第二八話 『世界の絶対的支配者である女神メルナ様』
意気揚々と王城に戻った私を待っていたのは暖かい歓迎ではなく、女神メルナ様としての祭り上げだった。
謁見の間で、本来は皇帝陛下が座るべき場所にテーブルが置かれ、そこに私が座っている。
なんだかんだ今まで優しかった皇帝陛下が顔を蒼白にして笑顔を無理やり作って機嫌を窺ってきた。
「め、女神メルナ様!何か不満はありませんかな!?我らの全て、貴方の所有物でございますから!ワシが何でも用意させまするぞ!」
その横で、執政をしていたラルドも同じ表情だ、
手でゴマをすり私に近づいてくる。
「女神メルナ様!なんでもご要望を言ってください!私なら、持ち得る全てのツテで要望をかなえて差し上げますとも!」
そんな変わり果てた立場と扱いに、なんだか気が落ちる。
正直、血で真っ赤に染まった王城を見上げた時に嫌な予感はしていたが、こうも嫌な予感が当たると気を落とさずにはいられない。
今の帝都には血の匂いが漂っている。
この王城が黄金のゴリラの血で濡れてるから血の匂いがするのかな、と思っていたが、どうにも王都の外の血の匂いと、この王城で漂う血の匂いは違う感じがする。
まさか…… と思いたいが、そうなんだろうなと心の中で納得する理由が私の頭をよぎった。
多分、帝都全体に漂う血の匂い…… あれは人の血の匂いなのだろう。
馬車で王城を出発する前に冗談交じりで、私はいつから殺戮マシーンになったんだ、なんて心の何処かで思っていたが、本当に殺戮マシーンになってしまった様だ。
正直、もう何も考えたくない。
そんな私の心を抉る様な報告が、今しがた緊急で入ってきた兵士により行われた。
「報告!女神メルナ様の御稜威の概算が出ました! 死者だけで二十万人!負傷者は多すぎて概算不能です!」
「なんと、やはり女神メルナ様のお力は凄いものがあるな!」
兵士の言葉に皇帝陛下は嬉しそうに褒めたたえる。
いや皇帝陛下よ、よく考えてはどうか?
そんな大虐殺をした憎き奴が目の前にいるんだよ?
なんで、そんな嬉しそうなんだ?
この場に居る皆よ、よく考えてはどうか?
なんで、こんなに憎き奴が無抵抗なのに斬りかかってこないの?
それと、死者が二十万人って、そんなに私は殺してしまったの?
これじゃあ、名実ともに殺戮マシーンじゃないか。
もう、この帝都から逃げたい。
さっさとゼレノガルスクに帰りたい。
そんな思いが、私の口を動かした。
「ねぇ、皇帝陛下……?」
「いえ!私の事は下僕とお呼びくださいませ!」
「ああそう…… じゃあ下僕。私、ゼレノガルスクに帰りたいの。あそこには私専属の使用人達も待っているから、さっさと私用の新しい馬車を作って頂戴」
そう言うと、目の前の皇帝陛下……
いや、ここは昔に教えてもらった巨神族の少女の童話に則って、コイツはクラスノヤ帝国の下僕皇帝とでも呼んでやろう。
もう、ここまで殺戮マシーンになってしまったんだ。
無駄に優しく振舞うより、巨神族の少女の童話チックな方が、その方が皆も納得してくれそうだし。
私の言葉に、下僕皇帝は蒼白な顔でニコニコしながら言ってきた。
「ええ!その体では今の馬車には入りませんよね!?すぐに新しい馬車を職人達に作らせますとも!」
そう言って下僕皇帝は自分の家臣に指示を出す。
巨大化スキルを使ったがゆえに、また元の大きさが大きくなったのだ。
その身長、八メートル。
もう、まごう事無く巨人だ。
この謁見の間で踏ん反りかえっている理由だって、殆どの理由が、ここぐらいしか私が立てないというのが理由だ。
私を見上げながら下僕皇帝は言ってくる。
「それはそうと、僭越ながらお伺いしたい事がございますゆえ……」
「あぁ?」
「ひぃ! ど、どうか、そう怒らずに……」
