第三十話 『エトワールヴィル使節団』


 ソファーでロマンス本を読みふけっていると、近くから若い女性の怯えた声が聞こえた。


「め、メルナ様! そろそろ謁見のお時間が近づいてまいりました!」


 若い女性の怯えた声に振り向くと、ソファーの上で怯えた様子の新人らしきメイドの姿だった。

 そんなに怖がらなくても、何もしないっての。

 こう見えて私、今まで気まぐれで誰かを殺した事など全くない心優しい巨神族の少女だってのに。

 全くもって心外だ。

 そんな心境とは裏腹に、新人らしきメイドは恐怖の顔を作る。


「ひっ…… こ、殺さないでッ!」


 あらら、どうやら不機嫌が顔に出ていたみたいだ。

 参ったな…… ほんと、なにをしても怖がられるばかり。

 先ほどのロナウドの言葉が過る。

 本当にロナウド以外の皆から怖がられ、本当の私を見てくれる人が居なくなったら、私はいったいどうなってしまうのだろう?

 怯え切った新人らしきメイドに、ため息交じりに言葉をかける。


「分かったわよ。そんなに怯えなくても、何もしないわよ……」


 手元のロマンス本を閉じて立ち上がり、謁見の間に通じる扉の前に立った。

 さて、この私に面倒事を持ってきた遠方の国の使者団とやらと会ってやろうじゃないの。



○○



 絢爛豪華で、あまりにも途方に巨大な謁見の間。

 そんな謁見の間に、この隷属帝国では見ない騎士団の鎧を身に纏った護衛や着立ての良い服の文官の姿があった。

 その集団の中心。

 一目で高貴な身分が判る仕立ての良い軽装のワンピースを着ている水色のロングヘアをした水色の瞳の少女は、その荘厳であり途方もない巨大さを誇る謁見の間に気後れしていた。

