第三五話 『交渉する相手はハイヒールの下に消えた』


 隷属連邦の国境の町を越えて数日、ぽかぽかとした陽気が降り注ぐ昼時に、森を挟んだ向こう側に町が見えてきた。

 遠くの町は小さくも城壁が建てられた立派な城塞都市のようだ。

 周囲に見えるのは一面の畑。

 その城塞都市の門の前には人だかりが見える。

 多分、巨大な私を見て出てきた兵士たちだろう。


「さて、交渉といきましょう」


 独り言を呟いて城塞都市に向かう。

 一応、諸王国には私や旅団が通る事は通達済みだが……

 さてさて、快く許可してくれると嬉しいんだけど。



○○



 真っ黒なゴシックドレスを着た桃色のウェーブかかったロングヘアの美少女が森の方角から町に向かって歩いてくる。

 その美少女のプロポーションは誰もが振り向くであろう美しさと色気があり、まるでロマンス本の中から飛び出たかの様な美しさだった。

 だが、その美少女は普通ではなく、森の奥に居る。

 つまり、大巨人のような大きさの美少女だという事だ。

 城壁の門の中で、この町の防衛を任されている老齢の衛兵隊長の男が怒鳴る。


「早く外に出て隊列を組まんか! あのバカでかい少女を何としてでも食い止めるのだ!」 

「「「「承知いたしました!」」」」

「それとお前ッ! この事を魔道交信機で本国に通達しろッ!」

「承知いたしました!」


 老齢の衛兵隊長の男の怒鳴り声に、部下たちは大きな声で答えた。

 そんな衛兵たちの殆どは、軍人を目指すが実力不足で衛兵に配属された者たちばかりで、これから始まるであろう戦いに皆が不安そうな顔をしている。

 衛兵たちの様子を見て老齢の衛兵隊長の男は活を入れた。


「女神メルナだか知らないが、あんな化け物を国内に入れる訳にはいかん! 軍隊が居ない以上、お前たちが頼りだ!」


 そんな老齢の衛兵隊長の男の様子を遠くから見ている二人の衛兵たちが言う。


「隊長、今日はいつにもまして迫力あるな」

「まあ、隊長も俺たちも実践は初めてだからな。興奮してるんだろ」

「だろうな。正直、俺は実践が来るとは思ってもみなかったぜ」

「ちがいない」


 そう言いあう衛兵二人に、後ろから気弱そうな衛兵が来る。


「な、なぁ…… そもそも僕たち、アレに勝てると思う……?」


 そんな不安を口にする気弱そうな衛兵の言葉に、二人の衛兵は考える。

 自分たち衛兵は実践を経験していない上に、相手の戦力が見当もつかない程の敵。

 重厚な破壊音を足元から響かせて近づいてくる巨大な美少女は、衛兵たちどころか人智を超えた存在に見えた。

 二人の衛兵は言う。


「いや…… 無理だろ」

「俺はとっくに諦めたぜ。まあ運の尽きって奴さ」


 その言葉に、気弱そうな衛兵は肩を落とした。


「そ、そっか…… そうだよね……」


 そんな衛兵たちの元に老齢の衛兵隊長の男の声が掛かる。


「お前ら! そこで何している! さっさと隊列へ向かえ!」


 老齢の衛兵隊長の男の言葉に、二人の衛兵はヤレヤレと肩をすくめた。

 二人の衛兵は落胆した様子の気弱そうな衛兵の肩を叩いて言う。


「さあ行こうぜ。最後ぐらい華々しく戦って散ろうや」

「軍隊に入ったのが運の尽きってな。いいじゃねぇか。意味のある死に方出来るんだぜ?」


 二人の衛兵の言葉に気弱そうな衛兵は頷く。

 そんな気弱そうな衛兵の様子を見て、二人の衛兵は不敵に笑う。

 そして二人の衛兵と気弱そうな衛兵は門の前の隊列に向かって走っていったのだった。


 そんな彼らが最後の衛兵として隊列に合流する頃にも、真っ黒なゴシックドレスを着た桃色のウェーブかかったロングヘアをした桃色の瞳の巨大な美少女、巨大なメルナは歩いてくる。

