第三三話 『出発の狼煙の大虐殺』


 真っ黒の豪華なゴシックドレスに、ピンの細いハイヒール。

 そんな衣装を身に纏った、桃色のウェーブかかったロングヘアの桃色の瞳をした美少女が、目の前の姿見の中で立っている。

 まるで謁見をするかの様な衣装だが、今から行くのは謁見の間ではない。

 何を隠そう、今から向かうのはエトワールヴィル。

 この大陸の最南端の位置にある国だ。

 

 他の人から見たら、おまえマジでこの格好で長距離を旅するのかと、私の正気を疑われるであろう衣装。

 正直、私もこれを出された時には仕立ての責任者を疑った。

 だが仕立ての責任者曰く、このドレスとハイヒールは過剰に頑丈に作られていて、激しい動きにも余裕を持って耐えられるのだとか。

 それに、外に出て旅をすると言えど、どうせ私を害せる存在は居ない上に、これほど巨大な私には地面の違いなんて有って無いようなものだろうから、それなら豪華絢爛な衣装で外の世界を練り歩いたほうが威厳があるだろうと、そう判断しての、この衣装らしい。

 確かに、どんな草原だろうと、どんな密林だろうと、どんな湿地帯だろうと、正直全てがつま先以下の私からしたら、無いも同然と言えば同然だ。


 姿見の前に建つ私に、壁に敷設された通路から「メルナ様、今よろしいでしょうか」と男性に声をかけられる。

 壁の通路を見るとそこには文官の男性の姿があった。


「なによ」


 私の言葉に文官の男性は言う。


「ルーシー嬢と、その一行の皆様の準備も整いました。旅団は何時でも出発できますが、いかがなさいましょうか?」

「そう、なら出発しましょうか」


 そう文官の男性に答え、私は部屋を出て宮殿の玄関に向かう。

 それにしても、久しぶりの外出だ。

 最後の反乱を鎮圧した半年ぶりだろうか。



○○



 広大に広がるゼレノガルスクの、その中央に位置する巨人の為の巨大な宮殿。

 その巨大な宮殿の麓に広がる城下町は、さながらミニチュアの様だ。

 巨大な宮殿の玄関アーチから城下町を貫く大通りは活気に溢れ、様々な店が立ち並ぶ。

 そんな活気ある大通りは、今日は何時もより人通りが少なかった。

 大通りで露店を構え、商いをしている老人は不思議そうに目の前の客に言う。


「ところでお客さんや。今日はやけに人通りが少ないんじゃが…… 何かあったのかの?」


 そんな露店の老人に、目の前の客の、ガラの悪い大工は言う。


「しらねぇよ。俺は、この町の住人じゃねぇからよ。まあでも、ここ数日なんだよな。この大通りで街の住人を一切見かけないってのは。不思議なもんだぜ」


 ガラの悪い大工の言葉に、露店の老人は軽く頷く。

 ここ数日間、街の住民は大通りを避けて通っている。

 今この大通りに居るのは皆が皆、この街に出稼ぎに来た労働者だ。

 出稼ぎに来た労働者を、外から来た行商が相手をしていて、本来の街の人々はどこもかしこも店を固く戸締りしていた。

 その事に不思議に思いながらも、出稼ぎの労働者たちは必要な雑貨や食事を求めて今日も大通りに集まっている。

 

 大通りを歩く冒険者の五人組パーティー。

 そのパーティーの斥候の女性が、人通りの少なさを見て言う。


「ねぇ、リーダー? 人通りが減ったのってさ、あの通達があってからだよね。」

「なにがだ?」

「ほら、女神メルナ様とやらが遠征に出るために数日以内に大通りを通るから、不要不急の大通りの往来は控えるようにーってやつだよ。あれって、結局なんだったんだろうね」

「確かにそうだな。あれ以降か。街の住人が大通りから消えたのは」


 冒険者のリーダーがそう言うと、斥候の女性が不安を口にする。


「ねぇ、早く宿に帰らない? 何か今日は嫌な予感がする……」

「……そうか」


 街の住人が少ない事は、この大通りの至る所で出稼ぎ労働者などの街の余所者の間で話されていた。

 そんな人の往来が活発な大通りで、突如けたたましく鐘の音が鳴り響く。

 大通りに等間隔で設置された何かの警告用の鐘が、一斉にカランカランと鳴り響く。

 一体何事だと街を往来している人々を他所に、先ほどまで店を開けていた数件の街の住民は急いだ様子で店を閉め、大通りを往来していた街の住民は大急ぎで路地に入っていく。

 そんな様子に大通りの出稼ぎ労働者たちは不思議そうな顔をする。

 やがて鐘の音が鳴り止み、静寂が訪れた。

 大通りを往来する人々は口々に言う。


「なんだったんだ?」

「さぁ? 俺が分かるかよ」


「町の住民、皆いなくなっちゃったね」

「まあ、すぐに戻ってくるさ」


「何か嫌な予感がするぜ」

「ああ、早いところ用件を済ませちまおう」


 皆が口々に言う最中、突如ゼレノガルスクに鈍い騒音が響き渡る。


ゴゴゴゴ!


