第二六話 『それは巨大な女神様』


 帝都は押し寄せる無数の魔物の波に混沌の様相だった。

 メルナが出発してから程なくして、帝都の市街地中心部の空に謎の魔法陣が出現し消滅したと思えば、周辺の森や山から数えきれない程の魔物たちが帝都めがけてやってきたのだった。

 帝都の騎士達は、その市街地で暗躍していた怪しげな魔術師たちとすぐに交戦し、制圧は成功。

 問題の根源は絶ったが、押し寄せるおびただしい魔物の群れを相手にできる程の戦力は無く、帝都の外壁で弓とバリスタをつかって、ひたすら魔物が帰って行く事を願って籠城戦を繰り広げていた。

 

 絶望の籠城戦が始まってから昼時、住民達は不安の表情をしていた。

 町の一角で総菜を買っている主婦達が言う。


「この籠城戦っていうの?いつまで続くのかしら……」

「さあ、兵士さん達が言うにはすぐ終わるって言うけど……」

「怖いわよねぇ。あの空に出来た魔法陣のせいだとは思うんだけど……」


 そんな主婦達に総菜屋の店主が言う。


「奥さん、そらあ籠城戦っていやぁ、何日何週間もかかるってもんだぜ。別の町に住んでた時に経験したが、マジですぐに終わる事は無いぜ」


 総菜屋の店主の言葉に、更に不安の顔色になった主婦達。

 そんな主婦達と総菜屋の店主のやり取りは、帝都中で起こっていた。

 

 そんな不安漂う帝都で、防衛線の最前線である外壁上の帝国軍兵士達は近くの魔物を倒しつくし、つかの間の休息をとっていた。

 各々が木製の食器に入ったスープにパンを浸して齧る帝国軍兵士達。

 時折、帝国軍兵士達には帝都の何処かで不穏分子と騎士達の交戦する声や剣戟の音が耳に入ってくる。

 精鋭である帝都の騎士団が総出で町の不穏勢力と戦っているとは聞いていたが、その流れ弾の矢が、時たま飛んでくるのだ。

 いつ敵か味方か分からない矢に殺されるかもしれないという、一抹の不安を覚えなが、されど持ち場を離れられない帝国軍兵士達は、今は騎士団を信じて、食事を取る。

 

 そんな前の押し寄せる魔物と後ろの騎士団の交戦という不安に押しつぶされながら帝国軍兵士達はパンを齧っていたが、ふと空から何か音が聞こえた気がした。

 ゆっくり、されど確かに、今まで聞いたことも無いような低い重低音が響いてくる。

 そして、それに気が付いた様々な鳥たちが、一斉に帝都から飛び立ち鳴き声を上げた。

 突然騒がしくなった鳥たちに、帝都の住民達は口々に不安を話していた皆が黙り込み、各地で互いに剣を交えていた騎士達とフードで身を隠す謎の者たちも双方に空を見て立ち止まった。

 騒がしく帝都の空を飛び続ける鳥たちを防衛の最前線である外壁上でパンとスープを口にしていた者達が各々立ち上り、人が静まり鳥が騒ぐという、不穏きわまる帝都の景色を外壁上から見下ろした。


 かすかに、されど確かな重低音は次第に大きくなる。

 音が大きくなっていく重低音は、次第に何かを破壊するかの様な音に変わっていく。

 その聞こえてくる破壊音がする方角を帝国軍兵士達は見た。

 巨大な雨雲が天高く空を覆う、その遠くで聞こえてくる破壊音の様な重低音。

 次第に大きくなるその音の主は、突然彼らの前に現れた。


 目の前の天高く積みあがる雲の下部分から、信じられない程に太く大きく長い人の脚が纏わりつく雨雲を蹴り飛ばしながら伸び、その次に現れたのは積み重なった雨雲を押しのける様に現れた、信じられない程に天高くに聳える、桃色ウェーブのロングヘアをした桃色の瞳の巨大な美少女。

 その圧倒的で絶対的な姿に、皆が驚き腰を抜かして動けなくなる。

 世界の人々なんて虫けら以下だと言い放ちそうな、そんな絶対の存在感を持つ女神の様な美少女を見ながら、帝都中の人々が天を仰いで祈った。



○○



 帝都の住民の不安なんて知る由もない様子の、天に聳える様な巨大な美少女こと、その巨大すぎるメルナは足元の地獄絵図に目を向ける事も無く、帝都に向かって歩き続ける。

 そんな巨大すぎるメルナは、ふと何かに気が付いた様に少し前の地面を見て驚き立ち止まった。


『……いやいや、ちょっとコレが帝都じゃない?』


 今まで帝都の近くまで迫っていた事に一切気が付いていなかったメルナは、広大でどこまでも続く様な大きさだと思ってた帝都が、目の前で自身の身長の二倍程の大きさしかない事実に驚き、言葉を零す。

