第四三話 『女神様の御前に立つ事の意味』
今日もテントの外は暖かな日光が降り注ぐ快晴の空、ついに大陸首脳会議が開催される日だ。
まあ、長かった。
この日の為にゼレノガルスクから長い旅路を歩き、長い長いキャンプ生活を送った訳で……
正直、キャンプ生活にも飽きてきた所だ。
私が居るテントの中は喧噪に包まれていて、私の足元を眺めると沢山の人たちが行き交っている。
テントの入口から程近い場所に円卓が置かれ、その円卓の後ろには何列もの長机が置かれており、円卓は未だ空席が目立ち、数人の諸王国の元首らしき人物が円卓に座り、他の参加者の到着を待っている様子だ。
円卓の後ろの長机の席は、服装を見る限りは諸王国の貴族達の席の様で、ここも空席が目立っていた。
私の足元で無数の行きかう人々を眺めていると、テントの入口に十数台の馬車が到着する。
そこから出てきたのは、どこかの諸王国の元首らしき気品あるドレスの女性と美しい服装の使用人たち。
さらには別の諸王国の元首らしき荒くれ者な風貌だが気品を感じる服装の男性と豪快そうな男の使用人たち。
その後ろからは将軍服姿をした元首らしき男性と軍服姿の使用人たち。
各々の国の雰囲気が手に取るように伝わってくる風貌をした元首たちは馬車を後にして、入口から一番奥で座っている私の方に歩いてくる。
私の目の前に来た元首たちは、跪いたり、敬礼したり、スカートの端を持ってお辞儀したりと、私に自国の文化での最大限の敬意を表す挨拶を行った。
そんな元首たちに軽く右手を挙げて答える。
下の者が最大級の経緯を示す挨拶をし、それに対して軽く右手をあげて答えるという、圧倒的に立場が離れた者たちが行う挨拶。
国王や皇帝などの絶対的に高い階級の者が、騎士や兵士や男爵などの低い階級が謁見に来た際に使う挨拶だ。
最初は足元の矮小で虫けらな元首どもを煽る目的で右手を軽く上げる挨拶をしてやったのだが……
どうやら足元の虫けら元首共は別に不満は無いらしい。
誰も怒り狂う元首は居なかった。
私の返しに緊張した面持ちで大粒の冷や汗を流している元首たち。
元首たちは怯えた様子で私の前を去っていく。
私をゼレノガルスクから最南端のエトワールヴィルに呼び出した矮小な虫けら共が必死な様相で跪き頭を垂れて謙る様子は滑稽ね。
そんな様子を眺めながら紅茶を飲む。
ああ、まったくいい気味よ。
円卓の席に座る元首や長机の席に座る貴族どもの様子が何処か怯えた様子。
私の気分が態度に出てしまっていた様だ。
全くもって、ざまぁないわ。
それから続々と元首や貴族が現れては私に謁見にきた。
必死な形相で最上級の挨拶をする元首や貴族たちは、圧倒的な目上としての挨拶で返す私に、皆が怯えた様子で大陸首脳会議の議席に向かっていく。
しばらくして議席の全てが埋まり、ついに大陸首脳会議が開催された。
まず最初に、貴族達が居る長机の議席から議題に上がった議題が、この私を大陸首脳会議に呼びつけた奴らの責任追及だった。
この大陸首脳会議の前日会合で強く言及していたらしい王国の元首が追求される。
「恐れ多くも女神メルナ様の話題を出したのは、貴公じゃないか!」
追求をする貴族からの言葉に多数の賛同の声が上がる。
「そうだそうだ!」
「恐れ多くも女神メルナ様を呼びつけたのだ! 相応の罰を受けろ!」
「そうだ!」
「責任から逃げるのは貴族の恥だぞ! 処刑を受けろ!」
そんな怒号が各席から上がるが、それに反対する貴族達も現れた。
「お前たち! 自分には何も非が無いと言わんばかりだな! その話に乗って書面にサインを書いたのだって、お前らの国じゃないか!」
「そうだぞ! お前らが承認したじゃないか!」
「責任から逃げるのは貴族の恥なんだろ! お前らだって責任から逃げるな!」
「そうだそうだ!」
やがて議論は混沌とした中傷合戦に発展する。
やれどこどこの国の気品は落ちたものだ、やれどこどこの国の産業が弱いくせに文句をいうな、やれどこどこの国民は貧しいから説得力がない、といった感じに。
この地獄みたいな言い合いは延々と続き、平行線をたどっていたが、それに見かねた気の強そうな老齢の男性の元首が立ち上がり、怒鳴るように言葉を放った。
「もうよい! この責任は誰かが取らないと話が進まん! 恐れ多くも女神メルナ様を呼び付けたのはワシの国じゃ!」
そう言うと、円卓の席に座る眼鏡をかけたインテリ風の男性の元首を指さし言う。
「そしてお前! お前の国が複数の国々を焚き付けて書類にサインを書かせた! 違うか!?」
気の強そうな老齢の男性の元首の言葉に、眼鏡をかけたインテリ風の男性の元首は苦虫を噛んだ顔をした。
会場が静まり返る。
ふぅん…… その二人が自主的に責任を負うって流れか。
その決着のつき方は全然つまらないけど、まあ愉快な責任の押し付け合いを眺めるのは飽きてきていた所だ。
どうやって責任を取ってくれるのか、見ものね。
気の強そうな老齢の男性の元首が眼鏡をかけたインテリ風の男性の元首の所に行き、無理やり席から立たせると自首する犯罪者のように二人で私の足元に来る。
そして気の強そうな老齢の男性の元首が私に跪いた。
その様子を見ていた眼鏡をかけたインテリ風の男性の元首は苦しそうな顔をしながらも、何かを諦めた様子で気の強そうな老齢の男性の元首の横で私に跪く。
気の強そうな老齢の男性の元首は私に言う。
「我々、大陸首脳会議の参加国一同の無礼、全て我ら二人の責任でございます。どうか、我ら二人の命で堪忍して頂けませぬか」
その言葉に、不服そうだが無理やり納得させている様子の、眼鏡をかけたインテリ風の男性の元首も言う。
「くっ……! 我ら二人のっ……! 責任でございますっ……」
ふぅん。
その言葉を聞き、私は問答無用で彼ら二人が居る場所を手のひらで叩き潰した。
ドガァァァァン! ブチブチュ!