怯えつつも、ニコニコとすぐに笑顔を作る下僕皇帝。
もう私は巨神族の少女の童話で行く事を決めたのだ。
これぐらい気が大きい方がちょうどいいってもの。
私の態度にガックガクの下僕皇帝に溜息をつき、言う。
「はぁ…… なによ、手短にお願い」
「は、はい…… 存じの通り、私の国では次期皇帝の座を巡って二人の息子が争っておりまして……」
下僕皇帝は、そう言うと謁見の間の扉にハンドサインを出した。
謁見の間の扉が開き、ドナルド王子とロナウド王子の二人が謁見の間に入ってきた。
私を見てドナルド王子は酷く怯えている。
逆にロナウド王子は私を見て、何処か達観した様子だ。
そんなドナルド王子とロナウド王子の二人は私の前に、雑に突き出された。
ドナルド王子は、もう泣きそうな顔をしている。
そんな二人を背に、下僕皇帝は言った。
「よろしければ、この女神メルナ様の為の帝国を収める時期皇帝を、女神メルナ様自身が選んでいただければと……」
「へぇ…… それより、その私の為の帝国って、何? まるで帝国が私の為の物みたいだけど」
私の言葉に、下僕皇帝は答えた。
「ええ、もちろんです!民や貴族の全ての土地・権利・財産から生命の生殺与奪の全てです!この帝国は、女神メルナ様の為の帝国でございます!」
「……ああ、そう」
私と下僕皇帝のやり取りに、ドナルド王子はまるで死刑宣告をされる予定の囚人の様に怯え、泣き始めた。
まあ、今の目の前で行われている景色は、貴族達のトラウマ童話である巨神族の少女の物語の光景そのままのやり取りだ。
なんだかんだ言って、十二歳の少年であるドナルド王子にはホラーの様に映る光景だろう。
そんな泣き出すドナルド王子を余所に、二人を下僕皇帝は私に突き出し言った。
「さあ、どちらになさいますかな?この先、どちらかが女神メルナ様に将来お仕えする下僕になりますゆえ」
「じゃあ、そっちの眼鏡をかけてるほう」
ドナルド王子を指さし言った。
私に指を指されたドナルド王子は、フラッと力が抜け、そのまま倒れて失神する。
すまんなドナルド王子、もう私は女神メルナ様として君を指定させてもらったよ。
下僕皇帝は私に聞いてくる。
「なぜ、ドナルドの方を選んだので?」
「泣き顔が面白かったから」
「ひぃ…… さ、さようですか」
下僕皇帝の質問に私は正直に答えてやると、恐ろしい相手を見る様に怖がった。
そんな怖がらなくても…… 君らの言う女神メルナ様としては、いい理由だと思うんだけどなぁ。
そんなわけで、これで謁見が終わったみたいで皆が去っていく。
近くにある即席のベッドに横になった。
ああ、早くゼレノガルスクに帰りたい。
○○
帝都での大虐殺から数か月。
私はゼレノガルスクで悠々自適の気苦労が少ない生活に戻っていた。
相変わらず町の皆からは怖がられているが、それでも帝都よりは随分とマシだ。
帰る頃には新しい屋敷が出来上がったばかりで、ゼレノガルスクの皆は私が四メートルより更に大きくなる事を見越して屋敷を作ったおかげで八メートルの今でも困る事は無い。
なにより、この屋敷は拡張次第では二百メートルまで大きくなっても大丈夫だと言ってきた。
正直、凄い助かる。
これからどれだけ巨大化スキルを使うか分からない身としては、上限が大きければ大きいだけ嬉しい。
そんなこんなで、悠々自適にベッドの上で私の為の大きさのロマンス本を読んでいると、扉のベルが鳴った。
全く、今ロマンス本が良いところなのに。
高圧的に扉に向かって言葉を放ってやる。
「はぁ…… まったく誰?」
こうしたら大体の来客はビビッて入ってこないか、要件だけ言って逃げる様に去っていく。
どうせ今回もコレで逃げていくだろう。
