第三話 『新たな女神様の卵』
綺麗な応接室のソファーに座り、シャンデリアをボケーっと眺めていると、応接室の扉の奥から沢山の足音が響いてくる。
忙しない様子の足音たちが応接室の扉の前で止まり、バタンッと扉が勢いよく開くと、そこに居たのは神官を後ろに控えた、深刻な顔をしたお父さまとお母さまだった。
お父さまが不安そうな声で言う。
「ああっ、聞いたぞシルフィーナ……! 巨大化のスキルを得てしまったんだってな……!」
「ええ、そのようですが…… それが、どうかなさいました?」
「それがどうしたって…… そうだった、シルフィーナは祝福の儀を終えたばかりか。隷属教会の教えの儀も済ませてないんだったな」
私の言葉に、なぜかお父さまは納得した様子を見せる。
隷属教会の教えの儀といえば、あれか。
祝福の儀を済ませた子供は、神殿の前に停車している指定の馬車に乗り、その馬車で隷属教会に行く予定だったっけ。
そこで教えの儀という一種の講習を受ける事は聞いていたけど……
お父さまの後ろから神殿の神官を掻き分け、別宗教の神官が現れた。
たしか、あの姿は隷属教会の牧師さんだった筈だ。
隷属教会か……
子供の内は隷属教会に入る事は無く、大人たちが熱心に教会で何かを祈っている姿を見るぐらいで、そこで何が行われているのかは知らない。
私を含めた、この世界の子供にとって、あの場所は大人たちが入る聖域であり、今日あった祝福の儀の終わりに隷属教会で受ける教えの儀が、人生で初めての隷属教会での行事だ。
その教えの儀を受けて、初めて大人の仲間入りするという、この世界の社会通念があるのだけど……
先ほどのお父さまの言い方は、その教えの儀と私の巨大化、何か関係があると言いたげな様子だった。
どういう事なのだろう。
そんな疑問だらけの私を他所に、目の前に来た隷属教会の牧師さんは、私が座るソファーの前のテーブルにゴトンと、木の板に水晶が乗った何かの装置を置く。
中央に水晶が置かれ、その水晶の周りに魔方陣が張り巡らされた、そんな変わった装置だ。
なんだろう、これ。
「お母さま、これは何でしょうか?」
お父さまの横で不安そうな表情のお母さまは答える。
「鑑定装置よ。今からシルフィーナは鑑定を受けて、種族の確認をするのよ」
「種族の確認…… ですか? 私はお母さまの娘ですよ? なので人間の筈ですけど」
「ええ、分かっているわ。私が腹を痛めて生んだ娘ですもの。当然、分かっているわ」
「でしたら、何故……」
私の疑問に、お母さまは黙り込む。
どういう事なのだろう。
私は種族の鑑定をするまでも無く、人間の筈だ。
そんな疑問を浮かべる私を見てか、お父さまが隷属教会の牧師に言う。
「牧師殿、種族の鑑定をする前に、このシルフィーナに教えの儀を行ってくれないか。今のままでは、シルフィーナは巨大化のスキルを得るという事の重大さを理解できないだろうからな」
「たしかにそうですが…… 本来は子供が大人になる上での神聖な儀式でもあります。陛下、本当によろしいので?」
隷属教会の牧師は、お父さまに問う。
その質問に、お父さまは答えた。
「それについては大丈夫だ。この鑑定を終えてから、ちゃんとシルフィーナには隷属教会で儀式としての教えの儀も受けてもらう」
「左様でございますか。 ……わかりました。特別に教えの儀を、この場で行いましょう」
隷属教会の牧師はそう言うと、テーブルを挟んで私の前にあるソファーに座る。
そんな隷属教会の牧師は、私を見て真剣な表情で問い始めた。
「シルフィーナ嬢、今から話す話は、この世界の、あまりにも残酷な姿です。そんな残酷な世界の姿を知る心構えは出来ていますかな」
「……ええ、わかりました。心構えをしましょう」
私の返答に、隷属教会の牧師は、この世界の驚愕の事実を話し始めた。
それは、世の子供たちから夢も希望も生きる気力さえ奪う程の、残酷な世界の真実。
およそ五百年前、巨大な女神様が世界に現れたそうだ。
その女神様は、なんと大陸を片足で踏みつぶす程に巨大で、誰にも逆らう事が出来ない、そんな絶対的な力を持った存在。