轟音がテントの中に響き渡る。
手のひらを退けると、そこには圧縮され平べったくなった血だまりが二つ。
うん…… これが私への無礼を働いた奴の末路だ。
私は、こう見えて使用人など私の下僕には優しいが、貴族や国王などの権力者には容赦はしない。
これを見ている議会の奴らに言ってやる。
「私の為に責任を取るっていうのはね、こういう事よ」
議会の奴らを見ると、円卓の席に座る元首たちも、長机の席に座る貴族達も、みんな信じられないといった様子で蒼白な顔をしている。
まったく、どいつもこいつも面白い顔ね。
もっと面白い顔を見せてもらうかしら。
そんな様子の議会の奴らに言う。
「まあでも、この虫けら二匹には感謝しなさい? いつまでも責任の擦り付け合いをうだうだと続けるようなら、もう全員に責任を取ってもらおうと思っていた所よ」
そう言うと議会の奴らは蒼白な顔面に加え、更に怯え切った表情になった。
まあでも、そうならなかったんだし、よかったじゃない。
私は言う。
「ほら、さっさと次の議題に行きなさい。あまりにもチンタラしてると、虫けら二匹の命が無駄になるわよ」
その言葉に議会は粛々と再開された。
○○
大陸首脳会議に出席するため、沢山の元首たちと貴族たちがリスブールの外壁に程近い場所に立っている巨大なテントに向かった頃。
リスブールの外壁の内側、繁華街の一角に立つ、なんの変哲もない一軒の建物内。
建物の外観からは想像もつかない程に怪しげな、祭壇のある宗教施設があった。
祭壇には神の後光を現した黒いモニュメントが置かれている。
そんな宗教施設の中で、沢山の信者たちが、祭壇の前で祈りを捧げる司祭姿のフードを深く被った男性を見ていた。
しばし祈りを捧げていた司祭姿のフードを深く被った男性は、ゆっくりと信者たちに振り向き、静かに言う。
「ついに、この時が来ました」
その言葉に、信者たちが歓喜の声をあげた。
「ついにだ……!」
「まじかよ……! ついにか……!」
「まさか人間のオレが生きている間に、この時が来るなんてな……!」
「教団に入って苦節三百年……! やっとこの時が……!」
そんな興奮冷めやらぬ信者たちに、司祭姿のフードを深く被った男性が頷く。
「ええ、長かったですね…… それは余りにも…… 長かった……」
そう感慨深そうに司祭姿のフードを深く被った男性は、自身の首元から一つのアミュレットを取り出す。
そのアミュレットは何かの魔物の牙。
司祭姿のフードを深く被った男性は首元にかけたアミュレットを大事そうに握る姿に、信者が言う。
「おおっ…… それが、かの創造龍ネルガルヴァルシュトの遺物ですか」
信者の言葉に司祭姿のフードを深く被った男性が頷く。
司祭姿のフードを深く被った男性は魔物の牙をゆっくりと高く掲げた。
その際、司祭姿の男性のフードが、はらりと落ちる。
フードの中から現れた長いエルフ耳と、金髪金眼の瞳。
その優しそうで慈愛溢れる雰囲気の司祭姿のエルフの男性は、魔物の牙を掲げながら、声高に宣言する様に言ったのだった。
「さあ、世界の浄化を始めましょう」
その言葉に、信者たちは一斉に喜ぶ。
まるで、これから世界に安寧が訪れるかのように。
――――【あとがき】――――
・ついに第三章がラストスパートに入ります!
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