第二三話 『怪力で全てを解決する公爵令嬢』


 西棟の廊下を歩き、この先にある西棟のメイド長が使っていた自室を目指す。

 あの凄惨な最後を遂げたメイド長は、何かと不審な人だった事は言うまでもない。

 私が、もう少し加減が出来ていたなら今頃は捕縛して尋問により沢山の情報が引き出せていただろう事を思うと、本当に至らぬ自分で申し訳なく思う。

 それに、もし加減が出来ていたのなら、西棟で働くメイド達に、あのような怖い思いもさせずに済んだかもしれない。

 まったく、父親の殺害未遂しかり、ここ最近は自分を悔いる事が多いのは気のせいだろうか。

 そんな感じでツラツラと後悔に苛まれていると、横を歩くルーシアの言葉が耳に入った。


「ここの様ですね…… 見た感じ不審な所はありませんが……」


 ルーシアの言葉に気が付き、目の前の足元を見る。

 そこには一つの扉があった。

 何気無さそうな部屋だが、辺りを見回すと確かにここ一帯は使用人の区画の様だ。

 正直、周りの雰囲気がおどろおどろしすぎる西棟で、どこが使用人の部屋で、どこが貴族や皇族用の部屋かも区別がつかない。

 しかし、部屋の扉の模様や作りを見る限りは、確かに使用人が使用する為の区画で、その中でも私の前の足元にある扉は、確かに使用人の中でも豪勢な扉だ。

 ここが西棟のメイド長が使っていた部屋で間違いなさそうだ。


 ルーシアが部屋の入り口を確認し、罠が無いか確認している。

 一通り確認し終えたのか、今度はドアノブを回してみた。

 扉はびくともする様子は無い。


「これは、開けれる様子はありませんね。仕方ありません…… あの悲惨な死体から鍵を探す必要がありそうです」


 ルーシアは気がめいってウンザリと言った様子で言い、扉を離れる。

 そんな溜息をついて鍵を取りに戻ろうとするルーシアには悪いけど、私だってあんな元西棟のメイド長だった悲惨な死体から小さな鍵を探す事なんてしたくない。

 廊下を戻り始めるルーシアを横目で見て言う。


「別に、鍵なんて必要ありませんこと?」

「はあ…… なにをおっしゃって――」


 私の言葉に、コイツ何言ってるんだといった様子で、私に振り返るルーシアに構わず。目の前の扉を蹴り飛ばした。


ズドォン! バギャア!ガラガラガラ……


 盛大な破壊音を辺りに響かせ、目の前の扉は粉々に吹き飛び崩れ去った。

 ほら、何とかなったと言わんばかりにドヤ顔でルーシアを見るも、何とも言えない表情でこちらを見ている。

 ルーシアは溜息をついて私に言った。


「実の父親をいたぶって殺しかけたと思えば、王子を狙う暗殺者を成敗したとは言え皇族区画を辺り一面血濡れに変え――」


 ヤレヤレといった様子で私をまくしたてるルーシア。

 笑顔を作ってはいるが、きっと今の私は苦し紛れだろう。

 そんな私を気にする事も無く、ルーシアは更にまくしたてる。


「その次は容疑者である西棟のメイド長と戦おうものなら見るも無残に惨殺した上に、無垢なメイド達を血肉で塗りたくり、次は何だと思えば開かない扉を蹴り壊す……」


 ルーシアはそう言うと、呆れた様子で両手を横にジェスチャーした。


「ほんと、我らが巨人の公爵令嬢様は、血と暴力に飢えた魔獣でいらっしゃいますね」

「う、うぐぐ……」


 全くしょうがないやつめ、と言わんばかりのルーシアに、全く何も言い返せない。

 ほんと、そんな気は一切ない。

 無いのだが、結果的に全てそうなってしまっているだけだと言いたい。

 そう言いたいが、結果だけを言えばルーシアが言ったような血と暴力に飢えた野蛮な巨人の公爵令嬢でしかないのは確かなのだ。


 ぐ、ぐぐぬ…… と何も言い返せず固まる私の横をルーシアはスタスタと素通りし、西棟のメイド長の部屋に入っていく。

 何も言い返せないので、せめてプライドを保つ為に無言で後に続く。

 腰を落として扉を潜ると、中は必要最小限の物しか置いていない質素な部屋だった。

 もともと、あの西棟のメイド長がどういった性格だったかをうかがえる部屋だ。

 散策していくと、机の上に一通の封筒を見つけた。

 中を確認する。


「『どうも、そちらはうまくやっておるか?今しがた教祖様から新しい命令が君に下されたから、この手紙で伝達する』――」


 この手紙には、あの西棟のメイド長は『教祖様』と呼ばれる謎の宗教的リーダーから命令を受けていた事、その命令の内容が、あの噂を流す事だと書いてある。

 その教祖様の名前は……


「ルドモンド……? 誰それって感じですわね」

「大陸中で暗躍跋扈する邪教団『暗黒の輪の真理教』の、有名なリーダーの名前ですね」


 いつの間にか近くに来ていたルーシアが、手に持った手紙を覗こうと必死に背伸びをしていた。

 すまん、なんかその仕草、カワイイよ。

 子供に手渡す様に腰をおろして目線を合わせ、手紙をルーシアに手渡す。

 ルーシアは受け取り、内容を読み始めた。


「ふむ、この手紙には西棟のメイド長が『暗黒の輪の真理教』のゲリラ活動の実行役だった事しか書かれていません。どこかに、帝国で暗躍する前哨拠点の手がかりがあればと、思ったのですが……」

