第二話 『かのスキルに神官たちは恐怖する』


 一人、また一人と神官に呼ばれ、名前を呼ばれた子供が月の女神像の前に行っては跪き、しばらくした後に神官がスキル名を告げている。

 そのスキル名に一喜一憂する子供たち。

 神官の前に行く子供たちは、みんな緊張した面持ちだ。

 

 まあ、それもそうか。

 先ほどから冗談抜きで深刻なスキルを貰う子供も少なくないからだ。

 今の数人前の女の子は『娼婦のセンス』という、もう名前から水商売でしか生きられなさそうなスキルを貰ったり、その更に前の男の子は『精神拷問』などという、いかにも精神攻撃特化なスキルを貰ったりしていた。

 正直、どちらの子供も将来まともな職業に着けそうもない。

 

 そんな恐ろしいスキルも与えられる場面を何度か見ているからこそ、呼び出された子供たちの表情が硬くなるのも仕方がない。

 誰だってまともな仕事に就きたいのは当然だ。 

 特に女の子に至っては「あなたの将来は水商売しかありません。沢山の男たちに股を開く練習をしましょう」なんて言われた日には、そんなのどう生きればいいのかわからなくなる。

 私も今世は女の子として生まれた身。

 完全に他人事ではない。


 横に座るドロシーを見る。

 普段は楽観的で能天気なドロシーも、さすがにヤバいスキルを貰っている現場をたびたび見ているからか、全然余裕が無さそうだ。

 ……ドロシーも、こんな顔をする時はあるのか。

 そうこうしている内に、神官の声が響く。


「次、ドロシー・ルガンダラ! ドロシー嬢、あなたです」


 神官の声にドロシーは緊張した面持ちで立ち上がり、神官の前に行く。

 ドロシーが月の女神像の前に跪き、祈りを捧げている。

 しばらくして、神官が驚いた様子で言った。


「おおっ、これまた珍しいスキルじゃな……」


 神官がそう言うと、ドロシーは立ち上がり、不安そうな瞳で神官を見つめる。

 そんなドロシーの瞳に、神官は答えた。


「ドロシー・ルガンダラ! 其方のスキルは『スローモー』じゃ!」


 おおっ! すっご!

 スローモーって、名前からしてアレの筈。

 前世でよくやっていたFPSで有名な、あの時間がスローモーションになった感じになって、一方的に精密射撃や攻撃が出来るっていう、そのスローモーじゃない?

 良かったわねぇドロシー。


 しかし、ドロシーは浮かない顔だ。

 溜息交じりで私の横まで戻ってくる。

 