 大通りの人々は一斉に音が響く方角を見た。

 そこで見たのは、巨大な巨人の宮殿の、途方もない程に巨大な観音扉が開く様子があった。

 あの宮殿の巨大な扉が開く。

 出稼ぎ労働者としては珍しい光景。

 そんな物珍しさを一目見ようと、大通りには人だかりができあがる。


 やがて扉が完全に開き、そこから現れたのは、真っ黒なゴシックドレスを身に纏った、桃色のウェーブかかったロングヘアの桃色の瞳の、途方もなく巨大な美少女。

 まるで世界を支配する女神様のような巨大なメルナの姿を初めて見た人々は息をのんだ。

 そんな巨大なメルナは足を前に出し、宮殿の外に向かって歩き出す。


ズゥゥゥゥン! ズゥゥゥゥン!


 重厚な破壊音を足元から響かせ、宮殿の玄関アーチに向かっていく。

 巨大なメルナが向かう巨大な玄関アーチの先にあるのは、まごう事無き人々が集う大通りだった。

 だが大通りの人々は逃げる様子がない。

 大通りの人々は、あまりの驚きに逃げることを忘れ、ただ茫然と巨大なメルナが近づいてくる様子を眺めている。

 そうこうしているうちに、巨大なメルナは玄関アーチの手前まで来た。

 逃げる様子が無い足元の人々を見て立ち止まり、巨大なメルナは溜息をつく。


『はぁ…… 一応言うけど、私、待たないから。さっさと逃げなさい』


 そういうと、巨大なメルナは玄関アーチから大通りに一歩を踏み出した。


ズゥゥゥゥン! ブチブチプチブチブチュッ!


 大通りの群衆の中に巨大なハイヒールが落ち、五十人は超える人々が靴底の下に消えた。

 それを見た人々は悲鳴を上げ、一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「うぁああああ!」

「逃げろっ! 早く逃げろっ!」

「早く行けよ! 踏みつぶされるぞ!」

「死にたくねぇ! 早く行けよ!」


 我先へと路地裏や別の道へと走り始める群衆たち。

 そんな阿鼻叫喚の大通りの様子に構う事なく、巨大なメルナは大通りを歩む。


ズゥゥゥゥン! ブチブチブチプチッ! ズゥゥゥゥン! ブチブチブチブチブチュ!


 そんな様子を遠くで見ていた露店の老人は、急いで荷物を片付け始めた。

 大事な商品を一つ残らず荷物にまとめ始めた露店の老人に、ガラの悪い大工は怒鳴る。


「商品なんてどうでもいいだろっ! 早く逃げろよ!」

「荷物は商売の命じゃ! お前さんも手伝ってくれっ!」

「馬鹿野郎がっ!」


 ガラの悪い大工が説得するが、老人は一向に気にも留める様子がない。

 そんな様子にガラの悪い大工は苛立ち、さらに口調が荒くなる。


「お前は馬鹿なのか!? 本当に大馬鹿ものだな!?」

「うるさいわいっ! 商品がなくなったら生きていけんのじゃぞ!」

「どうとでもなるだろが!」


 そうこうしている内に、巨大なメルナの姿が迫ってきた。

 もう手に負えない。

 そう思い、露店の老人を置いて逃げようとガラの悪い大工は走り始める。

 だが、もう上には巨大なハイヒールの靴底が空を覆っていた。


ズゥゥゥゥン! プチプチブチグチャ!


 露店の老人とガラの悪い大工、その周囲に居た人々の上に、巨大なメルナのハイヒールを履いた足が落下する。

 やがてハイヒールが上空に持ち上がると、後に残ったのは圧縮され平べったくなった無数の死体と、全て圧縮されペラペラになった商品だった。


 そんな惨劇を見続けた五人組の冒険者パーティーたちは急いで走り、逃げる。

 走りながら魔法を練る男性の魔術師に、パーティーの斥候の女性が言う。


「あんたアレに攻撃が通るとでも本気で思ってんの!?」

「うるせぇ! やってみなきゃわからんだろうが!」

「魔法使う体力あるなら走りなさいよ!」


 そんな二人に冒険者パーティーのリーダーが言う。


「喧嘩するより足を動かせッ!それとお前! 絶対に魔法は使うなよッ!」

「なんでだよ!」

「あんなのに敵対されて生きて帰れるわけないだろうがッ!」

「……くそがっ!」


 そう言いながら走る事に専念し始める魔術師。

 全員が必死に走るなか、パーティーメンバーの回復士の女性が転倒してしまう。


「ひぐぅ!」

「大丈夫っ!?」


 そう言って駆け寄る斥候の女性。

 それを見て冒険者パーティーのリーダーは言う。


「さっさと担げ馬鹿者! 全員で生きて帰るんだぞ!」


 リーダーの言葉に頷き、回復士の女性を介抱する斥候の女性。

 しかし、その上空にはメルナの巨大なハイヒールの靴底が迫っていた。


ズゥゥゥゥン! ブチブチブチブチブチュグチュ!


 落下の衝撃が回復士の女性と斥候の女性を襲う。

 二人は運よくハイヒールの靴底とピンの間で事なきを得た。

 巨大なハイヒールが持ち上がり、そして去っていく。

 斥候の女性は生存を喜び、他のパーティーメンバーが居た場所を見る。


「よかった…… リーダー! なんとか生きてますよ私た―― っ!?」


 しかしそこには巨大な足跡と、もう誰が誰だかわからない程に圧縮されたおびただしい死体の数々。

 

「り、リーダー……? そんな、リーダー……」


 一緒に生き延びた回復士の女性と抱き合い、ただ茫然と巨大な足跡を眺める。

 もうそこには沢山の冒険と死線をかいくぐった仲間たちは居なかった。


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