 天に聳え立つ巨大なメルナは目を凝らして、目の前の小さすぎる帝都を遠くから観察した。

 その帝都の外壁に向かって沢山の小さな何かが森から押し寄せているのが、信じられない程に巨大なメルナからも見て取れる。

 その沢山の小さな何かを調べる為に、数歩進んで森の足元まで来た。

 天を貫く様な巨体のメルナが屈み、その上半身と下半身が地面に向かって迫りくる。

 空を覆う巨大なメルナの体に怯え、動かなくなる魔物たち。

 そんな魔物たちをメルナは目を凝らして睨むように見つめた。


『……魔物?』


 そう言うと、メルナはその巨大な顔を帝都に向けた。

 その巨大すぎるメルナが目を凝らしてみた目の前の小さな何かは魔物で、その魔物はおびただしい数となって帝都の外壁へ向かっているのがわかる。

 メルナは言う。


『まさか…… これ全部魔物なの?』


 そう言う巨大なメルナは呆れ顔だった。

 メルナは軽く溜息を放ち、その天を覆いつくさんばかりの巨体を持ち上げて立ち上がる。

 そうして、天に聳え立つ巨大なメルナは、自身の途方もない巨大さの手に火の玉を作り出した。

 

『魔法でいっぺんに始末したほうがよさそうよね。ファイアーボールでも十分そう』


 そう言うと、メルナは自身の手に作った火の玉を帝都周辺の地面に投げた。



○○



 帝都の住民達が天にも届きそうな巨大なメルナを見上げ、その女神の様な姿に慄き見守っている。

 やがて、その天に聳え立つ女神の様なメルナが火の玉を作りだすのを固唾をのんで見守っていた。

 その天に聳え立つ女神の様なメルナは、帝都の近くに火の玉を投げる。

 帝都から見て、あまりにも馬鹿げた大きさの魔法の火の玉が穀倉地帯に着弾するのが見えた。

 その巨大すぎる火の玉が地面に着弾したと同時に、今まで聞いたことも無い爆発を響かせた。


ドォォォォオオオオン!


 その火の玉は天高くに立ち上るキノコの様な爆炎を作り、その衝撃波は大地を伝って木々を押し出し、衝撃波の後ろからやってきた灼熱の熱波が大地の全てを焼きつくした。

 まさしくそれは、この世界の住民は誰も見た事がない、核兵器の様な光景だった。

 そんな人知を超えた壮絶な光景を見た帝都の住民達は一斉にパニックに陥り、泣き叫びながら右往左往の大混乱となる。

 絶叫鳴りやまぬ帝都の住民の事なんて知る由もなく、その天に聳えるかの様な巨大なメルナは更に追加で帝都の周辺に火の玉を立て続けに投げる。


ドォォォォオオオオン!

ドォォォォオオオオン!

ドォォオオンッ! ドォォォォオオオオン!


 天に聳え立ち女神の様なメルナが放つ巨大な火の玉は、帝都周辺の様々な方角に飛んでいく。

 帝都周辺の数々の穀倉地帯を吹き飛ばし焦土に変え、帝都周辺に流れる数々の運河を蒸発させ大きな湖に作り替え、帝都周辺にある雑多な家屋や橋を粉々に吹き飛ばし全焼させた。

 帝都周辺の至る所で立ち上る大きな大きなキノコ雲の数々に、日の光が遮られ帝都の空は薄暗い闇に覆われる。

 まさしく世界の終わりと言っても過言ではない程の光景だった。


 逃げ惑う帝都の住民達。

 外に出ようにも魔物が大量にいて逃げられず、どこかに隠れようにも隠れる意味さえ考えさせない程の威力を誇る目の前の爆発。

 大勢の一般人が逃げ惑い、剣を持った不穏分子と騎士達も逃げ惑い、外壁の上に居る帝国軍兵士達は絶望の景色に祈りを捧げる。

 帝都に居る貴族達は馬車を走らせ、住民の数々を轢き飛ばしながら逃げられそうな場所を探していた。

 

 この帝都の地獄絵図を作り出している張本人である、余りにも巨大で女神の様なメルナは、火の玉を更に作り出しラストスパートをかけた。

 無数の巨大な火の玉が帝都の上空を通り過ぎ、無数の巨大な爆発ときのこ雲が連鎖する。

 その光景に住民達は更に悲鳴が高くなった。

 しばらく帝都の上を通過していた巨大な火の玉の数々は、やがて止む。


 辺り一面がキノコ雲だらけで、何が起きてるのか帝都からは理解できない。

 そんな帝都周辺に、天に聳え立つ様な巨大なメルナは風魔法で視界を確保した。

 帝都の空を覆っていたキノコ雲の全てが吹き飛び、今までの光景が嘘の様に晴れ渡る。

 そして住民達が見たのは、腰に手を当てて仁王立ちをする巨大で絶対的な女神の様なメルナの姿だった。

 そんな光景に、帝都の人々は次第に言い始める。


「め、女神様……」

「ああ、女神様……」

「女神様だ……」

「きっと私達を罰しに来たのだわ……」


 そう口々に言い始める帝都の人々たち。

 そのメルナを姿を貴族達が見て名前を口にしたのか、やがて一般人にまでメルナの名前が波及するかの様に帝都を覆いつくす。


「女神メルナ様……!」

「我らを許してください女神メルナ様……!」

「あれは女神メルナ様よ……!」

「この世界の真の神は女神メルナ様だったのか……!」


 口々にそう言う人々の事なんざいざ知らず、女神の様に聳え立つメルナは考える。

 周囲の魔物は全部始末できたが、帝都の外壁近くの魔物は未だ残っているのだ。

 この距離では魔法は使え無さそうと判断したメルナは口にする。


『踏み潰してしまいましょう』



 

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