「ん? どうしてその手紙を読むと『暗黒の輪の真理教』だっけ?の、前哨拠点がある事がわかるの?」


 私の疑問にルーシアは現状の帝国の治安状態から説明しだした。


「以前から帝国は『暗黒の輪の真理教』が起こすテロ行為を幾度どなく受けています。その度重なるテロ行為を受け、沢山の犠牲者を出しながらも、その『暗黒の輪の真理教』の実態解明や組織構造は、ある程度は解析されているのです」

「なるほど?」

「その解析の結果ですが、奴らは一つの町を襲う為に、必ずどこかに前哨拠点を持っている事が殆どです。山奥に小屋をつくったり、一見したら農場だったり、はたまた商会として堂々と町の中にあったりですね」


 つまり、この帝都で活動する為にも、帝都用の前哨拠点がある筈だと。

 ルーシアは腕を組み、忌々しそうに言った。


「以前から帝都でのテロ活動の為の前哨基地の発見は急務でした。この手紙を読んで、見つかるかと思ったのですが…… 残念です」


 そう言うと、ルーシアは悔しそうな表情をする。

 でも少し待ちなさいと言いたい。

 こんな大事な手紙を机の上にドンと置いたままにするぐらいには、西棟のメイド長は、この部屋では不用心だったようだし、更に探せば出てきそうなのだ。


「何諦めてるのよ。こんな大事な手紙を机の上で放置する程の不用心さなのよ? きっと、他に何かあるわよ」


 私の言葉に、ハッとしたルーシアは辺りを見回す。

 急いで棚や箪笥、ベッドの下などを探して回った。

 私も部屋の物色を手伝っていると、ルーシアから何かを発見した様な言葉が飛んできた。


「これは……? キャリーケースです」


 クローゼットの中を物色していたルーシアの手に、キャリーケースがあった。

 ルーシアは手に持ったキャリーケースを机の上に置き、開閉の取っ手を引っ張ってみるが、空く様子はない。

 このキャリーケースには鍵がかかっている様だ。

 二人して鍵穴を探してみたが、それらしい鍵穴は無く、見つけたのはキャリーケースの上面にあった、何かのゲームの謎解きにでも登場しそうなカラクリ仕掛けだった。

 いろいろな紋様が施されたマス目を使って施錠と解錠をするのは見てわかるが……

 ルーシアは言う。


「困りましたね、さすがに『暗黒の輪の真理教』由来の謎解きをする程の知識は私にはありません」

「そらそうよね……」


 落ち込むルーシア。

 だが、このキャリーケースを開けるうえで、実にエレガントで良い方法を私は知っている。

 ルーシアを机の近くから退ける。

 少し驚くルーシアに私は言った。


「まあ、こういう時はエレガントに開けましょう!」

「は、はあ…… エレガント、ですか?」

「ええ!」


 キャリーケースをグッと力強く両手で掴み、その閉じた口を無理やり引っ張った。

 金属がひん曲がり、割けて割れる音が響く。


ベギバギボギィ! ガシャン!


 そうしてキャリーケースは中のカラクリごと破壊して口が開いた。

 やっぱり、空かないキャリーケースはこれに限る。

 ふんすっ! とドヤ顔でルーシアを見るが、呆れ顔だ。

 全く、どうしようもない奴だな、と言わんばかりの声色でルーシアが言う。


「ほんと凄い怪力ですよねメルナ様…… まるで帝国の建国伝説に出てくるラージャコングを見ている気分です」


 ラージャコングとやらは知らないが、名前から察するに、それは凄いゴリラなのだろう。

 って、私がゴリラだと申すか。

 呆れ顔のルーシアに反論する。


「なによ。開かない箱を無理やり開ける。これほどエレガントな開け方はありませんわよ」

「ええ、全ての真理に則った、見事にエレガントな開け方ですね。 ……エレガントすぎて普通の人間では出来ない芸当です」

「う、うぐぐ……」


 ぐぬぬと悔しがる私に呆れながらルーシアはキャリーケースの中を漁る。

 中から出てくるのは、封筒や手紙の数々。

 あまりにも多すぎて、この場で確認するのは無理そうだ。

 一通り封筒の束を眺め終えたルーシアは軽く溜息をつき、私に言った。


「この手紙の束は調査機関に提出しましょう。私達でどうにかなる数ではありません」

「そうね。それがいいと思うわ」


 とりあえず、これで調査は完了かな。

 長かった。

 本当に長い一日だった。

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