第二五話 『破壊の神を踏み潰す女神様』


 待ち合わせの馬車広場に行くも、そこには帝国軍兵士達の姿は無かった。

 辺りを見回しても、兵士らしき人は居ない。

 ここで私は小隊長の挨拶を受け、帝国軍兵士と共に車列を組んで進んでいく筈だったのだが……

 私の馬車の御者に声をかける。


「帝国軍の皆さまはどちらに?」


 私の言葉に、御者は困った様子で答えた。


「その事なのですが…… 先に出発なされていきました……」


 私の馬車の御者曰く、帝国軍兵士達は先に出発していったという。

 それを聞いて「はっ?」と声が出てしまい、御者は酷く怯えた声を出した。

 ああ、そうだった。

 この御者はゼレノガルスクから一緒に来た私専属の御者だったっけ。

 今まで帝都で私を極度に怖がる人は少なかったから、少し気が緩んでいたようだ。

 

 目の前の怯える御者に、事の次第を聞く。

 御者曰く、私と共に行く筈だった帝国軍兵士達は「我らは帝国軍兵士だ。貴族のご令嬢の遊びなどには付き合えん」と言って先に出発してしまったようだ。

 血気盛んな事だが、全く連帯感も責任感も貴族への態度も、何もかものへったくれも無い。

 御者が私の顔色をうかがいながら、声を小さく聞いてくる。


「行き先は騎士団本部から通達されておりますので、今から向かう事もできなくはないですが…… どうしましょう?」


 御者の言葉に、考える。

 先に行ってしまった以上、追いかける必要があるが……

 まあ、道中の敵は私が巨大化すればいいとして、その後に現場に到着した後、帝国軍兵士が制圧しているだろう現場と合流した後に何をすれば?

 いや、普通にそのまま合流して帰還すればいいのだが、何もせずに帰ると帝国軍兵士の問題行動を、そのまま報告しないといけなくなる。

 普通に帝国軍兵士達の行動は不敬罪そのままだし、私の報告一つで簡単に彼らの首が物理的に飛ぶ事は容易に想像に難くない。

 

「はぁ……」


 自然と溜息が出る。

 まったく、なんでこんな変な小隊を引き当てたのだろうか。

 君ら小隊の命を左右する私の身にもなってほしい。

 誰に言うわけでもなく独り言をつく。


「まあ、今ここで考えても進まないか……」


 今やるべきは、先に行った帝国軍兵士を追いかける事。

 皇帝陛下に頼まれた身としては、行かない選択肢は無い。

 御者に言う。


「とりあえず、予定通りに『暗黒の輪の真理教』の前哨拠点に向かってください」

「しょ、承知しました……」


 御者の返事を聞いて馬車に乗り込む。

 馬車の横にある開閉用のロープを引っ張った音が聞こえ、沢山の滑車が回る音が聞こえてきた。

 ゆっくりと扉が閉まり、そして馬車は前進を始めた。

 全く、この先どうなる事やら。



○○

 


 大きな馬車に揺られながら、メルナは一抹の不安を感じていた。

 山道に入って結構経つメルナの乗る大きな馬車だったが、周囲には一向に先に向かった帝国軍兵士達の痕跡が見当たらないのだ。

 大きな馬車の中でメルナは呟く。


「何事も無ければ良いけど」


 そんな事を言いながらメルナは山を登る景色を眺めていると、御者の言葉が聞こえてきた。


「そろそろ到着の筈です!」

「ええ、分かったわ。ここで停車して、貴方は事が終わるまで待機していて」


 御者の言葉にメルナがそう言うと馬車が止まり、御者台から御者が降りて開閉用のロープを引っ張った。

 その大きな馬車の扉が開き、その馬車の大きさに見合う四メートル程のメルナが地に降りた。

 大きな馬車から出たメルナは伸びをして、向かうべき方向に歩き出す。

 山道を登り、しばらくしたら一軒の倉庫の様な小屋が見えてきた。

 その小屋に向かって走り出すメルナ。

 メルナが小屋の前に着くと、そこには沢山の帝国軍兵士の死体と、薄ら笑いを浮かべている数人の不気味なローブを被った男たちの姿。

 メルナは言う。


「なにがあったの……?」


 そう呟くメルナに、不気味なローブを被った男たちが笑いながら言った。


「おいおい、増援が来るとは思っていたが、なんと巨人の少女とは思いもしなかったなぁ!はははっ!」

「がはははっ!一人で来たのかぁ?ずいぶんと我らも下に見られたもんだなぁ!」

「巨人と言えど、すげぇ美人じゃねぇか!これは楽しみだなぁ!ふひひひっ!」


 笑い続ける不気味なローブを被った男たちに、メルナは聞く。


「で、あなた達そんな強そうには見えないけど、どうやって帝国軍兵士を倒せたの?」


 メルナの質問に、不気味なローブを被った男たちはニヤリと笑い、その中の一人が懐から赤い宝玉を取り出した。

 赤い宝玉を持った男が、その宝玉を空中に高く投げると、宝玉は赤い光を力強く放った。

 そして、その光からズルリと巨大な何かが出て生くる。

 それは長い尻尾だった。

 長く、どこまでも長い尻尾。

 宝玉から放たれる赤い光からズルズルと長い尻尾が出続けると、やがて一匹の空を飛ぶ辰が現れる。

 それを見てメルナが呟いた。


「リバイアサン……?」


 メルナの呟きに、不気味なローブを被った男たちが言う。


「ほう、知っているのか。そうさ、この御方は世界を破壊する神であせられるリバイアサン!圧倒的な力を持たれるこの御方の御稜威により、帝都を支配する! ……筈だったのだがなぁ」

