあそこにあるのは、小さな人々の首にかけられた奴隷の首輪から伸びる鎖を引っ張り持ち上げ、つるし上げている女神メルナ様の姿。
その横では巨大な脚で人々を踏みつぶす女神メルナ様の姿。
何も知らない子供が見ると、その異質な雰囲気に怯える事間違いなし。
事実、私の横に来たドロシーを見るも、その残虐な雰囲気の壁画の数々を見て怯えた表情をしていた。
ドロシーが言う。
「な、なんなのですの……? この場所はなんなのですの……? ここ、本当に隷属教会なのですの……?」
そんな怯えた様子のドロシーに構わず手を掴んで言う。
「さあドロシー。これから沢山入ってくるから、先に良い席を確保しますよ」
「ちょ、ちょっとシルフィーナ様!? 隷属教会って、ここで合ってるのですの!? 私たち邪教の神殿に間違って入ってしまったのではなくて!?」
そう言いうドロシーを連れて、沢山並ぶ長椅子の一番後ろの端に座る。
やっぱり最後尾の端はロマンだ。
ほんと、こんな王女になっても陰キャ丸出しの感性な自分に悲しくなる。
何があっても人の本質はそう変わらない、なんて言った前世の偉人がいた筈だが、本当にその通りだ。
そんな事を思っていると、横のドロシーが不安そうな様子で言う。
「ねぇシルフィーナ様。ほ、本当にここが隷属教会なのですの……?」
「ええ、その筈ですよドロシー」
「で、では、この悍ましい絵の数々は何なのですの……? 大きな女の人が人々を虐げている絵しかありませんわよ……?」
「あの大きな女性は、たぶん女神メルナ様かとおもいます。女神メルナ様の詳しい話は教えの儀で行われる筈です」
私の言葉に、驚いた様子のドロシー。
子供にとって、女神メルナ様は大人たちしか知らない謎の名前。
そんな謎の名前を知っているなんて、それは驚くか。
まあ私も知ったのは、ついさっきなんだけど。
驚いた様子のドロシーに言う。
「私、ちょっと訳あって、あの神殿で先に教えの儀を済ませてしまったのです。それで女神メルナ様の話も、そこで教えてもらいました」
「そ、そうなんですの…… それで、どんな内容だったのです?」
「それは教えの儀の内容なので言えません。 ……それに、知らない方が幸せなことを、わざわざ私の口から言うのも、どうかなと思います」
そう言う私に、少し怒った様子のドロシー。
ドロシーは不満そうに言う。
「むーっ! 先に教えの儀を済ませた上に、大人と同じ事を言ってますわー! その女神メルナ様って、いったい何ですのよー!」
「ふふっ」
そう不満を言うドロシーに、つい苦笑が洩れる。
こう言っては何だけど、知らぬが仏って、本当にそうだと思う。
……それにしても、ドロシーは女神メルナ様の話を聞いて、どんな反応をするのだろうか。
優しいドロシーには、きつい話だとは思う。
まさか、全世界の民は女神メルナ様の奴隷であり玩具であり、気まぐれで簡単に殺される虫けら以下の存在だなんて、今のドロシーは思いもしてないだろう。
○○
女神メルナ様の像の前で説法をする牧師の前には、子供たちが啜り泣く声が聞こえる。
最後尾に座った私に見えるのは、怯えた様子で肩を震わせる子供たちの姿。
まあ、こんな残酷な世界の真実を聞いて、心穏やかでいられる子供は少ないだろう。
横のドロシーの肩に手を回し、ギュッと寄せる。
ドロシーは瞳に涙を浮かべ、怯え絶望した表情で牧師の言葉を聞いていた。
やがて牧師は説法を終え、子供たちに祈りの言葉を教え始める。
「みなさん。私に続いて、祈りの言葉を復唱してください」
牧師の言葉に、なにも返さない子供たち。
そんな子供たちに構わず、牧師は言う。
「世界を統べる女神メルナ様」
「「「せ、せかいをすべる女神メルナさま」」」
牧師の言葉に、怯えた様子で復唱する子供。
横のドロシーも小声ながら復唱している。
「我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております」
「「「われらわただ、あなたのきまぐれでいかされております」」」
「どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます」
「「「どうか、あしたもいかしていただきますよう、おねがいもうしあげます」」」
そう復唱し終えた子供たちからは、もう泣き声が聞こえてきている。
横のドロシーからも、啜り泣く声が響く。
「ううっ…… ひっぐ……」
そんなドロシーを静かに見守る。
ドロシーの肩をさすっている、そんな時。
ふと地震を感じた。
規則正しく揺れる、小さな地震。
ズン…… ズン……
そんな地震は、次第に大きくなっていく。
子供に説法をしていた牧師は隷属教会の入口に飛び出し、空を仰いだ。
な、なんだろう……
そんな私の疑問に答えるように、牧師は叫んだ。
「おお、女神メルナ様だ! 女神メルナ様だ!」
そう言って空を仰ぐ牧師は、先ほどの祈りを捧げ始める。
私は立ち上がって入口に向かい、そこから空を見上げた。
そこにあった光景。
それは美しくも信じられない程に巨大な女神様だった。
黒くゴシックなスカートを穿き、白いシャツでその大きな爆乳を覆う、桃色のウェーブかかったロングヘアの十八歳程の超巨大な美女。
何気なさそうに辺りを見回す瞳は、桃色の瞳だった。
美しく、そして途方もない大きさの美女が、世界に轟音を響かせながら、左から右へ歩いていく。
そんな光景に、気が付けば独り言を呟いていた。
「あれが…… 女神メルナ様」
その姿は、まさに世界を支配するにふさわしい程に圧巻で、圧倒的だった。
町の住人達が必死に女神メルナ様に祈っている。
「ああ、女神メルナ様!私はまだ死にたくありません!」
「女神メルナ様!我らを踏みつぶさないでくだされ!」
「ワシはまだ、まだ生きていたいのじゃ女神メルナ様!」
「そのまま我らを見過ごしてくだされ女神メルナ様!」
そう言いながら天を仰ぐ人々。
女神メルナ様は、あれほどの大きさだ。
私たちなんて気が付かれる事も無く、踏みつぶされるだろう。
あの足元では、いったい一歩で何万人…… いや、何億人が死んでいるのだろうか。
いつの間にか横に来ていたドロシーが呟く。
「あれが女神メルナ様…… 私たち、本当に虫けらですわね……」
女神メルナ様の轟音にドロシーの呟きがかき消される。
祝福の儀を行った神殿で受けた私だけの教えの儀。
その昔、女神メルナ様は今は無きとある帝国の公爵令嬢で、祝福の儀で巨大化のスキルを貰い、種族が変化したという話。
つまり、あれが巨大化のスキルを持った巨神族の辿り着く姿。
……私、あんな存在になっちゃうの?
過ぎ去る女神メルナ様の姿から、目が離れてくれない。
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