第二二話 『悪意の噂の根源』


 子供をあやす様にルーシアを腕の中で揺らしながら、先程のメイドが向かった階段を上る。

 にしても、この階段、結構上る必要があるな。

 階段を上る度にドッスンドッスンと足音を鳴らし、一歩ずつ確実に上っていく。

 一歩、また一歩と踏みしめる様に上がり続け、やっとこさの最上階に来た。

 今までの道のりを考えると、先程のメイドの足の素早さといったら、凄いものがある。

 見知らぬメイドの元気さに感心しながら目的の部屋に向かって廊下を歩く。

 しばらく歩いていると、メイドが入ったであろう部屋が見えてきた。

 近くに来て部屋の看板を見る。


「ふぅん…… ここが『西棟使用人控室』ね」


 そう書いてある看板を見て、腕の中のルーシアを降ろす。


「あ……」

「つきましたよ。ここが目的の部屋ね」


 もの寂しそうに声を漏らすルーシアに言うと一度ふてくされた顔をしたが、すぐにまじめな顔に戻った。

 ルーシアは上に書かれた部屋の看板を見て、確かにここなのだろうと察した様子で頷く。

 ルーシアを私の後ろに誘導し、ドアノブを手にかける。

 その行動に、なぜかルーシアは「ひゃん……」とメスの声を出した。


 ルーシアさん、いったいどうしたんだろう。


 ドアノブを回し、扉を開ける。

 腰を落として中に入ると、十数人のメイドが怯えた表情で私を見ていた。

 そんなメイド達に手を振り挨拶する。


「どうも、私メルナ・リフレシアと申しま――」


「ひぃぃいいいい!本当にお化けが来たわ!」

「私達食べられちゃうううううう!」

「食べないでくださいぃぃぃぃ!」

「ほ、本物の巨人令嬢だわぁぁぁぁああああ!」


 そう怯えるメイド達に、私の後ろからルーシアがでてくる。

 本物の騎士が出てきた事に驚き冷静さを取り戻すメイド達。

 そんなメイド達に、ルーシアは剣を抜く。

 お化けに恐怖していたメイド達は、今度はルーシアの剣に恐怖する。

 恐れ慄くメイド達に、ルーシアは言った。


「お前たちに質問がある。馬鹿な回答をしたら即刻斬り捨てるから覚悟しろ」


 そういうルーシアに怯えながら「はい……」と答えるメイド達。

 そんなメイド達の様子に満足し、ルーシアは本題に入る。


「先日頃の事だ。恐れ多くも王位継承権争い中の王子、ロナウド殿下の命を狙った賊が現れた」


 そう説明に入るルーシアの言葉に、何かを察したメイド達。

 皆が動揺して周りに目配せしている。


「その賊は、後ろにおられるメルナ・リフレシア様の活躍もあり、ロナウド殿下は無事であった。 ……だが、その後に不審な噂が流れだした」


 ルーシアの説明を聞いてだんだんと蒼白になっていくメイド達は、次第に泣き出す者も出てきてしまう。

 そんな彼女達の様子など知らぬと言わんばかりに、言葉を続けるルーシア。


「どこの誰が話始めたか分からないが、その内容は『ドナルド王子がロナウド王子に刺客を送った』という物だ。 ……ふん、その様子を見るに、諸君らには心当たりがあるらしいな。説明してもらおうか」