 この世の全ての贅沢を集めたかの様な煌びやかで華々しく、それでいて巨人の為の部屋と言わんばかりの、すべての調度品が巨大な部屋。

 仕立ての良いワンピース姿の少女は、近くに居るタキシード姿で目つきの悪い金髪金眼の男性に声をかけた。


「ねえハヴェル? この国の元首って巨大な女神様って聞いてたけど…… この屋敷、本当に巨人の為みたいじゃない?」

「ついにルーシー嬢の頭がおかしくなっちまった。 ……と言いたい所だが、実は俺も、それを思ってた所だ」


 仕立ての良いワンピース姿の少女、ルーシーの言葉に、ハヴェルと呼ばれた目つきの悪い金髪金眼の執事は、自身が仕える筈のルーシーに毒を吐きながら、その言葉に頷く。

 周囲の着立ての良い服の文官や、その護衛の騎士たちも、その巨大な謁見の間に驚いていた。

 そんなルーシーたち一行に、メイド服を着た一人の女性が駆け寄ってくる。

 駆け寄ってくるメイドに気が付いた文官の一人が、そのメイドに声をかけた。


「おお、トモエ殿。そんな急がれて、どうなさいましたかな?」


 ルーシーたち一行に駆け寄ったのは、黒髪黒目のショートボブのメイド。

 この巨大な屋敷で一番の事務方の権力者、メイド総長兼事務総長であるトモエだった。

 駆け寄ったトモエはルーシーたち一行に言う。 


「エトワールヴィル使者団の皆様、そろそろメルナ様がいらっしゃいますので、私についてきてください」

「この部屋が謁見の間だとお伺いしていますが、違いましたかな?」

「はい、この場所で合ってますが、ここは玉座に近すぎます」

「なるほど、特別な作法があるのですな」


 トモエの移動を促す言葉に、文官は特別な作法があると理解しようとする。

 しかし、そんな文官の認識に、トモエは否を言う。


「いえ、違います。我らの帝国に特別な謁見の作法などは存在しませんよ」

「うん? 違うのですかな? それならどうして……」

「ただ、ここは玉座に近すぎるだけでございます」

「と、いいますと?」


 トモエの言葉に、よくわからないといった様子の文官。

 そんな文官たちに、トモエは仕方ないと言いたげに立ち止まり、ため息をついてハッキリと文官たちに言い放つ。


「はぁ…… ここは恐れ多くもメルナ様がお座りになられる玉座の近くです。玉座から離れないと命がいくつあっても足りません」


 そうトモエは言い、最後の念押しに軽く脅しも入れる。


「……まあ、メルナ様の巨大なハイヒールの靴底のシミになりたいのでしたら、止めはしません。苦しまずに逝けると良いですね」


 トモエの言葉に、顔を真っ青にして冷や汗を流すルーシーたち一行。

 ルーシーはトモエに案内を急かす。


「は、早く安全な場所に案内してくださいっ!」

「ええ、わかってますとも」


 必死なルーシーの様子に、トモエは苦笑いで答えた。

 そうしてトモエは再度歩き出した。

 

 トモエの先導の元、しばらく歩いたルーシーたちは、床に印がつけられた位置までやってきた。

 そこで立ち止まったトモエは、クルリとルーシーたち一行に振り向く。


「……はい、ここで大丈夫ですよ。ここから勝手に遠くに行ったりはなさらないでくださいね」


 トモエの言葉に、安堵するルーシーたち一行。

 文官の一人がトモエに感謝を述べる。


「ご案内、感謝いたしますぞ。トモエ殿」

「はいっ! 皆様もメルナ様への謁見、がんばってくださいねっ!」


 トモエの返答に軽い笑みを浮かべる文官たちに、トモエは言う。


「メルナ様の機嫌を損ねると簡単に捻り殺されてしまいますからねっ! 皆様と明日も会える事をお祈りしていますっ!」

「そ、それはどういう……」


 とんでもない事を、さも当然と言わんばかりの笑顔で言い残し、トモエは去っていく。

 残されたルーシーたち。

 ルーシーは不安そうな顔でハヴェルに言う。


「私たち、もしかしてとんでもない化け物を相手に今から交渉しようとしているのかしら……?」

「怖い事を言うなよ……」


 そうルーシーにハヴェルは返した。


 しばらくして、ルーシーたち一行が居る謁見の間に轟音が響き渡る。

 轟音の元をルーシーたち一行は見た。

 それは巨大な扉だった。

 途方もない程に巨大な扉が、重苦しい轟音を立てて開いていく。

 その途方もない巨大な扉が開いた後、その扉から一人の美少女が現れた。

 途方もない程の巨大な美少女が、その巨大な扉から姿を現したのだ。

 入ってきた巨大な美少女を見て、ルーシーは驚く。


「な、なんて大きい……! あれが、この隷属帝国の元首!?」


 ルーシーの言葉に、ハヴェルも驚きを口にする。


「あれが女神メルナ様ってやつか……! そりゃあ国が簡単に併合される訳だ……」


 只々驚いていたルーシーだったが、ハッと何かを思い出し、冷や汗を出す。

 未だに驚いているハヴェルに、ルーシーは恐る恐る聞く。


「ねぇハヴェル? もしかして、私たち今からアレと交渉しないといけないの……?」

「ッ!? ……うっそだろ?」


 自分たちの使命を思い出し、ルーシーたち一行は狼狽えた。

 そんなルーシーたちなんてお構いなしに、巨大なメルナは玉座に向かい、そのハイヒールから大きな足音を響かせる。


ズウゥゥゥン! ズウゥゥゥン!


 しばらくして、巨大なメルナが玉座に座る。

 この世のものとは思えない質量の音が響き渡る。


ドッズゥゥゥゥゥゥゥン!


 そんな現実離れした景色をルーシーたち一行は口を開けて眺める事しかできなかった。

 巨大なメルナは足を組み、下に居る矮小なルーシーたち一行を見る。

 驚いた様子のルーシーたち一行をしばらく眺めた巨大なメルナは、わざとらしくハイヒールを履いた足をルーシーたちの目の前に下した。


ズッドォォォォン!


