第十九話 『忍び寄る鋭利な悪意』


 しばらくロナウド王子を自室前で待っていると申し訳なさそうに扉が開き、中から出てきたロナウド王子は私の顔色を窺ってくる。

 別に、そんな顔をしなくてもいいのに。

 強引に扉を開けてロナウド王子の手を取り、軽く引きずり出す。


「うわっ!」


 驚き見上げるロナウド王子に、笑顔を作って優しく言う。


「さ、昼食の時間です。皆さんが待っていますよ」

「あ、うん……」


 私の言葉に、どこかよそよそしく返事を返すロナウド王子。

 まあ、女性に男性の生理現象を優しく察して貰ったなら、そんな反応にもなるよね。


 そんな何とも言えない表情のロナウド王子を連れてダイニングまでの廊下を歩く。

 ドスドステクテクと私達は足音を鳴らしながら進んでいると、廊下の横に立っている一つの物々しい扉が目に入った。

 その扉には無数の魔法陣が描かれ、長い一本の鎖で何重にも施錠されている。

 まるで何か悪霊でも封印しているかの様だ。

 この護衛任務を受けてからというもの、何度か扉の前を通る事があったが、その扉の雰囲気から聞かない方が良いのかなと、話題に出すことを避けてきた。


「ねえ」

「な、なに……」


 ロナウド王子に語り掛け、その扉を指さし聞いてみる。

 