 森を踏みつけ木々を破壊する音を鳴り響かせながら城塞都市に向かう巨大なメルナは、やがて森を抜けて城塞都市の手前、隊列を組む衛兵たちの目の前まで来た。

 巨大なメルナは腰に手を当てて足元の隊列を組む衛兵たちを見下ろし言う。


『ここの責任者と話をしたいのだけど…… どこにいるの?』


 そんな巨大なメルナから降ってきた言葉に隊列を組む衛兵たちはどよめく。

 言葉も通じない野蛮な巨人が来たと思っていた衛兵たちにとって、巨大なメルナからの言葉は驚きだった。

 浮足立つ衛兵たちに、老齢の衛兵団長の男は言う。


「狼狽えるな! 弓兵! 今すぐ迎え撃て!」


 その怒鳴り声に、弓兵が巨大なメルナに向かって一斉に矢を射る。

 メルナの美しい脚や真っ黒なゴシックドレスのスカートにパラパラと当たる矢。

 しかし弓兵が射る矢は一切、巨大なメルナに効いている様子は無い。

 弓で射られている巨大なメルナは何もせず、ただ見守っていた。

 やがて弓兵の攻撃が少なくなっていき、弓兵は誰も攻撃しなくなる。

 なぜ攻撃をやめたのだ。

 そう老齢の衛兵団長は激怒する。


「何をしておる! 弓兵! 攻撃を続けろ!」

「も、もう矢が有りません! 矢が尽きました!」

「何を馬鹿な事を言っている!」

「矢は有りません! もう無いです!」


 老齢の衛兵団長が弓兵たちと言い合っていると、上空から巨大なメルナの声が下りてきた。

 

『もう満足? それなら私の話を聞いてほしいんだけど』


 巨大なメルナからの言葉に、老齢の衛兵団長は声を荒げる。


「話を聞くな! ここを通せば我らの国民がどうなるか考えろ!」


 老齢の衛兵団長の言葉に士気が上がる隊列の衛兵たち。

 皆が己の使命に燃え、声を荒げている。

 そんな隊列の衛兵たちを見て、心底めんどくさそうな表情を作る巨大なメルナ。

 巨大なメルナは溜息をつき、仕方なさそうに言った。


『わかったわ。あなた達がその気なら、もう容赦しないわ』


 そんな不穏な言葉を吐いた巨大なメルナを見上げる隊列の衛兵たち。

 何か攻撃が来る。

 そう警戒し隊列の衛兵たちは武器を構えた。

 そんな目の前の隊列を組む衛兵たちなんてお構いなしに、巨大なメルナは体を丸めて力を溜める様子を見せる。

 そして巨大なメルナは力を解放した。

 巨大なメルナが、さらに巨大になっていく。

 何処までも巨大になっていくメルナは、地表の雲を突き抜け、中層の雲を突き抜け、そして上層の雲をも突き抜けた。


 天高くに聳えるメルナ。

 上空の雲を押し退けながら、その遥か先から見下ろされる隊列を組んだ衛兵たち。

 人智を超えた神話の様な光景に衛兵たちは、ただ腰を抜かす事しかできない。

 そんな彼らの頭上には、天を突いて聳え立つメルナが片足を上げ、その巨大なハイヒールで上空の雲をかき乱しながら靴底で地上に狙いを定める姿。

 驚きで何も口にできない衛兵たちなんてお構いなしに、天高くに聳えるメルナは巨大な脚を振り下ろした。

 空を覆う巨大なハイヒールの靴底が雲をかき分け落下する。

 そして、その途方もない程に巨大なハイヒールは衛兵たちを覆いつくし、城塞都市の何十倍もある大きさのハイヒールの先端が、門の目の前に着弾した。


ズッドォォォォォォォォン! プチプチプチプチプチプチプチッ!


 その場にいた衛兵は全員踏みつぶされ、ハイヒールが落下した衝撃で城塞都市の三分の二が土砂と一緒に吹き飛んだ。

 土砂の雨が降り、やがて止んだころに巨大なハイヒールが上空へ持ち上がっていっく。

 そこに残ったのは地面が爆ぜたように三分の二が消え去った城塞都市と、その城塞都市を十個以上踏みつぶしても未だに余りある程に巨大なハイヒールの足跡だった。

 自身が作った足跡を眺めながら、天高くに聳えるメルナは言う。


『あーあ、交渉する筈が、つい踏みつぶしちゃったわ。全く、大陸首脳会議に出席するだけでも大変ね』


 大きな声を響かせ、メルナは伸びをする。


 そんなメルナの様子をはるか遠く、安全な場所で停車し眺めていた外交旅団。

 そのエトワールヴィルの特使として同行していたルーシーは、その圧倒的な力の前に言葉もでなかった。

 以前に話には聞いていたが、実際に見ると驚愕と恐怖と畏怖しかない。

 あの強大な力をもった女神メルナが、自分たちの祖国に向かっている。

 その事実だけで、ルーシーはめまいがした。




――――【あとがき】――――



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