第二十話 『皇帝陛下からの勅命』


 ロナウド王子の暗殺未遂事件以降、私の周りには王宮区画の使用人達が集まる様になっていた。

 王子達の護衛以外では基本的に王宮区画の一室で過ごす私だが、そんな一室には私に仕える様に沢山の使用人達が出入りしている。

 別に私は彼ら彼女らに給仕を頼んだ訳ではない。

 皆が皆、自分の身を案じているのだ。

 

 この王城で暗殺未遂があった。

 そんなセンセーショナルな情報は噂となって瞬く間に拡散し、今まで王城は安全だと思っていた使用人達にとって、巻き込まれるのは明日の我が身の様に感じているのだろう。

 そんな疑心暗鬼の中で、その暗殺未遂を阻止した張本人の傍に居たほうが安全そうだと考える使用人は数知れず。

 だからこそ、自分の身を守ってくれそうな貴族様の元に仕えようと沢山の使用人達が私の部屋に押し押せて来るのだった。


 日が落ちる夕暮れ時、今日の仕事が終わり特注のベッドに寝転がりロマンス小説を読む私の前で、ただでさえ綺麗な床を更に綺麗にしようと掃き掃除をするメイド二人が目の前で噂話を始めた。


「聞きました?ドナルド殿下の噂」

「ああ、あれの話ですの?」


 そんな二人の会話が耳に入り、聞き耳を立てる。

 ドナルド王子の噂とは何だろうか?

 またロナウド王子達が良からぬ噂を広めたのか?

 そんな私なんてお構いなしに掃き掃除をしながらメイド達は噂話続ける。


「あの暗殺事件の事よね」

「ええ、その話よ」

「恐ろしいわ……」


 メイド達の口から飛び出したのは予想もできない言葉だった。

 暗殺事件? ってことは、ロナウド王子の暗殺未遂事件の話だろう。

 一体、このメイド達は何の話をしているのだろうか?

 メイド達は続ける。


「あの暗殺事件の首謀者、まさかドナルド殿下の陰謀だったなんて……」

「実の家族を手にかけれるなんて、どんな冷酷なお方なのかしらね……」

「全く恐ろしい御方ですわ……」


 このメイド達は何を言っているのだろうか?

 ロナウド王子の暗殺はドナルド王子の策略だった?

 そんな馬鹿な…… あのドナルド王子の事だ、私が見た限りは確かに頭が切れそうな言動だが、血のつながった家族を殺められる程に冷酷には見えない。

 そんな事は出来ないだろうし、何より皇帝陛下の取り決めもある。

 双方、怪我人が出る様な事はしてはいけない決まりだし、その決まりを破ったら王位継承権のはく奪だ。

 ベッドから立ち上がり、目の前で噂話に夢中になるメイド達に近づき話しかける。

 

「ちょっといいかしら。その噂、どこから聞いたの?」

「「へっ!? も、申し訳ございません!」」


 私の言葉に驚き逃げようとする二人。

 そんな二人の襟を摘まんで引き留めた。

 二人は苦しそうな声を出し、私を見た。


「「も、申し訳ございません! 命だけは!」」

「そんな事しないわよ!」


 二人をいさめ、襟を放す。

 怯えた表情の二人に向き合い、出来るだけ真剣な顔を作る。

 こういう時は、真剣に事の重大さを語ったほうが、かえって協力的に話てくれる事を私は知っている。

 彼女達に言う。


「私の二人の警護として、その噂の出所が知りたいの。多分、それを流した人は王城内で争いの種を撒きたい人の筈だから」


 そう言うと、彼女達は驚く表情をした。


「そ、そんな…… 私は只、噂として知人に聞いただけで」

「そんな人が王城内に居るのですね…… 大変ですわ」


 そう言いながら、彼女達は答えてくれた。

 片方は調理班の知人から、もう片方は同じメイド班の同期から。

 これは調査するしかないか…… 

 体を伸ばし、柔軟する。

 調査すると決まれば、協力者に同行してもらった方が良いだろう。

 誰にでもなく、独り言をこぼす。


 「協力してくれそうな人と言えば…… 騎士団団長のルーシアさんかな」

 

 今の時間は訓練場に居るはずだ。

 鉄は熱いうちに叩けと言うし、今すぐに取り掛かるか。

 訓練場に向かう為、私専属のメイド達にカジュアルな服装に着替えさせてもらい、部屋の外に出た。


 日も暮れ暗くなり始めた訓練場の隅で汗を拭うルーシアさんは、私の言葉に驚きを返した。


「そ、その様な噂が……? 本当なのですか……?」


 驚愕の表情のルーシアの様子は、この噂自体を知らなかったと言わんばかりの表情だ。

 この噂、一部の階層の者だけに広まる様に誰かに調整されてるのだろうか。 

 そんな疑念を頭の片隅に置き、ルーシアの言葉に頷く。

 驚き固まるルーシアに、私は頼み込んだ。


「この噂を私一人で調べては、何か重大な事が起きた際に周りに説明できないから…… できれば協力してほしいの」

「そうですか……」


 私の言葉にしばらく考え込み、決心した様子で返してくる。


「先の一件で警備の騎士も皇族区画に常駐するようになりましたし。皮肉な事に、警備の心配は無い ……ですか。よろしい、では私から執政のラルドに話を通します。明日の朝に会議室に集合してください」


 本当は鉄は早いうちに打ちたかったが、確かに夜更けに調査は無理か。

 ルーシアの言葉に頷き、自分の部屋に戻った。



○○



 いつぞやで謝罪をした会議室に集まったのは、目の前のローガン皇帝と執政のラルド、私の横に居る騎士団団長のルーシアだった。

 目の前のローガン皇帝は難しい顔をして言う。


「ワシの側近を使って下の者たちに話を聞いてみたが、確かに噂は存在するようだ」

「その様な事が…… これはいったい……?」


 ローガン皇帝の言葉に驚くラルド執政。

 そんな二人に、横に立つルーシアが言った。


「皇族区画の警備は今は万全ですし、別に私達が居なくても大丈夫な筈です。命令して下されば、私達で真相を突き止めてきます。ぜひ、ご命令を。皇帝陛下」


 そう言って騎士の礼をするルーシア。

 私もスカートを持ち、貴族令嬢の礼をする。

 そんな私達に、ローガン皇帝は渋い顔をして考える。


「どう思う、ラルド。確かに警備は万全だが……」

「まあ大人数で調査するより、少人数での調査の方が正確性は上がりそうな案件ではあります。しかし、本当にそんな噂が……」


 ラルド執政は全く噂を知らなかった様子だ。

 そんなラルド執政を見ていたローガン皇帝は、決意した顔で私達に言った。

 

「噂が存在する事自体は事実なようだが、いかんせんどれ程の広がりかわからぬ」


 そう言ってローガン皇帝は私達に指をさした。


「おぬしらにワシの権限を持って命ずる!噂の規模や内容、誰が流しているかを事細かく調べてこい!」

「「はいっ!」」


 ローガン皇帝の言葉に、私達は答えた。

 よし、これから忙しくなりそうだ。

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