第三六話 『大虐殺の必要は無かった』
数日前の国境の町での出来事は、心の底から残念な事件だったと思っているよ。
まったくもって生意気にも反抗する気満々の衛兵たちだったから、つい出来心で踏みつぶしてしまった。
結果的に城塞都市の中も全滅だったみたいだし、あそこに住んでいた人達には本当に申し訳ない事をした。
吹き飛んだ城塞都市は三分の一ぐらい残っていたから、てっきり誰か生きてるだろうと思っていたが……
中を確認した外交旅団の団長曰く、建物の中身は人を含めて全てがグチャグチャに爆ぜ飛んでいたとの事だ。
まあ上から見ていても凄い勢いで衝撃波が地面を這っていたし、そう言う事なのだろう。
そんなこんなで新たな城塞都市が見えてきた。
今いる国は、私の記憶ではプライドが高く自国の歴史に過剰な誇りを持った国だった筈だ。
数日前に国境の町で起きた出来事も知っている筈だから、更に面倒な事になると想像できるな。
本当は外交旅団の人たちは疲れているだろうし、休憩させてあげたいが……
城塞都市に近づくと沢山の兵士たちが門から出てくるのが見える。
やっぱり外交旅団の人たちを休憩させるのは無理そうだ。
そうして城塞都市の近くまで行くと、私を待ってましたと言わんばかりに沢山の兵士たちが整列し来賓を出迎えるように敬礼した。
うん?
これはどういう事だろうか。
どうせこいつらも敵対するだろうからと、どうやってこいつらを捻り殺してやろうか考えていた所だったのに……
そんな私に城塞都市の門から一人の貴族の男が出てくる。
太った体でヨチヨチと私の前に出てきた貴族の男は地面に跪いた。
「こ、これはこれはメルナ様! 長旅ご苦労様でございます!」
そういう貴族の男の顔には冷や汗が滝のように流れていた。
なるほど、数日前の国境の町で何があったのかを知っているようだ。
貴族の男は今、目の前で滝のような冷や汗をかきながら私に自己紹介とご機嫌取りを永遠としている。
やれ衣装が美しいだの、そのご尊顔を拝見できてうれしいだの、まあ女としては嬉しくはなくはない。
でも話が通じる相手と分かった今、それはそれとして、目の前の貴族の男に言うべき事がある。
「それよりも」
「隷属連邦の君主が、この様な美しい姫君だとは―― っ! は、はいっ! なんでございましょう!」
「私の下僕の外交旅団にそろそろ休憩をさせてやりたいの。この町で数泊させても良いかしら?」
「な、なんなりと! 話は聞いておりますよ! 最上級のおもてなしをさせていただきますとも!」
そう言って快く承諾してくれた。
よかったよかった。
ちゃんと外交旅団の責任者として、お礼は言っておかないとね。
目の前の貴族の男に言う。
「それにしても、話が通じる人で良かったわ。前の町の責任者は話が一切通じなかったから」
「そ、それは……」
「でも良かったわ。正直、門から軍隊が出てきた時は、今度はどうやって捻り殺してやろうかと考えていたけど、その必要は無さそうね」
「ひぃ……! は、はい……」
私の言葉に、肩を震えて怯えだす貴族の男。
心なしか整列し敬礼する兵士たちも怯えているように見える。
あら、怖がらせちゃったか。
そんなつもりはなかったのだけれど、もう長い間ずっと巨神族として生きてきたからか、普通の会話というのが分からなくなってしまった。
怯えて震える貴族の男と兵士たちに言う。
「それはそうと、あと三時間ぐらいで私の下僕の外交旅団が来るから、それまでに受け入れの準備をしておいて頂戴」
「わ、わかりました……!」
私の言葉に、そう貴族の男は返した。
貴族の男は部下に指示を始めたのを見て、城塞都市の近くにある小高い丘に座る。
これで少しはゆっくりできそうだ。
○○
城塞都市の門の前にて外交旅団の馬車を停車させた外交旅団の団長であるゲオルグは、目の前の貴族の男を見て心底同情する。
怯え切った表情で接待をしてくる目の前の貴族の様子から、よほどの恐ろしさで我らが女神メルナ様から脅されたのだろう。
そう思い、ゲオルグは貴族の男の肩を叩く。
「貴公は頑張った。我らが女神メルナ様の前で、よく耐えたな。賞賛に値するぞ」
「ッ……!? わ、私は……」
ゲオルグの言葉に感極まる貴族の男。
貴族の男は「ありがとうございます……!」と感謝の言葉を繰り返し、熱く握手を重ねた。
そんな様子の貴族の男とゲオルグの二人を見ながらルーシーも貴族の男に同情していた。
この貴族は自分の国と領地を守るため、女神メルナを相手に自分の命を捧げるような最大限の勇気を振り絞ったのだ。
彼は何人にも責められるはずがない。
そうルーシーは貴族の男の武勇ともいえる勇気を心の中で称える。
それはそうと、ルーシーは長旅で風呂が恋しかった。
ゲオルグと貴族の男の元に行くルーシー。
やってきたルーシーを見て貴族の男は驚く。
「これはこれは! エトワールヴィルの皇女様じゃありませんか! いやはや、こうやって話すのは初めてですな!」
「ええ、ルーシー・エトワールヴィルと申します。先ほどは女神メルナを前にしての国を背負った勇気、感服いたしました」
「ははっ、そう言っていただけると嬉しいですな」
そんな他愛ない世間話を続けた後、ルーシーは言う。
「実は長旅で色々疲れてしまいまして、浴室を借りれればと思う次第ですが……」
「おおっ! それはそれは! ではご案内いたしましょうぞ!」
貴族の男がそう言った直後、大きな爆発音が近くの山の裏から響き渡った。
ドゴォォォォン! ドガァァァァン! ボゴォォォォン!
それを聞いた全員が驚いて振り向き、山の奥を見る。
強烈な破壊音が近くの山の奥から響き続け、しばらくして山が弾け飛んだ。
ドバァァァァン!
やがて土の雨が城塞都市に降り注ぐ。
山があった場所の土煙が風に飛ばされ、巨大なメルナが右手に大きな何かを持って現れた。
『面白そうな魔物が居たから軽い運動がてら仕留めてきたわ』
そういって巨大なメルナは手に持った大きな何かを城塞都市の目の前に投げ捨てた。
その大きな何か重量で地面が揺れ、土煙が舞い上がり、ゲオルグと貴族の男、そしてルーシーは大きな何かが落下した暴風に耐える。
何事だと、三人は狼狽え、目の前の落下した何かを見た。
そこにあったのは、紫色の鱗をした美しい巨大なドラゴン。
その美しい巨大なドラゴンを見て、三人は目を丸くする。
それもそうだ。
そのドラゴンは、この大陸で生きる者ならだれもが知る存在。
ルーシーは呟く。
「え、エンシェント・ドラゴン……」
そのルーシーの呟きに、貴族の男が驚く。
「そ、そんな馬鹿な! あのエンシェント・ドラゴンを倒したというのか!?」
そう驚愕する貴族の男を他所に、ゲオルグは軽く呟いた。
「エンシェント・ドラゴンを簡単に縊り殺す…… か。 女神メルナ様、やっぱすげぇや」
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