 メイド達の反応を見るに、確かにルーシアの言う通り、心当たりがあるようだ。

 しばらくすると、メイドの一人が手を挙げた。

 涙で顔をゆがめているが、本来なら快活で、誰かと会話をするのが大好きそうなメイドだった。

 ルーシアは言う。


「こちらに来い」

「はい……」


 ルーシアの元に来たメイド。

 そんな彼女に、ルーシアは首筋に剣を突き付けた。


「正直に話せば、減刑も止むなしだ。もし馬鹿な回答をしたら…… この場で切り伏せてやる」

「ひっ……」


 剣を突き付けられ怯えるメイドは怯え、小さく声を出す。

 そのメイドはツラツラと話し出した。

 とある人に、その内容の話を聞いたこと、その内容をゴシップ感覚で周りに話していた事。

 様々な証言を聞き出してみると、重要人物として出てくるのは西棟のメイド長をしている女の証言だ。

 メイドの証言曰く、そのメイド長は、とある伯爵家のツテから聞いたと語っていたとの事だった。

 つまり、この噂の大本は、この西棟のメイド長が一番最初の出所という事だ。

 メイドは言う。


「すみません……! つい、出来心だったんです……!」

「出来心で吹聴していい噂などでは――」

「分かっています……! でも、出来心が止まらなかったのです……! 本当に悪いと思っています……!」


 そうやって謝り倒し反省の色を示すメイドに、ルーシアは「はぁ……」と溜息をつくと首筋に向けた剣をそっと降ろした。

 ルーシアは剣を鞘に納め、重要な事を聞く。


「それで、そのメイド長は何処にいるのだ」

「それは…… もうそろそろ仕事から帰って来るはずです」

「……そうか」


 怯えるメイドにルーシアは下がれとハンドサインを出した。

 ルーシアが私の元にやってくる。


「どう思われますか。メルナ様」


 私を見上げ、腕を組み言ってくる。

 同じ様に腕を組んで考える。

 どう思うか、か。

 もう少しで戻ってくるなら、待ってみるしかない……

 下から私を見上げるルーシアに言う。


「とりあえず、この部屋で待ってみましょう。メイド達の話が本当なら、この部屋に来るはずですし」

「そうですね…… 待機してみます」


 そう言ってルーシアは剣を抜き、異常が無いか点検をしだす。

 今から何が起こるか分からない以上、確かに得物の整備は大切だ。

 

 そうこうしている内に、廊下の奥からヒール特有の足音が聞こえてくる。

 その足音は部屋の前まで来て、扉が開いた。

 入ってきた女性は中年で、いかにも細かい事に口を出さないと気が済まないと言った印象を与える人だ。

 メイド服の形式からリーダー格だというのがわかる。


「まったく、皆さん仕事をさぼってなにを…… あら?お客さんとは珍しいですね」


 そう言ってくるメイド長姿の女性は、見るからにこの西棟のメイド長といった振舞いだった。

 つまりは、そう。

 この人が不審な噂の大本だ。

 中に入るや否や他のメイド達に小言を言い、ルーシアに気が付くと美しいメイドとしての礼をする西棟のメイド長。

 そんな彼女に悟られない様に、私はこの部屋の出口の近くに立った。

 

 よし、これで出口は抑えた……


 奥に居るルーシアに目配せして合図を送る。

 その合図を見たルーシアは素早く剣を抜いて目の前の西棟のメイド長に突き付けた。

 驚く様子のメイド長だが、なぜか恐れたりしていない。

 この違和感、まただ。

 ロナウド王子の暗殺未遂の時もあった、この違和感。

 この違和感はなんだろう。

 そんな私の疑問は、ルーシアの言葉で解消された。


「ふん。剣を突き付けられても動揺しない所を見るに、訓練された奴だな。どこの国の者だ。 ……まあ、その右腕の独特の待機位置を見るに、西方面諸国のいずれか、と言ったところか」

