第四二話 『静かな悪意は近くに』


 快晴の空の下、リスブールの外壁から程近くの小高い丘に座り、冷めた紅茶を嗜む。

 このぽかぽかとした陽気が、紅茶の味と合わさりリラックスさせてくれる。

 エトワールヴィルの首都、リスブールに来てからというもの、肝心の大陸首脳会議まで未だ一週間以上もあるので心の安定は重要だ。


 そんな何もない平穏なレジャー気分で紅茶を啜っていると、三両の車列を作った馬車がリスブールの外壁の中から門を潜り、こちらに来るのが見えた。

 まったく、こっちは気持ちよく休んでいたというのに……

 そんな事を思っていると、馬車の速度がグングンと下がっていく。

 心なしか馬車の御者が怖がっている様子がうかがえる。

 あらら、いつの間にか態度に出ていたみたいだ。


 馬車の車列は丘を登り、私のすぐ横に停車した。

 私の横に停車した馬車の車列の、前方と後方の馬車から騎士数人と使用人が降車し、騎士数人が周囲を警戒するなか、使用人たちが中央の馬車の扉を開けてタラップを置く。

 中央の馬車から出てきたのは、白髪交じりの金髪碧眼の老齢の男性、確か外交大臣のバドラーだったかしら。

 それと豪華な衣装を身に纏い、水色の短髪と水色の瞳が特徴的な老齢の男性が下りてきた。

 豪華な衣装を身に纏う老齢の男性のすぐ近くに手をおろして見下ろし、煽るように言ってやる。


「エトワールヴィルの国王が自ら来るなんて、外交上の威厳とやらは何処かに置いたのかしら?」


 そんな私の挑発にルイ国王は動じる様子は無い。

 ルイ国王とバドラー外交大臣は私の下に来ると、跪いて頭を垂れる。

 私にルイ国王が言う。


「目上の御方に此方から出向くのは当然で有ります故、こちらから参上いたした次第です」

「ふぅん……」

「ましてや偉大な女神メルナ様を相手に此方から呼び出すなど、言語道断でありましょう」

「……私、大陸首脳会議に呼び出される形で此処にいるのだけれど?」


 そんな私の嫌味にルイ国王は暫く沈黙し、やがて震える声で言葉を返してきた。


「それは申し訳ないと思っておりまする。この大陸首脳会議の後、我らを罰するなら、どうか、私一人の命で堪忍してくだされ」


 謝罪するルイ国王を眺める。

 へぇ……

 確かに大陸首脳会議の後、普通に帰るのも味気ない。

 ルイ国王は、こう言っているけど……

 さて、どうしてやろうか。 

 大陸首脳会議が終わるまでに、お楽しみを考えておかないとね。

 

 それはそうと、この二人が私の下に来たという事は、何か用件がある筈だ。

 ルイ国王の横に立てた手を退け、姿勢を戻して紅茶を手に取り、一啜り。

 そうしてルイ国王とバドラー外交大臣に用件を聞く。


「大陸首脳会議の後の事はお楽しみとして取っておくわ。それより、こんな所まで二人して何か用?」


 私の言葉にルイ国王は立ち上がり、私を見上げた。

 ルイ国王の顔は緊張した面持ちで冷や汗を流したまま、私に言う。


「大陸首脳会議に先立ち、不穏な情報が入ってきましてな。女神メルナ様にも、お伝えしておこうと思った次第でございます」

「ふぅん。不穏な情報ね…… その言い方的には、暗黒の輪の真理教かしら?」


 私の返しに、ルイ国王は以外そうな顔をした。


「おお、かの邪教を知っておられましたか」

「ええ、知ってるわ」


 驚くルイ国王。

 そんな顔をしなくても、その邪教は知っているわよ。

 なんたって、隷属連邦…… いや『女神メルナ様の為の奴隷的な隷属帝国の連合王国群』なんていう仰々しい名前の、私に服従する事を国是とする帝国が誕生するきっかけを作った邪教なんだから。

 ルイ国王は横に居たバドラー外交大臣に言う。


「なら話が早い。バドラー、女神メルナ様にご説明を」

「承知いたしました」


 バドラー外交大臣がそう答えると、説明を始める。 

 大陸首脳会議に先立ち、怪しい建物に抜き打ちでエトワールヴィルの公安諜報部が検査した際に興味深い情報が入った。

 以前から暗黒の輪の真理教の前哨拠点として目をつけていた飲食店に衛兵の検閲部隊が突入した際に、一枚の書類が発見される。

 その書類には、大陸首脳会議が開催される日に、エトワールヴィルの首都リスブールで何かを計画しているであろう様子がうかがえる内容だったそうだ。


 だったそうだ、という憶測に近い言い方になるのは、その書類は飲食店を調査中に覆面を被った謎の戦闘集団に襲撃され、スキをついて書類を燃やされたからだそう。

 謎の戦闘集団との戦闘に衛兵の検閲部隊は辛くも勝利するが、殆どの証拠品が破損してしまい、残ったのは書類を読んだ衛兵の記憶だけしかなかった。

 それから既存の公安諜報部の情報と書類を読んだ衛兵の記憶を照らし合わせ、暗黒の輪の真理教が確実に大陸首脳会議の日にエトワールヴィルの首都リスブールを襲撃する可能性が高いと結論づけた、との事。