「はぁー…… よくわからないスキルを貰ってしまいました…… 多分ハズレのスキルですわよね……」


 そう言って落ち込むドロシー。

 全く、何を言っているのよ、このドロシーは。


「何を言っているのですか? スローモーですよ、スローモー! まるで英雄のような戦闘系のスキルですよ!」

「へっ……!? 戦闘系!?」


 私の言葉に驚きの声を上げるドロシー。

 驚きの表情で私に聞いてくる。


「シルフィーナ様、スローモーを知っていますの!?」

「スキルを知っている、というより、特殊能力の概念としてのスローモーを知っているといったほうが正しいですね」

「なんでもご存じなのですわね……」


 そう言うドロシーだが、別になんでも知っているわけじゃない。

 むしろ私には知らない事の方が多い。

 勉強、なんで転生しても苦手なのかなぁ……

 私の悩みなんてお構いなしにドロシーが聞いてくる。


「その、シルフィーナ様が知っているスローモーってなんですの?」

「……え? あぁ、スローモーね。気になるの?」

「ええ! とても! ……でも、戦闘系のスキルなのですよね? 少し怖いです……」


 そう言って不安そうになるドロシー。

 ドロシーは昔から、武術などを学ぶ事に抵抗を見せていたっけ。

 その割にはすっごい強いんだけど。

 そんな様子のドロシーに言う。


「別に火を出したり何かを壊すスキルじゃないですよ」

「そ、そうなのですか……? てっきり戦闘系とおっしゃってたので、派手な魔法みたいなスキルかと思ってましたわ……」

「そんなんじゃないですし、たぶんスキルの効果としては、すっごく単純で地味です」

「じ、地味……」

「でも、こと戦闘においては、まるで一騎当千の英雄みたいになれる、そんなスキルの筈です」 


 私の話を熱心に聞いているドロシー。

 そんなドロシーにスローモーの概要を説明しようとした時、神官の声が聞こえた。


「スローモーっていうのはですね、すr――」

「次、シルフィーナ・ルナリア! 王女殿下、月の女神様の前にお越しくだされ」


 神官の呼び出しに私は口をつぐみ、神殿の奥を見る。

 月の女神様像の横の神官が、私に手招きをしていた。

 ドロシーに向き直り、言う。


「続きは後で言います。私もスキルを貰ってきますね」


 ドロシーにそう言って長椅子から立ち上がり、月の女神像の前に行く。

 神官にお辞儀をしてから、相変わらず肌面積が多い月の女神像にもお辞儀をする。

 そして地面に跪き、祈る。


 しばらく祈っていると、思考の中に一人の男性が現れた。

 いや、男性らしきシルエットが、現れた。

 その男性は、嬉しそうに私に言う。


『おおっ! やっと次の転生者が来たか! 待ちくたびれたぞ!』


 そう言うと、男性は懐から大きな宝玉を取り出す。

 男性は宝玉を撫でながら言う。


『これで二人目だな。只でさえ一人の転生者でも大きな収益が続いているのだ。これが二人になれば、俺はどれほどの資産を手に入れるというのだ? 楽しみではないか!』


 よくわからない事を呟く男性は、手に持った大きな宝玉を、私に投げた。

 その宝玉は私の中に入り込み――

 横に居るであろう神官が言う。


「なんと! 大きな力を感じますぞ!」


 神官はそう言うと、私に手をかざす気配がする。

 しばらくして、神官は驚愕といった声を出す。


「な、なんて事じゃ……」


 な、なんだろう。

 神官のその反応、まさかハズレスキルを引いた?

 でも、あの男性はハズレスキルを渡した感じではなかったけど……

 てか月の女神様が出ると思ったら、男性が現れるの、何か意味深だったのに。

 そんな私の不安を他所に、神官は深刻そうな顔で言う。


「巨大化…… 巨大化のスキルじゃ……! シルフィーナ殿下が、巨大化のスキルを授かったッ!」


 その言葉に、子供たちは頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 いや、私も意味わからん。

 それ絶対にハズレスキルじゃん……

 なんで神官たちは、そんなに深刻そうに言うのさ。

 ……って、確かに一国の王女様がハズレスキルを引いたら、そら問題になるか。

 勝手に納得する私だったが、どうやら周りの神官たちの様子を見るに、そんな単純な話ではないらしい。


「何てことだ……! シルフィーナ様が、あの巨大化のスキルを……!」

「さ、更に…… 更に世界に二人目の女神様が現れるっていうのか!?」

「卵だ…… 女神様の卵が、この世界に産み落とされたぞ……!」

「そんな……! そんな事が……!」


 驚愕と不安と恐怖。

 なぜかそんな反応をする神官たち。

 口々に不安と驚愕を口にする神官たちだったが、遠くで見ていた一人の神官が私のもとにやってきた。

 その神官は、無理やり私の腕を掴んて乱暴に引っ張り歩き出す。


「きゃっ!」

「来なされシルフィーナ殿下!」


 王女である筈の私に対して、あまりにも乱暴な扱いに驚く子供たち。

 そんな子供たちの様子に構わず、私の手を引く神官は、他の神官に指示を出し始めた。


「おい、お前! お前は応接室の鍵を持ってこい!」

「わ、わかりました……!」

「そしてお前! お前は隷属連邦と、その関係機関に連絡をしろ!」

「か、関係機関は隷属教会でもよろしいので……?」

「それでいい!」


 そう指示を出した後、神官は月の女神様がある部屋の横にあった扉を開け、長い廊下を黙々と歩く。

 こ、これ、そのまま付いて行って大丈夫なやつなのだろうか。

 このままついていったら、乱暴な事、されない?

 まさか神殿で、生まれて初めての女としての貞操の危機を感じるなんて……

 でも力ずくで逃げるなんてできないし……

 

 そんな不安な私など見もせずに廊下を歩き、階段を上り、そして一つの部屋の前に辿り着く。

 奥から一人の神官がやってきた。


「応接室の鍵です! 持ってきました!」


 奥から来た神官は、そう言うと目の前の鍵を開ける。

 扉が開かれ、神官に強く部屋の中に押し込まれた。

 ヨロヨロと躓きそうになりながらも、何とか耐え、神官達に振り向く。

 私を押した神官は、何処か怯えた様子だった。

 そんな神官は言う。


「そこでお待ちくだされシルフィーナ殿下」


 そう言って、神官はバタンッと強く扉を閉じた。

 神官たちが去っていく足音が響き渡る。

 いったい、何がおきているの?

 

 辺りを見回す。

 綺麗な装飾の壁に、椅子にソファー。

 調度品も沢山並んでいる。

 確かに、あの神官が言っていた様に応接室の様だ。

 

 部屋中央のテーブルを囲むソファーに座る。

 ほんと、何がおきているのだろう?

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