 荒れ狂う暴風がルーシーたち一行を襲う。

 その何気ない脅しで、ルーシーたち一行は理解した。

 理解してしまった。

 目の前にいる巨大な少女にとって、自分たちなんて簡単に踏みつぶせる程に吹けば飛ぶ存在なのだと。


 振り下ろされた巨大なハイヒール。

 その迫力と恐怖にルーシーは腰を抜かし、その場にへたりこんでしまう。

 ルーシーたち一行の様子を眺めながら、巨大なメルナは口を開いた。


『で? こいつらが私の読書を邪魔した使者団ってやつら? ふぅん……』


 巨大なメルナは、そう言うと不機嫌に矮小なルーシーたち一行を睨みつけた。

 その圧倒的な存在の不機嫌さに、ルーシーたち一行は恐怖する。

 恐怖で腰が抜け、その場にへたり込むルーシー。

 それを見たハヴェルは、代わりに目の前の巨大なメルナに自己紹介を始めた。


「き、貴殿のお楽しみを邪魔した事は詫びますッ! お、俺は横に居られるルーシー・エトワールヴィルの執事、ハヴェルと申しますッ!」

『ふぅん……?』


 勇気を振り絞り、ハヴェルは巨大なメルナに用件の説明を始める。


「わ、我々エトワールヴィル使節団が今回、貴殿の元にお伺いした目的ですが、今年の大陸首脳会議が我々の国で行われる事が決定したからでございましてッ!」


 ハヴェルは巨大なメルナに説明する。

 数年に一度だけ開催され、各国の元首が一同に会して交流し、国際的な諸問題を話し合う『大陸首脳会議』がルーシーたちの国、エトワールヴィルの首都にて開催される事が決定した。

 その大陸首脳会議の参加国の直近の懸案事項である、とある帝国の議題が中心になる事も決定した。

 その懸案事項は、近年に突然現れて勢力を拡大し続け、国民の全てを奴隷と位置付けている、内情が全く謎に包まれた『女神メルナ様の為の奴隷的な隷属帝国の連合王国群』通称『隷属連邦』という謎の大帝国。

 武力で一方的に併合し、その併合した国民すべてを奴隷とする大帝国こそが、大陸首脳会議の出席国の最も直近の懸案事項であった。

その大帝国の元首と見られる謎の存在『女神メルナ』に一度、大陸首脳会議に呼びつけてみようと一部の国が言い始めて結果的にそれが正式に可決され、その大陸首脳会議への招待状をエトワールヴィルが責任をもって届ける事が決定した。

 そうして、ルーシーたち一行が今、女神メルナの御前に居る理由だと、そうハヴェルは説明した。


 そんなハヴェルの説明を受けていたメルナは途中から不機嫌まっしぐらだった。

 ハヴェルの説明がすべて終わる頃には、メルナは不機嫌を隠そうともせず、その様子にルーシーたち一行は恐怖で顔を歪めている。

 不機嫌を隠さずにメルナは言う。


『全く、なんで私が矮小な奴らの為に出向かわないといけないの?』

「そ、それは今年の開催地が我らの祖国であるエトワールヴィルに決定したからですッ!」

『そうじゃなくて、なんで私が大陸首脳会議に出席する事を強要されてるのかって話をしているのよ……』

「そ、それは各国の議論によって決定した事柄でありましてッ!」

『はぁ……』


 不機嫌が頂点に達しているメルナは、乱雑に足を組みなおす。


『まったくッ!なんで私がッ!』


 ハイヒールを履いた足が乱雑にルーシーたちの目の前に振り下ろされた。

 そこに居た数人の使用人を巻き込んで。


ズッドォォォォォォォォン! ブチッ!ブチュ!ブチュグチュ!


 暴風に襲われるルーシーたち一行。

 ハヴェルは目の前で起きた惨劇に一瞬だけ思考が停止する。

 いとも簡単に奪われた命。

 そんな惨劇を起こした巨大なメルナの反応は、あまりにも軽かった。

 

『あぁ、やっちゃった……』


 巨大なメルナは、そう言ってゆっくりと自身の足を上げ、巨大なハイヒールが持ち上がる。

 巨大なハイヒールの靴底から現れたのは、血だまりと平べったく圧縮された何か。

 その人知を超えた絶対的な暴力を前に、ハヴェルたちルーシー一行は恐怖のあまり失神してしまうのだった。


 


――――【あとがき】――――



・久しぶりの本文執筆すぎて、一人称描写も三人称描写も極端に下手になってる…… 特に三人称描写が壊滅的…… ちゃんと感覚を取り戻す努力をするので、今しばらく品質の低い文章で我慢してください。


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