第三七話 『そうして大陸首脳会議は大いなる過ちに気が付いた』


 紅茶を嗜み終わった昼過ぎ、快晴の空の下、今日もエトワールヴィルに向かって歩き続けている。

 沢山の国境を越える度に、ひと悶着。

 その度に毎回の様に出てきた軍隊を踏みつぶす作業は正直飽きてきた。

 まあ、ここの所は私の話が諸王国に出回っているのか、貴族が営業スマイルで対応してくる事のほうが増えてきた感じはする。

 それでも稀に歯向かってくる馬鹿は居るが。

 

 奥のほうに見えるは城塞都市。

 多分、あれが新しい国境の町だろう。

 さてさて、今回は矮小なくせに歯向かってくる馬鹿者なのか、素直に通してくれる身の程をわきまえた奴らなのか。

 城塞都市に向かって歩みを進める。

 もう、めんどくさいから歯向かってくる様子なら問答無用でサクッと踏みつぶしてしまおう。


 そんなこんなで城塞都市の近くまで来た。

 門から兵隊が出てきたが、数人だけ。

 敵対する気は無いというポーズだろう。

 やがて出迎えに門から出てきた貴族は、今回は初老の男性だった。

 にこやかに初老の貴族の男性が私を見上げて言う。


「ようこそメルナ様! 我々エトワールヴィルは貴女の入国を歓迎いたしますとも!」


 あら、次は何処の国だと思っていたが、ついにエトワールヴィルに到着したようだ。

 やっとゆっくりできる。

 外交旅団は…… 距離的に三時間ぐらい掛かるか。

 私を見上げる初老の貴族の男性に伝える。


「三時間程で私の下僕たちの旅団が到着するわ。受け入れる準備をしておいて」

「もちろんですとも!」


 そして外交旅団の馬車が続々と到着し、馬車を外に置いて人々が城塞都市に入っていく。

 彼ら彼女らは今日は暖かいベッドで寝れるからか、どこか生き生きとしていた。

 はあ、私も早くベッドで休憩したい。

 入口の手前でルーシー嬢と初老の貴族の男性が挨拶をしている。

 同じ国の貴族だし、まあ挨拶は大事。


 それにしても、今回は何もなくて良かった。

 ここを踏み潰していたら、大陸首脳会議に出席できていたか分からない。

 やっぱり考えなしに足元の人々を捻り殺していたら、後々で何が問題になるか、わからないわね。



○○



 国境の領地を任されている伯爵家の屋敷で、ルーシーは浴室を借りていた。

 浴槽の湯舟に浸かり、長旅の疲れが癒えていくのを肌で感じながら、今回の旅での女神メルナの印象についてを考える。

 エンシェント・ドラゴンを簡単に殺せてしまう程の、この世で誰も太刀打ちできない圧倒的な暴力、私たち人間を下等な存在として簡単に捻り殺す残虐性、そして、そんな悪魔の様な存在でありながら野蛮どころか高貴で気品がある立ち振る舞いと聡明な頭脳まで持ち合わせた様子は、まるで破壊の女神様。

 かつてのクラスノヤ帝国も、女神メルナの圧倒的な力を前にして、何も抵抗せずに服従してしまったのだろうと、ルーシーは思った。


 やはり、王国政府は招待状を出す前に女神メルナについて、もっと調査するべきだったのだ。

 そう憤るルーシー。

 しかし、過ぎた事は仕方ないと、今できる事を考え始める。

 まずは、この屋敷の持ち主でもある、先ほど町の入口で顔合わせをした伯爵家の当主に、今回の大陸首脳会議の判断の事の重大さを話そう。

 そう決め、ルーシーは浴槽から出た。


 ドレスに着替え、浴室の脱衣所を後にしたルーシーはメイドに先導され、伯爵が居るであろう執務室に向かう。

 長い廊下の先、小綺麗な扉を先導するメイドがノックした。


「入れ」


 初老の男性の声が聞こえ、先導するメイドが答える。


「失礼します。ルーシー王女殿下をお連れしました」

「お、おお…… そうか、ご苦労」


 先導するメイドとルーシーが室内に入ると、初老の男性の声、伯爵は机の上の書類にサインをしていた。

 突然のルーシーの訪問に驚いた様子の伯爵。

 ルーシーを先導していたメイドが一礼をして退出し、ルーシーと伯爵の二人きりになる。

 しばしの沈黙の後、伯爵はルーシーに用件を聞いた。


「どうされましたかな。ルーシー様」

「突然の訪問すみません。ですが、どうしても伝えたい事がありまして。女神メルナの事です」

「窓の外に見える、あのお方の事ですかな?」

「ええ、そうです」


 ルーシーの言葉に、重苦しい空気に部屋は静まる。

 伯爵も様々な伝手で、あの巨大な美少女が道中の国々で何をしたのかは、情報としては聞いていた。

 どれも信じられない事ばかりだったが、諸王国の必死さを感じて敵対する事に嫌な予感を感じ、こうして友好的に対応する決断をした。

 あの桃色のウェーブかかったロングヘアと桃色の瞳の巨大な美少女、女神メルナと呼ばれる巨人について、この道中で全てを見てきたであろうルーシーに伯爵は聞く。

 

