第三八話 『その姿を見た民衆は自身の立場を理解した』


 エトワールヴィルの国境を越えて一週間。

 夕暮れ時に赤く照らされるエトワールヴィルの首都が、森を挟んだ奥に見えてきた。

 あれがリスブールだろうか。

 これまでの国境の町のような城塞都市ではなく、沢山の地区が外壁で区切られた巨大な都市なのが伺える。

 大きさとしては、かつてのクラスノヤ帝国の首都だったクラスノゴルスクほどもにも広い。

 そんな広大な町にはポツポツとオレンジ色の明かりが見え、夜に向けて篝火を準備しているのが伺えた。


 リスブールらしき町に歩みを進める。

 しばらくして都市の外壁についている門が小さく目視できる距離まで近づいてきた。

 私を見てか、その門が開き沢山の兵士が出てくる。

 兵士たちが身に纏っている鎧が様々な種類があることが遠目で目視でき、様子を見るに別々の国の兵士たち、といった様子か。

 さて、お願いだから、あの兵士たちが敵対してきても冷静になりなさいよ、私。

 ここで大暴れしてリスブールを私のハイヒールの靴底でドーン、なんて事になったら、本格的に何の為に此処まで旅をしたのかが一切分からなくなってしまう。

 

 私が近づくにつれて沢山の兵士たちがゾロゾロと門から現れ、兵士たちは整列していく。

 そうして私がリズブールの城壁を見下ろせる位置まで来た頃には、沢山の国々の兵士たちが分列し整列していた。



○○



 真っ黒なゴシックドレスを着た桃色のウェーブかかったロングヘアの桃色の瞳の巨大な美少女、メルナに見下ろされ、その巨大なメルナの足元に居る兵士たちに極度の恐怖と緊張が覆う。

 その場に居る全員が司令官から聞かされた事。

 巨大な美少女が現れたら最上級の礼式で迎えよという命令に、その時は意味が分からないといった様子の兵士が多かったが、そんな疑問を持っていた兵士でも今は理解できる。

 目の前で見下ろしている巨大な美少女こそ、この大陸首脳会議で諸王国の採決で半ば出頭の意味合いが強い招待状を送りつけた相手…… 女神メルナと言われる存在だという事を。


 この数週間、目の前の女神メルナの機嫌を損ねた結果、数多の軍隊と都市が丸ごと滅んだと各々の兵士たちは聞いている。

 上層部の司令官から聞いた時は、みんな冗談を聞く様に笑っていたが、巨大なメルナを前にして、皆、本能で理解した。

 この御方の機嫌を損ねてはならない、と。


 門から続々と豪華な馬車が出てきた。

 そんなタイミングで、兵士たちに向けて上官が叫ぶ。


「女神メルナ様に栄誉礼ッ!」


 その言葉に、整列した兵士たちが姿勢を正し、美しく剣を引き抜き、持った剣を垂直に胸元で保持する。

 後列の兵士たちはそれに続いて姿勢を正して胸元に腕を当て敬礼した。

 豪華な馬車が続々と兵士たちの前で綺麗に停車し、一際きれいな馬車が巨大なメルナの目の前に停車する。

 停車した一際きれいな馬車の扉が開き、この国の使用人らしき人がやってきてタラップを置くと、馬車の中から豪華な服装をした水色の短髪と水色の瞳をした老齢の男性が出てきた。

 兵士たちは知っている。

 この方こそ、エトワールヴィルを治める国王、ルイ・エトワールヴィルだと。

 ルイ国王は巨大なメルナを見上げて挨拶をする。


「よく来てくだされた、女神メルナ殿。私が国王のルイ・エトワールヴィルだ」


 そう挨拶をするルイ国王に、巨大なメルナは腰に手を当てて見下ろし言う。


『ふぅん。あなたが国王ね。知っての通り、メルナよ。矮小な奴らからは女神メルナ、なんて呼ばれているわ』


 国王を前に、あまりにも失礼な態度。

 しかし、それを誰も指摘しない。

 当然だ。

 なぜなら、この場で一番立場が高いのは、ルイ国王を見下ろしている、まごう事なき巨大な女神メルナだと、全員が理解していたから。

 この女神メルナを怒らせたら、一瞬で国が亡びる。

 そんな事は、この場に居る誰もが理解できていた。

 ルイ国王は言う。


「女神メルナ殿、大陸首脳会議は二週間後に開催されまする。まだ到着していない元首もおりますから、もうしばらくお待ちくだされ」

『ふぅん…… そう』


 メルナの言葉に、ルイ国王は冷や汗を流す。

 今まで相手が謙る様子しか見てこなかったルイ国王にとって、自分自身が謙る経験は、恐怖でしかなかった。

 ルイ国王は周囲を見渡し、巨大なメルナに聞く。


「して、貴殿の外交官はどこですかな? 多数の馬車で移動していると聞いておりますが……」

『……ああ、外交旅団ね』


 そう言うと後ろを振り向くメルナ。

 メルナの視線の先には、大量の馬車からなる外交旅団の車列があった。

 それを見てメルナは言う。


『あと三時間もすれば到着するわ。沢山居るから、今のうちに受け入れる準備をしておきなさい』

「さようでございますか。そう部下に言っておきましょうぞ」


 そう言ってルイ国王は、目の前の巨大なメルナに頭を下げた。

 一国の国王が頭を下げる。

 普通では有り得ない事が起きているが、誰も責めないし誰も疑問に思わない。

 ルイ国王を見下ろす巨大なメルナこそが、今この場を支配している存在だと、誰もが理解できていた。



○○



 外交旅団の沢山の馬車が門の隅で停車し、一部が停車せずに門を通って街の中の大通りに入る。

 大通りを走る馬車は美しい装飾がされた馬車ばかりで、馬車の側面には金色で描かれている奴隷の首輪とそれを覆う光の輪。

 美しくも奴隷の首輪が描かれた異様な雰囲気を漂わせる紋章こそ『我らは女神メルナ様に命と財産と権利の全てを献上する敬虔な奴隷である』とういう意味が込められた、隷属連邦の中央政府の紋章だった。