「あの扉ってなに? 凄い厳重だけど……」

「ああ…… 守り神さまの部屋か」

「守り神さま?」


 ロナウドの返答に、つい疑問の言葉を出してしまった。

 この帝国に守り神の信仰なんてあっただろうか。

 そんな疑問を持つ私に、ロナウド王子は何てことなさそうに言う。


「ほら、帝国の建国者が従えてたっていう、あの魔獣だよ」

「あの魔獣? ああ、そんなのも居た気がするわね」

「ええぇ? ……仮にも公爵令嬢なら帝国史ぐらいは覚えておこうよ」


 私の言葉にロナウド王子は、やれやれと言った様子で返した。

 ロナウド王子は言う。


「俺も守り神さまの詳しい話は未だ聞かされてないけど、それでも帝国建国の伝承では、初代皇帝が強力な魔獣を従えてたってのは有名な話じゃないか」


 そんなロナウド王子の言葉に、頭を上げる。

 二年ほど前…… 私が十歳の頃に学んだ筈の内容を思い出す。


「確かに、そんな話を聞いたきがする…… 帝国は元々、古代の時代に一神教の皇国が支配していた土地で、その皇国軍を退ける為に強力な魔獣を使役していたんだっけ?」

「その通りさ。で、あの部屋は、その強力な魔獣を守り神として祭り上げるための部屋だって聞かされてるよ」

「へぇ……」


 彼の言葉に、つい声が漏れる。

 ものすごく興味深い話を聞いてしまった。

 この国の守り神なんて存在が、皇族区画の一室で祭られているなんて、それはそれは驚きだ。

 まるで前世の、太古の昔に宇宙から来たエイリアンが神様として崇められていた、といった様なオカルトチックな都市伝説を聞いた気分だ。


 そうこうしている内にダイニングまで来た。

 扉を開けると、既に皇帝陛下とドナルド王子は席についている。 

 早くしろと言わんばかりの視線を集めながら、ロナウド王子が自分の席に座るのを見て、私はダイニングの端にある護衛用の椅子の近くの床に腰を下ろす。

 私が食事ができるのは、今日の仕事が終わって私のシフトから解放された後だ。

 それまでは食事はお預け。

 うーん、結構ブラックな職場だ。



○○



 皇族達の昼食を見届けた後、王子達は各自の部屋に戻って自由時間を楽しんでいる。

 この時間では皇族区画を巡回し、異常が無いか確認するのが私の仕事だ。

 相変わらず低い天井に注意し、辺りを見回し小物類や使用人達に目を光らせていく。

 リビングを見ている時に、ふと廊下を横切る一人のメイドが私の瞳に映り込んだ。

 凛とした立ち振る舞い、格式高いその所作は皇族区画のメイド特有だが、どこかに違和感を覚える。

 なんだろう、この違和感は……


 廊下の奥に消えていったメイドを追いかける。

 メイドを背中から見る限り、手にはクッキーと紅茶をトレイに乗せて運んでいた。

 背中を見ながら、この違和感を探る。

 どこにも問題が無さそうで、このどこか強烈に感じる場違いな違和感。

 本当に、なんだろう。

 そうこうしている内に、メイドはドナルド王子の部屋に来た。

 敢えて大きく足音を鳴らし、前のメイドに私が居る事を理解させる。

 一瞬、体を強張らせるが、すぐに元の平常に戻った。

 メイドはドナルド王子の部屋を開け、中に入っていく。

 それに続いて、私も後ろからドナルド王子の部屋に入った。


 前のメイドは、目の前で本を読むドナルド王子に構わず、テーブルにクッキーと紅茶が乗ったトレイを置く。

 注意深く、そのメイドを見る。

 私の監視を気にした素振りは…… いや、少し私の監視を気にしているな。

 そのメイドはテーブルにクッキーと紅茶が乗ったトレイを置くと、そそくさとドナルド王子の部屋を出ていった。

 扉から顔を出してメイドを見る。

 どこか違和感を覚えるメイドはスタスタと廊下を歩いていた。

 顔を引っ込め、その置かれたクッキーと紅茶を見る。

 怪しい所は見当たらないが……

 一応、確保しておくか。


「ドナルド王子」

「なんだ? 俺は勉学を励んでいる所だ、邪魔しないでもらえるか」

「このクッキーと紅茶、私が預からせてもらっても良いですか?」

「……はぁ?」


 声をかけられ不機嫌になるドナルド王子は、私の言葉に疑問の声をかける。

 そうしてクッキーと紅茶を見て、溜息をついた。


「好きにしろ」

「ありがとうございます」


 ドナルド王子にそう言うと、私はクッキーと紅茶の乗ったトレイを持ち上げ、部屋の外に出る。

 トレイを持って廊下を歩き、皇族区画の入り口で警護に立っている二人の騎士の一人に声をかける。


「ねぇ、そこの騎士さん」

「はっ、何でございましょうか」

「これをしかるべき所に持って行ってほしいの」


 私の言葉に疑問符を浮かべる騎士に、事の経緯を説明する。

 騎士は私の説明を受けるや否や驚きの表情を作り、すぐにトレイを受け取り言う。


「しょ、承知いたしました!すぐに騎士団長に報告してまいります!」 


 そう言って大急ぎで何処かに走り去っていく騎士を見送り、もう一人の騎士を見た。

 驚きの顔をしている騎士に言う。


「もし違和感がある人を見たら、貴方も上に報告してください」

「は、はいっ!承知いたしました!」


 その返事を聞いてから、護衛任務に戻る。

 皇族区画を隅から隅まで見たが、あのメイドはどこかに消えていた。

 いったい、あの違和感は何だったんだろう……



○○



 しばらく巡回の警護をしていると、そのメイドがもう一度私の目の前を横切った。

 今度の方角は…… ロナウド王子の方角か。

 今度は、あえて足音に注意して気配を消す。

 メイドは私に尾行されている事に気が付いた様子は無い。

 目の前のメイドは、なんというか、やはり普通の雰囲気ではなかった。

 もっとこう…… なんだろう、凛としすぎている。

 そうしているうちに、目の前のメイドはロナウド王子の部屋に入っていく。

 急いでロナウド王子の部屋に向かい、扉を開けた。

 

 そこには軍用のナイフを持ったメイドと、それに距離を取るロナウド王子の姿。

 急いでメイドに声をかける。


「そこで何してるの!」

「っ!?」


 振りかぶり今にもロナウド王子に距離を詰めそうなメイドは私の声に反応し、ナイフを構えなおして私めがけて襲ってきた。


 って、まじですかい!

 冗談きついですよ!


 そんな私の内心などお構いなしにナイフを振り上げ、飛び掛かってくるメイド。

 ロナウド王子が叫ぶ。


「め、メルナ逃げろ!」


 そんな事を言うロナウド王子だが、逃げるたってどうやって逃げろって言うんだろう。

 どうにもならない状態で苦し紛れに腕を振るった。

 

「――っ!? ふぐぅ!!」


 思い他、飛び掛かってくるメイドに空中でクリーンヒットしてしまった。

 メイドは吹っ飛び強く壁に激突する。


ドバァン!

「があぁっ!!」


 メイドは衝撃で壁に張り付き床に落下。

 その音を聞いてか、部屋の外が騒がしくなってくる。

 次第に外の騒ぎが更に大きくなり、扉から沢山の騎士達とメイド達が乗り込んできた。


「何事だ!?」

「ぐふぅ! ……ちぃ!」


 床に倒れるメイドは吐血しながら忌々しそうに舌打ちをし、立ち上がる。

 そうして床に落ちた軍用ナイフを拾い上げると、一目散にロナウド王子の元に走り飛び掛かった。

 私の横を速度で通り抜けようとするメイドに、回し蹴りを繰り出す。

 飛び掛かるメイドから声が漏れた。


「くっ!? しまっ――!?」

ズバァン! ブシャア!

 

 それがメイドの最後の言葉だった。

 私の回し蹴りをもろに受けたメイドは爆ぜ、血しぶきを一帯にまき散らしながら上半身と下半身の二つに分かれてしまう。

 それを見た部屋のメイド達が悲鳴を上げた。

 上半身と下半身に分かれたメイドが落下しベチャと不快な音を鳴らして転がる。

 メイド達の悲鳴が皇族区画に響き渡る中、入り口で見ていた騎士達が私の元にやってきた。


「な、なんという事だ…… お見事です、メルナ嬢」

「ええ、なんとか」


 そう言う私を余所に、騎士の一人が死んだメイドの上半身に近づいていく。

 悶絶した表情で絶命するソレの顔を動かし眺め、その騎士は他の騎士達に言った。


「おーい、こんな奴メイドの中に居たか?」

「少なくとも見たこと無いな」

「俺も、この顔のメイドは出入り検査で見たこと無い」


 そう言い合う騎士達。

 騎士達が口々に、これは誰だという中、メイドの死体を眺めていた騎士の一人が私に賛辞を送ってきた。


「それにしても、お手柄ですなメルナ嬢。暗殺者を仕留めたその手腕、尊敬ですぞ」

「最初はどうかと思っていたが、メルナ嬢、マジで強かったんだな。あの光景が今でも鮮明に焼き付いて離れないぞ……」

「ああ、マジでやばかったよな。回し蹴りで人がバラバラになるなんて、すげぇ怪力のお嬢さんだぜ」 

 

 そう言いながら私を称賛する騎士達。

 鳴り止まないメイド達の悲鳴を聞いてか、後続の騎士達が次々に乗り込んでくる。

 その騎士達に事情を説明する騎士に、騒ぎ悲鳴を上げるメイド達を落ち着かせに行く騎士。

 そんな光景を見ていると、高ぶる感情が少し一息つけた気がした。

 ああ、今日は本当に色々ありすぎでしょ。

 ふとロナウド王子を見ると、部屋の隅で怯えていた。

 そんなロナウド王子に優しく手を振る。

 こんな事があった直後でなんだけど、トラウマになってないと良いな。 

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