「……なんの事でありましょうか」


 ルーシアの言葉にシラを切る西棟のメイド長。

 なるほど、この違和感は訓練された特殊な戦闘技能を持った者の違和感だったのか。

 たしかに今になってロナウド王子を襲ったメイドを思い出してみても、普通のメイド達とは少し歩み方や肩の動かし方が違った様に思える。

 剣を突き付けられ、平然とする西棟のメイド長は、笑みを浮かべながら言う。


「まあまあ、そんなに怒りなさずに。お茶をお持ちいたしますので、少々お待ち――」


 そう言って後ろに振り返り、出口に向かおうとする西棟のメイド長だったが、私を見て立ち止まる。

 もう出口は私が確保してある。

 余裕が無くなったのか、無表情の西棟のメイド長。

 後ろからルーシアが言う。


「逃げられるとでも思ったか? さあ、おとなしく縄に――ッ!!」


 縄をかけようと近づいたルーシアに、突如回し蹴りをする西棟のメイド長。

 ルーシアは、それを間一髪で避けた。

 西棟のメイド長は、そんなルーシアに続けざまに懐からナイフを取り出して飛び掛かる。

 ルーシアは横に回避して西棟のメイド長の斬りつけを避けた。

 西棟のメイド長は、回避したルーシアを見るや否や、もう戦闘する必要がないと判断したのか一直線に出口に立つ私の元に飛び掛かってくる。

 そんな西棟のメイド長に、反射的に回し蹴りが出た。

 正直、博打的で当たらないだろうと思っていた。

 しかし、私の期待値とは裏腹に綺麗に命中コースを辿る私の回し蹴り。

 迫る私の足に驚く西棟のメイド長。

 

「そんな――!?」


 それが西棟のメイド長の最後の言葉だった。

 私の足が西棟のメイド長に衝突すると、西棟のメイド長は背中が爆ぜ飛び中からあらゆる内臓をまき散らし、信じられない速さで後ろに吹っ飛んでいく。

 後ろで事の行く末を眺めていメイド達の頭上を飛び、メイド達の近くの壁に激突して肉片を辺りいっぱいにまき散らした。


ブシャアアアア! ビチャビチャグチャボトッ!


 そんな西棟のメイド長の血と肉と内臓を一身に身に浴びる、近くに居たメイド達。

 メイド達は何が起こったか分からず、血と肉に染まった自身の辺りを見た。

 そして、血と肉に染まった己の同僚、そして同じく血と肉がこびりつきく己の体を見る。


「「「「「いやぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」」」」」


 そして起こるメイド達の大絶叫。

 辺りいっぱいに絶叫が響き渡り、その声は王城全体に響きそうな程の声量だった。

 その声を聞きつけてか、この部屋の窓から聞こえてくる下の動揺する人々の声。

 しばらくして絶叫鳴り止まぬ、この部屋に沢山の騎士達が駆けつけてきた。

 駆けつけてきた騎士達は私とルーシアの姿、そして壁に張り付く人の形をとどめていない肉の塊と、その血肉を一身に受けて絶叫するメイド達をを見て、何があったか、おおよそ察した様子で私の元に来た。


「メルナ嬢…… いくら正当防衛といえ、もう少しやりようというものが……」

「はい…… すみません……」

「ルーシア騎士団長も何か言ってやってくれ」


 騎士達の叱責に、返す言葉もない。

 そんな叱責される私を見て、ルーシアは騎士達に言う。


「それはメルナ様では無理だ。あの西棟のメイド長、他国の特殊訓練を受けた者の身のこなしだったぞ」

「なんですと!? 特殊訓練ってマジのヤベェ敵じゃないですか」

「ああ、何とか勝てたが…… まあ、あのメイド達には間が悪かったと思ってもらうしかないな」


 そう言って騎士団とルーシアは、いまだに絶叫が冷めやらぬメイド達を見た。

 メイド達の地獄を見た様な叫びと、この世の深い絶望を見た様に泣きじゃくるその様は、見ていて心が苦しい。

 すまないメイド達の諸君、私が力及ばないばっかりに。

 それにしても…… だ。

 つい独り言を零してしまう。


「西棟のメイド長、殺しちゃったわね…… 証言も取れなかったし。どうしましょう」

「大丈夫ですメルナ様、まだ見るべき場所はあります。 ……西棟のメイド長の、自室です」


 私の独り言にルーシアが答える。

 そうか、確かに自室がある。

 そうと決まれば今からでも見に行った方がよさそうだ。


 この現場は騎士団に任せ、私とルーシアは西棟のメイド長が使ってたであろう自室を目指す。

 場所はメイドの証言を聞いたときにわかっていから、あとは確認するだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る