第四四話 『破壊の邪龍ネルガルヴァルシュト』
巨大なテントの中、その大きさに見合うテントの主である巨大なメルナは、その長くウェーブかかった桃色のロングヘアを弄りながら、桃色の瞳で目の前の大陸首脳会議の議会を眺めている。
沢山の元首たちと貴族たちが白熱した議論を行っている。
現在は領土問題について話し合っているようだ。
国王たちや貴族たちが言い争う。
「貴公の国が介入して始まった紛争だろう! なぜ貴公は黙っておる!」
「知りませぬ。我らは人道支援をおこなったまで。武力紛争の話には何も言わぬ」
「なんだねその態度は!? こう言ってはなんだが、貴公が人道支援をしなければ武力紛争は起こらんかったのですぞ!」
「本当に、その通りでごわす。拙者も、その態度には不満しかでないでごわすよ」
そんな白熱した言い争いが、いつまでも続く。
いつの時代も領土問題や現地のローカル勢力の支援に対するゴタゴタは尽きないものだな、などと呑気に眺める巨大なメルナだったが、ふと、何かを感じた。
あたりを見回すも、別に何も変わったところは無い。
気のせいか。
そう思い、また大陸首脳会議の議会に視線を移す。
その時―― 大きな炸裂音が鳴り響いた。
ドガァァァァン! バァァァァン! ドドォォォォン!
巨大なテントの外から聞こえてきた炸裂音に、巨大なメルナは立ち上がって出口に向かう。
突然の炸裂音に驚き狼狽える大陸首脳会議の元首たちと貴族たち。
巨大なメルナの足元には大陸首脳会議の面々の使用人たちが狼狽え右往左往しているが、どうせ他人の使用人だからと気にせずに彼らの上を通る。
ズゥゥゥゥン! ブチュブチブチッ!
ドズゥゥゥゥン! プチプチプチブチュ!
ズゥゥゥゥン! ブチプチップチュ!
足元で一歩踏み出す毎に五人以上踏みつぶし、巨大なハイヒールに逃げ惑う足元の人々の事なんて気にせずに外に出た巨大なメルナ。
そこで見たのは、エトワールヴィルの首都リスブールの奥にある広大な山脈で、その山脈より巨大な化け物が地表の山脈を破壊しながら地中から這い出る姿だった。
見た目だけでもわかる、その巨大さ。
それは今の四百メートル程のメルナの身長よりも遥かに大きな、五本首の漆黒のドラゴンだった。
それを見ながらメルナは言う。
『案外、大きいわね……』
そんな事を言うメルナの後ろ、巨大なテントの入口で大陸首脳会議の元首たちや貴族たちが驚いた表情で、その光景を眺めていた。
絶望の声色で各々呟く。
「何てことだ……! そういう事だったのか……!」
「暗黒の輪の真理教どもめ! 本当にやらかしてくれたな!」
「くそっ! どうするんだよ! 何の封印を解いたのか、あいつらは理解しているのか!?」
そんな大陸首脳会議の元首たちや貴族たちの様子に、巨大なメルナは振り向いて聞く。
『あのバカでかいトカゲを知っているようね。あれは何よ』
巨大なメルナから投げかけられた疑問に、大陸首脳会議の元首は口ごもった。
目の前の巨大なメルナを前にしても、口にするのも憚られる。
そんな雰囲気を醸し出す大陸首脳会議の面々にメルナはウンザリした様子。
不機嫌になる巨大なメルナの様子に、巨大なテントの奥から一人の国王が現れた。
「破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトでございますよ。女神メルナ様」
水色の短髪に水色の瞳をした老齢の国王、このエトワールヴィルの国王である、ルイ国王はそう言いながら巨大なメルナを見上げた。
ルイ国王の言葉に巨大なメルナは聞く。
『なによ、その破壊の邪龍とやら』
見下ろす巨大なメルナの疑問に、ルイ国王は答えた。
「はるか太古の昔、この世界を火の海に変えたと言われる、破壊の神であり冥府の神の生まれ変わりと伝えられております、この世界の誰もが太刀打ちできない魔獣でございます」
『へぇ、誰も太刀打ちできない……』
「さようでございます。何せ、あの魔獣が暴れて被害を生んだのは一番最近で五百年程前でございますから、沢山の文献があり、その恐ろしさと手の付けようがなさは王家に関わる者なら誰もが知っている事柄でございます」
ルイ国王はリスブールの奥にある山脈地帯から這い出るネルガルヴァルシュトを眺めながら、諦めた様子で巨大なメルナに言う。
「女神メルナ様。この世界は終わりでございます」
『……』
「五百年前は、それは本当に偶然に偶然が沢山重なり運よく封印できましたが、今回は無理でしょうなぁ」
『……なぜ、無理だと思うのか教えてくれるかしら』
見下ろしながら聞いてくる巨大なメルナの疑問に、ルイ国王は静かに、深刻な表情で言った。
「攻撃が、一切効かないのであります」
『へぇー……』
「あの邪龍は障壁を身に纏い、その障壁は物理も魔法も一切通しませぬ」
『攻撃が…… ね』
「五百年前は召喚の魔力不足で弱っていた上に、偶然それを見ていた神の御稜威で障壁を破壊できましたが…… 今回も召喚の魔力不足、なんて事は考えられますかな? そう言う事です」
そう言いながら、諦めた様子のルイ国王。
他の元首たちや貴族たちも同じ様子で、この世界の終焉を疑っている者はだれ一人いない様子だった。
巨大なメルナは、そんな彼らを眺めた後、もう一度山脈地帯から這い出ようとしているネルガルヴァルシュトを見る。
そして、ポツリと一言。
『ふぅん…… ざっと見て全長二千メートルってところかしら。まあ、所詮その程度だし、どうせ雑魚ね』
上から降ってきた言葉を聞き、元首たちや貴族たち、ルイ国王は驚いた声を上げた。
「め、女神メルナ様。それはどういう意味で……」
そんな疑問を吐くルイ国王に構う事無く、巨大なメルナはリスブールの奥の山脈地帯で這い出ようとしているネルガルヴァルシュトに向かって歩き出し――