そう思っていたが、扉が開いて入ってきた少年は開口一番に小言を言ってきた。
「まったく…… メルナったら来客には少しは優しくしようよ。そんなんだと本当に身も心も巨神族の少女になっちゃうよ?」
「あら、ロナウドじゃない。わかってるわよ、そんな事…… で、どうしたの?」
さっきまでの態度を改め、ベッドの脇に座ってロナウドを見下ろす。
このロナウドは女神メルナ様の意向を実現するために、帝都からゼレノガルスクに帰る私についてこさせられてしまった。
要するに、この私の執政としてゼレノガルスクについてきたという事。
不思議にも、元婚約者という破局関係な私達だが、なぜか今は凄くウマが合う。
こんな女神メルナ様と崇められる私に、等身大のメルナ・リフレシアとして見てくれる数少ない人でもあった。
ロナウドは言う。
「帝都から連絡があったから、それの報告だよ」
「うわぁ、なんか嫌な予感」
「まあ、その嫌な予感は大当たりだと思うよ」
私にそう言うと、ロナウドは手紙を見つめた。
その手紙に何が書いてあるっていうんだろう。
ロナウドは手紙の内容を申し訳なさそうに私に言った。
「いやさ、帝国は正式に解体されて、国としても国名としても生まれ変わる事になったっていう通達だよ」
「い、いやな予感が……」
「これからの正式名称は『女神メルナ様の為の奴隷的な隷属帝国の連合王国群』だってさ」
な、なんだその国名は。
てか、連合王国群? どういうこと?
私の顔を見て、プッと笑いながらロナウドは事の顛末を教えてくれた。
「いやぁ、あの時のメルナの姿を他の周辺諸国も見てたみたいで、そのメルナの姿にビビり散らかした国々が併合を希望して、晴れてこんな卑しくも仰々しい名前の連邦国家が誕生したって経緯だよ」
「うっそでしょ……」
「ちなみに、正式な略称は『隷属連邦』だね。こんな卑しすぎる国名なのに、大陸じゃあ一番の勢力なのも、ちょっと笑えるね」
手紙を持ちながら、ヤレヤレと言った様子で言うロナウド。
そうなのか…… まあ確かに、あの時の大きさなら、周辺諸国に見られていてもおかしくは無いか……
全く、私を崇め、私に生命と財産の全てを献上する事を国是とした国が大陸の最大勢力になったなんて、まったくもって周辺諸国は心穏やかじゃないでしょうね。
戦争が始まったら、また私が殺戮しないといけないのかぁ……
大陸全土を手中に収めたら、どんな事になっちゃうんだろう。
他の大陸が戦争を起こしてくるとか?
そして、その大陸も手中に収めてしまうのだろうか。
いつぞやの冒険者ギルドで笑っていた、私なんかが世界の全てを奴隷にするなんてっていう冗談が、本当になりつつある。
私は、この世界で何になろうとしているんだろう。
魔王? いや、そんな生温い存在ではない気がする。
多分、これはあれだ。
この屋敷の外で広がる私の呼び名。
『世界の絶対的支配者である女神メルナ様』
たぶん、こんな恐ろしい存在に、私は着々と突き進んでいる様な気がする。
ほんと、どうしてこうなった。
――――【あとがき】――――
・これにて第二章は完結です。むしろ小説としても完結していいのですが、まだまだ書きたいシーンは沢山あり、それを目指して第三章を作る予定です。
・第三章のプロット制作ですが、現在またもや白紙状態で何も決まっていません。第二章の制作に結構な労力がかかったので、第三章のプロット制作はゆっくりと作りますから、ぜひ楽しみにして待っていただけたら幸いです。
・もし、この第二章が楽しめたなら、小説下部にある★レビューをスマホではタップ、パソコンではクリックで★レビューを付けて頂ければ作者は泣いて喜びます。
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