第三一話 『どうやって大陸首脳会議に参加するか』


 普段なら就寝している筈の深夜。

 夜空が綺麗な窓際のテーブルにて、満点の星空の爽やかさとは異なり、私の心は猛省の沈みゆく夕日のようだった。

 テーブルの上に居るロナウドは、目に見えて不機嫌だ。


「ご、ごめんなさいロナウド…… その、つい気が大きくなって……」

「へぇ…… でも、それで使者団の人たちをさ、あんなに怖がらせて良い理由にはならないよね?」

「うぐっ……」


 ロナウドの言う事は、ごもっとも。

 今思えば、彼らは遠方から遥々来た客人たちだ。

 だからせめて労う事ぐらいはしてあげるべきだし、今日みたいに怖がらせるばかりじゃ、本当に私は、本当の意味で巨神族の少女になってしまう。

 せめて彼らに少しでも冷静に対応してあげられたなら、彼らは心を傷つかずに済んだのに……


「ね、ねぇ。あの人たちは、今どうしてるの……?」


 ロナウドに彼らの現状を聞く。

 私の問いに、ロナウドは不機嫌を隠さずに答えた。


「来賓室で休んでもらってるよ。せめてもの償いとして、僕から最上級のおもてなしをトモエに指示してあるさ」

「そっか……」


 それならよかった。

 せめてもの償いとして、彼らには宮殿でゆっくりしていってほしい。

 猛省する私を見てか、ロナウドが声をかけてくる。


「まあ、ちゃんと反省できる所がメルナの良いところではあるけどね」


 そういうとロナウドは真剣な声色に変えた。


「それはそうと、あの大陸首脳会議の件だけど、メルナは出席するべきだと思うよ」

「そ、それはどういう……」


 困惑の声が出てしまったが、仕方がない。

 だって、今回の大陸首脳会議は……

 私だって大陸首脳会議に出席する事はやぶさかではないし、出席できるなら主席しても良いとは思っている。

 でも…… でもだ。

 今回の大陸首脳会議って――

 そんな困惑する私なんて何処吹く風に、腕を組んで持論を展開するロナウド。


「今、この大陸の諸国は隷属帝国との接し方を模索しているようだ。只でさえ、他国から見たら謎の皇帝を元首に置いた上に国民全員が奴隷と位置付けられているような強権的で恐怖政治の様相に見えるだろうからね。だから――」

「ね、ねぇロナウド? その、今回の大陸首脳会議って……」

「――だからこそ、メルナは今回の大陸首脳会議には参加するべきだと思うんだ。嫌な話だけど、今のメルナを一目見たら隷属帝国の現状は理解できるだろうし、なぜ沢山の王国を併合できたかも納得すると思う。だからさ、外交的にも――」

「ねぇ! ロナウドったら!」


 私の大きな声に驚いて私を見るロナウド。

 私だって、別に大陸首脳会議に主席するメリットは理解している。

 沢山のメリットがあり、できれば出席したほうが良いのも理解できる。

 でも、でもだ。


「ねぇ、ロナウド。大事な事を忘れてない? 今回の大陸首脳会議って…… エトワールヴィルよ?」

「……」

「エトワールヴィルって、何処にあるか知ってるよね? この大陸のさ…… 最南端よ?」

「……」


 そう、これこそが正直に言って今回の大陸首脳会議に出席したくない最大の理由だ。

 大陸の最南端に位置する、別大陸との貿易で財を成している外交国家であるエトワールヴィル。

 それが今回の大陸首脳会議の開催国。

 つまり、今回の大陸首脳会議に出席するには、このゼレノガルスクから遥か南に移動する必要がある。

 テーブルの上で私を見上げるロナウドに聞く。


「その、こういっちゃ何だけど、どやってエトワールヴィルに行くの? 沢山の諸王国の国境を沢山跨がないと、たどり着けないわよ?」

「……」

「私の言いたいこと、分かるわよね? 大陸首脳会議は開催されると数日はかかるし、その前後で更に数日の滞在もいるでしょう。 つまりね、使用人や外交官や護衛の騎士が、こんなに大きな私に仕えるためには、信じられない程の大規模な群衆になって移動する必要があるわ」

「……」


 無言で私の言葉を聞くロナウド。

 先ほど言ったように、こんなに巨大な私に仕える使用人や外交官、それらを護衛する騎士が大量に必要になる。

 それらの巨大な軍勢の移動の問題もあるし、何より最大の問題がある。

 それこそが、私自身の問題だ。


「それにね、私ってさ、見ての通りで、こんなに大きい訳じゃない? こんな大巨人の為の馬車なんて有る筈もないし、つまり私は永遠と歩かないといけない」

「……」

「別に私は歩きたくないって言ってる訳じゃ無いの。ただ、こんな大巨人が歩いて数週間も大移動するなんて、諸王国は黙って許すと思う? ただでさえエトワールヴィルに行くには、沢山の諸王国の国境を跨がないといけないのに。」

「……」


 黙って聞いているロナウドに、再度聞き返す。


「ねぇ、ロナウド。私の言いたい事、分かるわよね?」

「……ああ、わかるさ。君の言いたい事は、理解したよ」


 私の言葉に、そう返したロナウド。

 そんあロナウドは、とんでもない事を言う。


「でもさ、それって別に何も問題じゃないよね」

「それは、どういう……」

「言葉の通りだよ」


 いったい、どういう事なんだろう。

 ロナウドの意図がよくわからない。

 普通に考えたら使用人や外交官の大移動を諸王国が許すとは思わないし、その中には騎士さえ含まれるから、なおさら越境を嫌がるのは普通だ。

 それに、こんな巨大な私が領地を踏み荒らすのを黙って許すとも思えない。

 私の疑問にロナウドは、何てことなさそうに答える。

 

「別に、大移動は物理的には出来るんだから、やればいいじゃないか」

「それはそうだけど、でも普通に考えて、そんな越境を諸王国が許す筈も無いし……」

「別に、許されなくてもいいじゃないか」

「そ、それはどういう……」


 ロナウドは私の疑問に、さも当然だろうといった感じに言い放す。


「別に、許しを請う必要はないさ。越境を拒絶してきたり武力をちらつかせるなら、メルナが今までやってきたようにすればいい」

「それって、つまり?」

「女神メルナ様に歯向かうなら、そんな国は女神メルナ様の御稜威によって滅んでしまえばいいさ」

「なるほど……」


 ロナウドの口から出た、あまりの暴論に生返事を返してしまった。

 それはつまり、最終的に隷属帝国を束ねた時と同じ方法で解決すればいい、という事。

 でも、本当にそれでいいのだろうか……

 私の心を感じ取ったのか、ロナウドは優しく笑って言う。


「別に諸王国を滅ぼせばいいって話じゃないよ。脅してくるなら、少し小突けばいいってだけさ。メルナに脅された上で大陸首脳会議の為の越境を拒否する国なんて、そんな国は少ないと思うよ」

「……そっか」


 私の返事にロナウドは軽く微笑む。

 そして、ロナウドは正式に執政として私に聞いてくる。


「それで、執政として聞くけど、メルナは今回の大陸首脳会議に参加するかい?」

「うん、参加するよ。だから必要になる物資と計画をお願い。」

「ああ、仰せのままに。女神メルナ様」

 

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