腕を広げて巨神族としての能力を解放した。
○○
エトワールヴィルの首都リスブールは悲鳴と動揺で溢れかえっていた。
山脈がある場所から山の様に巨大な漆黒の五本首のドラゴンが現れたと思ったら、今度は漆黒の五本首のドラゴンを更に上回る、真っ黒のゴシックドレスを着た桃色のウェーブかかったロングヘアと桃色の瞳をした、雲を突き抜け天に聳える程に超巨大な美少女が反対方向から現れたからだ。
もう神話で知る物語より圧倒的に壮大で未知なる光景に、人々は動揺し悲鳴を上げる事しかできない。
その山の様に巨大な漆黒の五本首のドラゴン、破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトに近づいていく雲を突き抜ける超巨大な美少女、メルナはリスブールを大きく一跨ぎする。
雲を突き抜ける超巨大なメルナが履く美しいハイヒールが頭上を過ぎ去り、上空は真っ黒なゴシックドレスの内側の景色に覆われる。
美しい金の刺繍が施された純白のショーツが覆う、美しくも大きな桃尻がリスブールの上空を通り過ぎ、その下半身から伸びる長い脚が外壁の向こう側に向かっていく。
そして聞こえてくるのは、その巨大なハイヒールが地面に落ちたであろう轟音だった。
ズッドォォォォオオオオン!
この世の音とは思えない程の重厚な破壊音のような轟音を響かせ、リスブールは大きな絶叫に包まれた。
リスブールを跨いだ、雲を突き抜ける超巨大なメルナは、破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトを勢いよく蹴り上げる。
ズドッバァァァァアアアアン!
けたたましい轟音を響かせ、山の様に巨大である筈の、破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトはボールの様に吹き飛んでいく。
そんな人智を超えた光景に、リスブールの人々は雲を突き抜ける超巨大なメルナを見上げ、祈りながら叫ぶ。
「おお女神様! どうか我らをお許しくだされ!」
「そのお姿とても美しゅうございますわ女神様!」
「おおどうか! どうか我らをお見逃しくだされ!」
多くの人々が祈る中、リスブールの中央の宮殿で、大きなテラスに水色のロングヘアと水色の瞳の豪華なドレスを着た少女、ルーシー王女は腰を抜かして座り込み、その雲を突き抜ける超巨大なメルナを見上げていた。
ルーシー王女は呟く。
「ああ女神メルナ様…… どうか怒りを治めてください……」
必死に、必死な様相で呟く。
「どうか……! どうか命だけは取らないでください……!」
必死に祈るリスブールの人々とルーシー王女。
そんな人々がいる事なんて知りもしない様子の、雲を突き抜ける超巨大なメルナ。
今しがた蹴り飛ばした破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトを見る。
ものすごい勢いで吹っ飛びボールの様にバウンドしていたが、そんな苦しんでいる様子はない。
忌々しそうに雲を突き抜ける超巨大なメルナは言う。
『何こいつ…… 思ったより結構固いじゃない』
ダメージが少ない様子の破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトの周囲には、球体の揺らぎが見えた。
『あれが話に聞いた障壁って奴かしら……』
雲を突き抜ける超巨大なメルナが独り言を呟いていると、破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトが五つの口を開き、青白い火炎球を作り出す。
何か来る。
そう警戒する、雲を突き抜ける超巨大なメルナに、破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトは溜めた青白い火炎球を吐きだした。
数発が雲を突き抜ける超巨大なメルナのスカートに着弾し、残りの数発は背後に着弾する。
雲を突き抜ける超巨大なメルナのスカートには傷の一つも付かなかったが、それでも山の様に巨大な五本首のドラゴンから発せられる火炎球は、その大きさに見合った威力だった。
ドガァァァァアアアアン! ズドドォォォォオオオオン!
リスブールから程近い山を跡形も無く吹き飛ばし、外壁から程近い場所にも着弾し、巨大なキノコ雲を作り上げる。
そんな今まで見たこともない人智を超えた爆発に、リスブールは絶叫の嵐だった。
「神々だぁああああ! これは神々の戦いだぁああああ!」
「俺たち神の争いに巻き込まれたんだぁああああ!」
「静まり給えぇええええ! 収まりたまえぇええええ!」
「なぜ我々が巻き込まれるのですか神々よぉおおおお!」
そんな町の周辺に青白い火炎球が落ちたのを見て、メルナは激怒する。
『危ない所だったじゃない……! 私のお気に入りの使用人たちに被害が出たら、どう責任を取るつもりなのよ!』
雲を突き抜ける超巨大なメルナの言葉に、人々は次第に思い出した。
このリスブールに来ているという、隷属連邦なる不気味な国の支配者の話を。
その支配者の名前こそ――
「女神メルナ様……」
「ねえ、あのお方…… きっと女神メルナ様だわ」
「あれが女神メルナ様……」
「ああ、お美しいですわ…… 女神メルナ様……」
足元のリスブールで口々に呼ばれる女神メルナの名前。
そんな足元のリスブールの様子など知らない雲を突き抜ける超巨大なメルナは、つまらなさそうに破壊の邪龍ネルガルヴァルシュトに吐き捨てる。
『もういいわ。いたぶる気も起きなくなっちゃった』
そう言うと、その雲を突き抜ける超巨大なメルナは叫んだ。
『巨大化ッ!』
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