そんな女神様の前には人類は無力で虫けら以下の存在だった。
女神様の名前は、メルナ。
人呼んで『世界の絶対的な支配者である女神メルナ様』というらしい。
今まで大人たちが女神メルナ様と言っていた存在は、世界を征服する巨大な女神様の事だったみたいだ。
この世界の王族から貴族、平民から農民に至るまで、あらゆる人々は、その巨大な『世界の絶対的な支配者である女神メルナ様』の所有物であり玩具であり奴隷。
女神メルナ様を楽しませる為だけに、人々は労働し、繁殖し、死んでいく。
巨大な女神メルナ様の前では、全ては塵以下の存在に成り下がる。
そんな女神メルナ様の気まぐれで踏み潰されない為に、人々は毎日、欠かさず祈りを捧げているらしい。
隷属教会の牧師は祈る。
「ああ、世界を統べる女神メルナ様。我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております。どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます」
そう言って両手を広げて天を仰ぐ隷属教会の牧師。
そんな世界の真実を聞き終えた私は驚きしかなかった。
つまり、あれか。
この世界は、女神メルナ様という絶対的な支配者に支配され、虫けらの様に踏みつぶされない事を祈りながら、女神メルナ様の奴隷として生きていくという、信じられない程の地獄の様なディストピア世界だったという事か。
そんな信じられないような世界の真相に驚いていると、隷属教会の牧師は改まった様子で言う。
「ここまでが教えの儀で十二歳の子供に伝える話なのですが…… 貴女には別の事も伝えないとなりません」
「へっ? ま、まだ何かあるのですか?」
「ええ、その巨大化のスキルの事です」
そう言って隷属教会の牧師は説明しだす。
なんでも、大陸を踏みつぶす程に巨大な女神メルナ様は、最初はそこまでの大きさではなかったそうだ。
女神メルナ様は、かつてはとある帝国の公爵令嬢だったそうで、祝福の儀で巨大化のスキルを手に入れた事が、この世界の地獄の始まりだった。
そう、つい先ほど男性のシルエットから受け取った巨大化のスキル。
その巨大化のスキルを手に入れた女神メルナ様は、なぜか種族が人間から巨神族に変わっていたらしい。
そうしていつしか種族進化を経て、女神族になるに至った。
……との事。
つまり、この話が本当なら、巨大化のスキルを得た私は、種族が人間から巨神族に変わっている可能性があるってことか。
そして、本当に巨神族になっていたら、将来は私も世界を支配する女神様になってしまう。
だからこそ、この鑑定装置で私の種族を今から鑑定する、という事。
目の前の隷属教会の牧師は言う。
「理解できましたかな、シルフィーナ様。今から貴女の種族を鑑定いたします」
そう言って、隷属教会の牧師は目の前の鑑定装置を弄り始める。
スイッチを色々弄り、やがて眩い光を放ち、その光は収まった。
「準備が出来ました、シルフィーナ様。どうぞ、この水晶に手を乗せてください」
言われるがまま、水晶に手を乗せる。
水晶は眩い光を放ち、やがて魔方陣が光りだした。
しばらくして水晶の光は収まり、隷属教会の牧師は装置の下から板を取り出した。
その板を見つめる隷属教会の牧師。
そんな様子に、お母さまが言う。
「どう、ですか……? 私の娘の種族は、どうなっていますか……?」
お母さまの言葉に、隷属教会の牧師は暫く黙っていたが、ゆっくりと答えた。
「ルナティア様。シルフィーナ様の今の種族は…… 間違いなく巨神族であります」
「そんなっ!?」
隷属教会の牧師の言葉に、崩れ落ちるお母さま。
今の私は、かつての女神メルナ様と同じ、巨大化のスキルを持った巨神族。
この応接室には沢山の人が居るのに、怖くなるほど静かだった。
――――【あとがき】――――
・女神シルフィーナ様の伝説が遂に始まりました!
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