 それを説明し終えたバドラー外交大臣は言う。


「おそらく大陸首脳会議の日に、何かが起きると思われる。この話を諸王国の元首と近衛騎士団に通達して回っている次第でしてな。女神メルナ様にも、と我らが直々に来た次第でいたす」

「なるほどね…… わかったわ。その話、私の下僕の外交旅団たちにも伝えておいて頂戴」

「承知いたしました」


 バドラー外交大臣の返事に軽く手を挙げて返事をすると、ルイ国王とバドラー外交大臣は一礼をして馬車に戻る。

 馬車の扉が閉められ、護衛の騎士と使用人が馬車に戻ると、車列は私の下を去っていった。



○○



 リズブールの繁華街で一人の一般市民の女性が籠に果物を入れて通りを歩いている。

 色々な人種や肌の色の人々が行き交い沢山の露店や店頭が立ち並ぶ景色を他所に、一般市民の女性は歩き続ける。

 やがて沢山立ち並ぶ露店のうちの織物屋の一軒に足を止めた。

 暇そうにしていた露店の店主は久々の客に意気揚々と立ち上がって言う。


「おおっ! 何にいたしましょう! 今日は港町からの物品が沢山はいってまさぁ!」

「織物を一つ、金貨一枚と銀貨一枚ずつで買える、漆黒で鮮やかな織物を頂戴な」


 一般市民の女性の注文に露店の店主は一気にやる気を無くし、残念そうに落胆する。

 肩を落として椅子に座り、座ったまま露店の奥にある建物の扉の鍵を開けた。

 店主はぶっきらぼうな様子で注文をした一般市民の女性に言う。


「ほらよ。鍵は開いてる。まったく、久しぶりの客だと思ったのによ」

「ふふっ、ごめんなさいね」


 落胆した様子の店主に一般市民の女性は軽く笑って謝ると、扉の奥に入っていく。

 薄暗くも何の変哲もない部屋の中で、一般市民の女性が片隅にあった壁かけ照明を触るとガコンと音が鳴り、天井から階段が現れる。

 一般市民の女性が階段を上ると、そこは下の階とは様相が大きく異った部屋が現れたのだった。

 黒いカーテンが壁に掛けられ、部屋奥の窓の手前には何かの祭壇が設けられていて、祭壇には黒く塗られた神の後光を現したモニュメントが置かれ、左右には蝋燭台が供えられていた。

 その祭壇では、フードを深く被った司祭の姿の一人の男性が祈りを捧げている。

 そんな部屋に入った一般市民の女性は、司祭の姿の男性の後ろ姿に静かに言った。


「蛮神メルナに情報が洩れました」


 一般市民の女性の言葉に、司祭の姿の男性は祭壇に祈りを捧げながら答える。


「構いません。織り込み済みです」


 そう言うと司祭の姿の男性は暫く沈黙し、そして静かに、独り言のように祈りながら言った。


「創造神様を、降ろす準備は整いました」


 その言葉に、一般市民の女性は喜ぶ。

 興奮冷めやらぬ様子で司祭の姿の男性の後ろ姿に声をかけた。


「本当ですか!?」

「ええ、準備は整いました」


 司祭の姿の男性の言葉に、更に喜ぶ一般市民の女性。

 一般市民の女性は感無量といった様子で涙を流し、司祭の姿の男性の背中に呟く。


「やっと……! やっと世界の浄化が始まるのですね……! ああっ、我らの悲願が叶いますね……! ルドモンド様!」

「ええ、そうですね」


 そんな一般市民の女性の言葉を背中で静かに受け取る司祭の姿をした男性は頷く。

 その際、司祭の姿をした男性のフードが少しずれ、長いエルフの耳と金色の髪が少し顔を出したのだった。



――――【あとがき】――――



・次からラストに向けて物語が走り抜けまので、よろしければ★フォローをください!

 もう女神メルナ編のエピローグは執筆済みで、今は実質的な次回作でもある女神シルフィーナ編を執筆中です! 乞うご期待!

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