「あの巨人、女神メルナでしたかな。私も諸王国からの魔道交信機での情報交換をしていて、信じられん報告ばかりでしてな。ルーシー殿下、ずっと見てきたであろう、率直な感想を聞かせてもらいたい。あれは、実際に見てどうでしたかな」

「率直に言うと、女神メルナは残虐で、暴力的で、それでいて気品と頭脳を兼ね備えた、まるで人智を超えた破壊の女神様だと、私は思ってしまいました」

「破壊の女神…… とな?」

「ええ。この世で誰も太刀打ちできない、まるで女神様のような圧倒的な力を持った存在。という事です」

「……」


 伯爵は静まり返る。

 しばらく考えた後、伯爵は言う。


「私も諸王国からの魔道交信機を使っての情報は色々受け取っていますが。しかし、そのどれもが信じられんものばかりでしてな……」


 そう言うと、伯爵は神妙そうな顔でルーシーに聞いた。


「ここだけの話…… もし、あの女神メルナを倒そうと思うなら、どれほどの戦力が必要ですかな?実際に女神メルナを長い事見たルーシー殿下としての予想でかまいません」

「いいえ。どれほどの戦力を終結させても、あの女神メルナに敵うとは思えません」

「我が国の戦力では足りないと…… それほどですか」


 納得した様子で頷く伯爵に、ルーシーは深刻な顔で頭を振る。

 ルーシーにとって道中で見てきた光景は、そんな単純な話ではなかった。


「いいえ、違います」

「違うとは、どういう意味ですかな?」

「我ら世界の人類種、つまり世界の全ての国の戦力を招集し、魔物や魔族やドラゴンに至るまで…… この世の全ての生物を味方につけても…… あの女神メルナには敵わないと思います」

「……言っている意味がわかりませんな」


 ルーシーの言葉に、そう神妙な顔で口にする伯爵。

 そんな伯爵に、ルーシーは旅の途中で、今まで見てきたことを話し始めた。


「国家の存亡をかけて戦うようなキマイラを何てことなさそうに摘まんで捻り殺し、エンシェント・ドラゴンを軽い運動だと言って簡単に縊り殺す」

「……」

「その時点で我々には勝ち目など無いのですが…… 問題はもっと深刻です」

「……というと?」

「あの女神メルナ、あの姿は仮の姿で、実際は更に大きいのです。私も道中で本来の姿を何度も見たことがありますが、いまだに信じられません。天空を突き抜け、雲の更に上に頭があるのです」


 ルーシーの説明に、意味が分からない、といった様子の伯爵。


「……どういう事だね?」


 伯爵はルーシーに言葉の意味を聞くが、ルーシーは「そのままの意味です」といった。


「本当に、そのままの意味です。天空を貫き雲の上から見下ろす程の巨大な女神メルナが、これまで数多の城塞都市や村や砦を片足一つで踏み潰す姿を、私は何度も見てきました」

「それは……」


 ルーシーの説明に言葉が出ない伯爵。

 その説明は、ばかばかしいと思っていた魔道交信機からの報告そのままの内容だった。

 あの冗談のような報告は本当だったのかと、伯爵は驚きを隠せない。

 驚く顔の伯爵に、ルーシーは溜息をつく。


「伯爵、まだ事の重大さに気が付きませんか?」

「な、なんの事かね」

「それほどの圧倒的な女神メルナを、大陸首脳会議の国々は上から目線で呼びつけたのですよ」

「っ!?」

「さらに、その上から目線で呼びつけた大陸首脳会議の開催場所が、我らエトワールヴィルの首都リスブール」

「なっ……! 何てことだッ……!」


 驚愕し、震え立つ伯爵。

 ルーシーの言葉で、それがどれほど致命的で、絶望的なのか、今になって理解した。

 ワナワナと震える伯爵の手を、ルーシーは真剣な瞳で握る。

 そしてルーシーは静かに伯爵に言った。


「この事を今すぐ首都に伝えるのです。そして大陸首脳会議の参加国にも」

「ッ!! わかりました……! すぐに、今聞いた話を大急ぎで伝えましょうぞッ!」

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