 中央政府の紋章を付けた馬車は、その国を代表する外交官が乗っているという証。

 つまり大通りを走る外交旅団の馬車には、隷属連邦を代表する外交官が乗っている事を意味していた。

 

 平民地区の大通りを抜け、貴族地区に入る車列。

 先ほどまでの平民地区と違い、行き交う人々が外交旅団の馬車の車列の紋章を見るなり、足を止めてギョッとした表情で眺めている。

 使用人を連れて道を歩く仲良さそうな二人の貴婦人は馬車に気が付き、驚いた様子で言う。


「ちょっと何ですの、あの馬車…… 奴隷の首輪ですわ」

「ほんとですわね…… 品がありませんわ」


 着立ての良い服を着た、やんちゃそうな数人組の貴族の男の子たちが驚いた様子で言う。


「うっはー! 見ろよみんな! あの馬車、奴隷の首輪が紋章だぜ!」

「まじ!? すっげー! マジじゃん! やべぇー!」

「これ母様に自慢できるじゃん! ぜってー笑うって母様!」


 そんな貴族の男の子たちとは対照的に、豪華なドレスを着た数人組の令嬢たちは冷ややかな目で馬車を見ていた。


「なによあの馬車、品性のかけらも感じませんわよ!」

「あんな馬車が、この道を走るなんて、この道が汚れてしまいますわ!」


 そんな言葉が飛び交う貴族地区。

 貴族地区を行きかう人々は皆、ある程度の教養がある。

 だからこそ、豪華な装飾とは似つかわしくない、気品とは正反対の奴隷の首輪が描かれた野蛮で不気味な紋章は、貴族地区で一際目立っていた。


 しかしそんな貴族地区の中でも、本当に高度な教養を持っている人々の反応は、一般的な貴族地区の貴族たちの反応とは違った。

 道を歩く貴族たちと比べても、一際高貴なドレスを着た令嬢が居る貴族の少女たち。

 その中心的な高貴なドレスを着た令嬢は、他の貴族の少女たちに言う。


「皆さん、あの馬車に失礼の無いように」

「な、なんでですか? あんな品のない紋章ですわよ? 言われて当然――」

「やめなさい」


 不満を含んだ疑問を呈する令嬢に、高貴なドレスを着た令嬢が咎める。

 高貴なドレスを着た令嬢の普段の様子からは想像もできない程の強い言葉に、驚く令嬢たち。

 そんな令嬢たちに構う事なく高貴なドレスを着た令嬢は、もう一度言う。


「皆さん、あの紋章の方々には、出来るだけ失礼のないように」


 そう言う高貴なドレスを着た令嬢の言葉に、疑問を投げかける令嬢たち。


「何故ですの? あんな紋章、わたくし見たこともありませんわよ?」

「そうですわ! あんな紋章、見たことも聞いたこともありませんわよ!」

「貴女は知っていますの? 奴隷の首輪の紋章ですわよ?」


 疑問を口にする令嬢たちに、真剣な瞳で高貴なドレスを着た令嬢は言った。


「あの奴隷の首輪の紋章、どこかの貴族の家紋などではありません。外国の中央政府の紋章ですの」

「ちゅ、中央政府の紋章…… ですか?」

「ええ。あの奴隷の首輪と神の輪の紋章。間違いなく…… 隷属連邦の中央政府の紋章ですわ」

「「「っ!?」」」


 驚く令嬢たち。

 彼女たちには貴族の令嬢として、数日前に知らされた恐ろしい話があった。

 女神メルナの圧倒的な力と、その力の前に完全服従している、とある帝国の話だ。

 巨大な美少女の姿をした女神メルナは、町を片足で踏みつぶす程の圧倒的な強さをしているという。

 そんな女神メルナに命と財産と権利の全てを献上する事で命乞いをして生かしてもらう事を国是とする国こそ、この大陸最大の勢力である隷属連邦という大帝国だった。

 そんな恐ろしい女神メルナは、大陸首脳会議の為に、先ほどこの街に到着した事は誰もが知っている。 


 貴族区画で隷属連邦の馬車に後ろ指をさしている他の貴族たち。

 そんな光景が、恐ろしい魔物を挑発している光景に見え、令嬢たちは言葉を失うのだった。




――――【あとがき】――――



・やる気が出るので★レビューをください。小説最新話の下記や小説メインページの下記にあるので、できれば★レビューで作者を応援してくれると嬉しいです。


・最近、作者の体調が悪いです。なんとか完結まで頑張りますから、もし途中で頓挫しても怒らないで根気強く新作投稿を待ってください。

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