「ルドモンド様はリバイアサン様より、もっと盛大に地獄が見たいと仰られてな、今は、こうやって陽動に専念しておられるという訳さ」

「今頃、帝都はどうなっているやらなぁ。俺も見てみたかったぜ」


 不気味なローブを被った男たちの、陽動という言葉に、メルナは引っかかりを覚えた。

 メルナは言う。


「陽動、ですって?」


 メルナの言葉に、不気味なローブを被った男たちは楽しそうに答えた。


「ああ、そうさ。帝都が滅べば、もうこのロッジは必要ない。最後の仕上げとして、戦力を出来るだけ帝都から削ぐ為に、このロッジを撒き餌として余すことなく再利用ってな」

「今頃、帝都は地獄だろうよ。俺たちも見てみたかったぜ」

「ほんと、俺も新時代の幕開けをこの目で見てみたかったぁ」


 メルナは不気味なローブを被った男たちの言葉を整理する。

 つまり、元々このロッジがバレる様に、わざと西棟のメイド長は噂を流していたという事になる。

 自分が犯人だとバレれば、自分の部屋が調べられる事を期待して、無用心を装い机の上に連絡の手紙やキャリーケースを置いたということだった。

 つまり、このロッジに帝都から兵力が攻めてくるのを知っており、その兵力をリバイアサンで殲滅する事が、あの噂の真の目的。

 そして、この男たちの口ぶりでは、今は帝都で何かが起きている。

 その何かは、メルナには分からない。

 そこまで理解して、メルナは溜息をついて言った。


「なるほどね、大体理解したわ」

「おお、そうか。冥土の土産に面白い話ができてよかったぜ」

「ええ、帝国軍兵士の皆さんも居ないみたいだし、なんだかんだ心置きなくやれるってことも理解できたわ」


 不気味なローブを被った男の一人が返してきた煽り言葉に、メルナはそう言い返す。

 メルナの言葉に、何だコイツ、といった表情の不気味なローブを被った男たち。

 そんな彼らに構うことなく、メルナは体に力を溜める様なポーズを取り、そして力を開放した。

 

 巨人のメルナが、更に巨人になっていく。

 そして、前哨拠点の建物を丸々踏み潰せる大きさに、さらに前哨拠点の土地を丸々踏み潰せる大きさに、さらに前哨拠点の土地と周囲の木々を丸々踏み潰せる大きさになった。

  

 あまりの巨大なメルナの大きさに驚き、腰を抜かして見上げる不気味なローブを被った男たち。

 そんな男たちに、更に絶望をメルナは加えた。


『更にもういっちょ!『巨大化』っ!』


 ただでさえ目の前の巨大なメルナが、更に巨大になっていく。

 低い雲を抜け、高い雲を退け、高層の雲に届く高さになり、天に聳える巨大なメルナは下の矮小な不気味なローブを被った男たちが居る場所を見下げた。

 天に聳える巨大なメルナは、その余りにも大きすぎる脚を上げ、男たちに照準を合わせた。

 今にも落ちてきそうな空を覆う巨大なメルナのブーツの底を見て、不気味なローブを被った男たちは叫ぶ事しかできない。


「うわぁぁぁぁああああ!」

「ひぃぃぃぃいいいいい!」

「しにたくないぃいいい!」


 不気味なローブを被った男たちの近くにいたリバイアサンでさえ、圧倒的すぎる存在を前に、震え、丸まってうずくまりながら天を見ていた。

 下に居る不気味なローブを被った男たちの様子なんて知りもしないメルナは、その余りにも巨大な脚を前哨拠点がある場所に振り下ろした。


ズッドォォォォオオオオン! プチプチプチプチュ!


 大地に破壊音を響かせ、巨大なブーツの先で、リバイアサンもろとも不気味なローブを被った男たちを踏み潰す。

 その巨大なハイヒールの付いたブーツが持ち上がると、中にあったのは圧縮された前哨拠点の建物と、ペラペラに押しつぶされ肉塊になったリバイアサン、それと不気味なローブを被った男と帝国軍兵士の死体の、人型の肉塊だけだった。


 前哨拠点を踏み潰した事を確認すると、メルナは天に聳える巨大な体のまま、帝都に向かって歩き出した。

 その余りにも巨大な脚が何度も地面に落下する。


ズッドォォォォオオオオン! プチプチッ!

ズッドォォォォオオオオン! プチプチプチプチッ!


 天に聳え立つ巨大なメルナが下に居る様々な民家や農民、通行人や冒険者を踏み潰し、さまざまな魔物を踏み潰しながら進んでく。

 その巨大な体に纏わりつく雲海を押しのけ、重低音を響かせながら帝都に向かうその姿は、まさしく世界を支配する絶対の女神のようだった。


 

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